| 愛知県立西尾高等学校、東京大学法学部卒業後、農林水産省に入省。 |
| 1996年(平成8年)10月の第41回衆議院議員総選挙に愛知県第13区から自由民主党公認で出馬し、愛知13区では新進党の嶋聡に敗れたが、重複立候補していた比例東海ブロックで復活し、初当選。 |
| 碧南市出身のため、大票田の安城市で知名度が不足していたのが原因。 |
| そのため、新興住宅地の安城市篠目町に転居し、町内行事などに参加。 |
| 選挙事務所本部を新幹線三河安城駅前に常設し、知名度を向上、安城市の人口増加(選挙人名簿登録者数の急増)もあり、次回選挙以降は有利に働く。 |
| 2000年(平成12年)6月の第42回衆議院議員総選挙では愛知13区で前回敗れた嶋聡を破り、再選。 |
| 2001年(平成13年)4月、第1次小泉内閣で経済産業大臣政務官に就任。 |
| 2002年(平成14年)9月、第1次小泉改造内閣で内閣府大臣政務官に就任。 |
| 2003年(平成15年)11月9日の第43回衆議院議員総選挙で3選。 |
| 2005年(平成17年)9月11日の第44回衆議院議員総選挙で4選。 |
| 2006年(平成18年)10月選挙対策総局次長に就任。 |
| 同年12月28日、渡辺喜美の内閣府特命担当大臣(行政改革担当)就任に伴い、後任の内閣府副大臣に就任した。 |
| 2008年(平成20年)9月、麻生内閣で厚生労働副大臣に就任した。 |
| 2009年(平成21年)1月、年越し派遣村に厚労省の建物を開放する決定に携わった。 |
| 2009年(平成21年)8月30日の第45回衆議院議員総選挙では、小選挙区で民主党新人の大西健介に敗れたものの、比例復活により5選。 |
| この選挙では、民主党が愛知県内の全ての小選挙区で議席を獲得し、比例復活を果たせた候補者も大村のみであったため、愛知県で唯一の自民党所属衆議院議員となった。 |
| 直後の2009年自由民主党総裁選挙で96年初当選同期の松本純・新藤義孝・菅義偉らと河野太郎選対の中核。 |
| 2010年(平成22年)10月、名古屋市長河村たかしより2011年(平成23年)2月6日投開票の愛知県知事選挙への出馬を打診され。 |
| 11月18日、この意向について自民党の伊吹文明は「どうしても立候補すると言うなら、今の時点で離党してもらわなければいけない」と述べた |
| 12月1日、自民党愛知県連は大村が立候補した場合には除名とするよう求める上申書を党本部に提出した |
| 12月3日、愛知県知事選に出馬するため石原伸晃幹事長に離党届を提出し |
| 12月8日、自民党は党紀委員会で、離党届を受理せず反党行為として賛成10票・反対5票で除名処分を決定した |
| また、除名後も大村が選挙区支部を解散しなかったため、2011年7月、党本部で解散を総務省に届出。 |
| 2010年(平成22年)12月21日、地域政党「日本一愛知の会」の設立を発表http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201101130035.html |
| 2011年(平成23年)1月14日、横路孝弘衆議院議長に辞職願を提出し、許可された。 |
| この辞職により自民党の望月義夫が繰り上げ当選となる |
| 2011年愛知県知事選挙では1,502,571票(得票率49.3%)を獲得し当選。 |
| (公選下では初の三河地方出身の知事)これは同県知事選では史上2番目に多い得票数である。 |
| 自民党除名されながら自民党幹部の菅・河野の支援も受けた。 |