| 「「狐蕎麦」の女──徳田秋聲「車掌夫婦の死」を読む」(『論樹』第六号)。 |
| 「徳田秋聲の物語言説における「時間」と「空間」の構造──「足迹」の表現史的意義」(『論樹』第七号)。 |
| 「形影と明滅──「最暗黒の東京」について」(『群像』1993年12月号)。 |
| 「二十一世紀への挨拶──柄谷行人・蓮實重彦『闘争のエチカ』解説」(河出文庫)。 |
| 「「リアリズムの源流」再考──徳田秋聲の初期」(『論樹』第八号)。 |
| 「大正的言説の囲い──中島国彦『近代文学にみる感受性』書評」(『早稲田文学』1995年3月号)。 |
| 「最後の小説と小説の最後──大江健三郎『燃えあがる緑の木』(三部作)書評」(『早稲田文学』1995年7月号)。 |
| 「描写・写生文・美文──田山花袋「描写論」の盲目と明視」(『論樹』第九号)。 |
| 「それぞれのトウソウ」(『群像』1996年4月号)。 |
| 「幽霊の特権──埴谷雄高『死霊第九章』書評」(『早稲田文学』1996年8月号)。 |
| 「人生の配達人──近松秋江「別れたる妻に送る手紙」三部作について」(『論樹』第十号)。 |
| 「文学のふるさと再考──葛西善蔵論」(『群像』1997年3月号)。 |
| 「家族の仮死と再生──「仮装人物」」(『國文學』42巻12号97年10月号)。 |
| 「世界視線をいかに解凍するか」(『群像』1998年1月号)。 |
| 「古井由吉試論──日延べされた今をめぐって」(『文學界』1998年3月号)。 |
| 「「武州公秘話」──戦争を侮辱するということ」(『國文學』43巻6号98年5月号)。 |
| 「湿った神話──金井美恵子『柔らかい土をふんで、』書評」(『早稲田文学』1998年7月号)。 |
| 「三十年、背中で世を睨み続け・・・・・──古井由吉『木犀の日──古井由吉自選短篇集』解説」(講談社文芸文庫)。 |
| 「私小説、そして/あるいは自然主義、この呪われた文学」(『日本近代文学』第59集)。 |
| 「神経言語論──『シュレーバー回想録』を読む」(『群像』1999年1月号)。 |
| 「批評の詩学の可能性」(『群像』1999年4月号)。 |
| 「密書・恋文・遺書──近代日本文学の起源と手紙」(『現代詩手帖』1999年6月号)。 |
| 「裏声で語れ、不敬文学?──渡部直己『不敬文学論序説』書評」(『早稲田文学』1999年11月号)。 |
| 「春樹再襲撃」(『ユリイカ』2000年3月臨時増刊号)。 |
| 「「トッポ」い思いつき」(『本』2000年5月号)。 |
| 「司会者からの基調報告」(『日本近代文学』第62集)。 |
| 「後藤明生を復習=予習する」(『早稲田文学』2000年9月号)。 |
| 「眼で聴き、耳で見る──吉井由吉『聖耳』書評」(『文學界』2000年12月号)。 |
| 「知の不良債権――批評閉塞の現状」(『早稲田文学』2001年1月号)。 |
| 「小林秀雄/浅田彰、またはモーツァルト、逝ってしまった日本狼としての」(『ユリイカ』2001年6月号)。 |
| 「帝国のアニメ・アニメの帝国──『千と千尋の神隠し』についての幾つかの感想」(『ユリイカ』2001年8月臨時増刊号)。 |
| 「啓蒙と洗脳の結婚」(『文學界』2001年12月号)。 |
| 「森有礼の弔鐘──『小説家の起源』補遺」(『重力01』)。 |
| 「山田美妙試論──「この子」について」(『水脈川上美那子先生退職記念論文集』)。 |
| 「『十二国記』の政治学」(『ユリイカ』2003年1月号)。 |
| 「たった今死産したばかりの大江小説の読者のために──『憂い顔の童子』に触発されて」(『早稲田文学』2003年1月号)。 |
| 「翻訳者の資格」(『重力02』)。 |
| 「「全くたゞの人間」としての読者──「彼岸過迄に就て」と夏目漱石における「読者」の「発見」」(『論樹』第十七号)。 |
| 「絓秀実『JUNKの逆襲』書評」(『週刊読書人』2004年2月13日号)。 |
| 「サブカルチャーの禁忌と自由──大塚英志『サブカルチャー文学論』書評」(『文學界』2004年5月号)。 |
| 「いつも大塚駅で・・・・・・」(『ユリイカ』2004年6月号)。 |
| 「コピーライトについての試論(1)作者の死・著作権者の延命・読者の不死」(『早稲田文学』2004年7月号)。 |
| 「コピーライトについての試論(2)誰が芥川を殺したか」(『早稲田文学』2004年9月号)。 |
| 「コピーライトについての試論(3)小林秀雄の経済的自立と精神的自立」(『早稲田文学』2004年11月号)。 |
| 「保田與重郎の合言葉──「みやらびあはれ」における暴力の問題」(『日本文学』2005年1月号)。 |
| 「コピーライトについての試論(4)日本語のコピーライト」(『早稲田文学』2005年3月号)。 |
| 「偶像破壊のリスクとセキュリティ──「教祖の文学」の現代的射程」(坂口安吾研究会第10回研究集会、2005年3月26日)。 |
| 「漱石論争は継続する」(『ユリイカ』2005年4月号)。 |
| 「鎌田哲哉編『LEFTALONE──構想と批判』書評」(『週刊読書人』2005年4月15日号)。 |
| 「コピーライトについての試論(5)「外の人」になるために」(『早稲田文学』2005年5月号)。 |
| 「「道徳的インポテンツ」について──中野重治「五勺の酒」論」(『論樹』第十九号)。 |
| 「「読者」論序説──夏目漱石と大石泰蔵の「論争」を素材に」(『人文学報』2006年3月号)。 |
| 「試文というジャンル──古井由吉論」(『国文学解釈と鑑賞』平成18年6月号)。 |
| 「旧と資本の間で──徳田秋聲『あらくれ』解説」(講談社文芸文庫)。 |
| 「ポピュリズムの行方」(『論樹』第二〇号)。 |
| 「「死に親しむ」──徳田秋聲における「責任」の問題系」(昭和文学会第40回研究集会、2007年5月12日)。 |
| 「ガンダム・六八年革命・安彦良和」(『ユリイカ』2007年9月号) 。 |
| 「日本語における「書くこと」の問題──和辻哲郎と「大正」的言説空間」(『述』2)。 |
| 「未クラシック、魅クラシック──「ボカロクラシカ」における「萌え」の構造」(『ユリイカ』2008年12月臨時増刊号)。 |
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