| 自分のバッティングスタイルを守るために、バッターボックスに入る際は小声で「センター(返し)、センター・・・」とつぶやいているという。 |
| 俊足のため併殺打が少なく、一定以上の長打力もあるので、様々な打順をこなせるユーティリティ性をもつバッターである。 |
| 2009年以降は、貧打に喘ぐチーム事情もあって、同タイプの外野手である赤松真人とともにクリーンナップを打つ機会が多くなっている。 |
| 選球眼が良く、重要な場面で四球を選んで出塁するケースが多い。 |
| 2008年と2010年はシーズン打率が2割5分前後で終わっているが、いずれも3割を大きく超える出塁率をマークしている。 |
| 俊足で、守備範囲は広いが、目測を誤る事が多く、肩はそれほど強くない。 |
| 盗塁は意欲的だが、盗塁死も多いなど成功率に課題がある。 |
| 1軍に定着した2008年は左翼・中堅での起用が主で、外野で最も肩力が要求される右翼での出場はほとんどなかったが、外野が広く、右翼線を抜けた打球が即三塁打につながるマツダスタジアムに本拠地が変わった2009年は、守備範囲を重視した首脳陣の意向により右翼手にコンバートされている。 |
| 昔からいい選手のものはどんどん真似していこうと思っており、スパイクは赤星憲広(元阪神)、グラブはチームメイトである廣瀬純のモデルを着用していると述べている。 |
| 2004年5月5日のひろしまフラワーフェスティバルでのトークショーに参加した際に、女性の好みを聞かれ「背がちっさい女性が好きです。 |
| 155cm以下ぐらいが」と答えていた。 |
| 2008年3月8日の対ソフトバンクオープン戦で2打数2安打2盗塁と走攻で活躍したことにより一部メディアで「赤いイチロー」、「赤い新星」というニックネームがつけられた。 |
| 自身初となるサヨナラ安打を放った2008年4月5日の横浜戦。 |
| その試合のヒーローインタビューでは、「おいしいお酒を飲んで明日も球場に来てください!」とユニークな発言をして球場のファンを沸かせた。 |
| 翌4月6日の横浜戦でも長谷川と共にヒーローインタビューに立ち、「明日は月曜日で仕事があると思うのでお酒は控えめに」と発言し、またもファンを沸かせた。 |
| しかし当人は下戸であり、5日はジンジャーエール、6日はウーロン茶で祝杯をあげたという。 |
| 7月5日の東京ヤクルトスワローズ戦の練習中に遅刻。 |
| 14時試合開始のデイゲームをナイターだと勘違いし、午前10時の練習開始のはずだったが12時25分に球場に来たために球団から罰金を科せられた。 |
| これに関連してか「遅刻ゼロ」に取り組んでいる広島市立広島工業高等学校の無遅刻無欠席の生徒ら78人を一塁側の内野席へ招待した。 |
| この時の招待料に天谷が球団に支払った罰金が充てられた。 |
| 生徒は球団からプレゼントされた、おそろいの「天谷Tシャツ」を着て横断幕をもって応援。 |
| 0-1の二回に右翼線へ同点二塁打を放った天谷は「きょうは僕の応援団が来ているので、いいところを見せたかった」とコメントしたが試合は1点差で惜敗。 |
| 遅刻の時はブラウン監督から「気にするな」と言われたが、「どこか気が抜けていた。 |
| 初心に戻ろうと思った」と思い7日には、理髪店で髪を丸刈りにした。 |
| 7月9日の中日戦では2度目のサヨナラヒットを放つとともに、そのシーズン初のチームの勝率5割到達の立役者にもなった。 |
| モデルとして活躍している伽奈とは実家が近く幼なじみであるが、天谷本人は「モデルというより、単なる友達」と語っている(2008年9月9日の中国新聞夕刊より)。 |
| サンフレッチェ広島の槙野智章とは親交があり、実際に広島アスリートマガジン(2009年2月号)で対談したことがある。 |
| 2010年8月22日の横浜ベイスターズ戦で、8回の表に三番ブレット・ハーパーが齊藤悠葵から放ったセンターへのホームラン性の打球を、およそ1.8メートルのフェンスを駆け上がり、エビ反り状態になりながらも好捕、観客の喝采を浴びた(この時実況は「スパイダーマンの再来(後述の赤松)」「天谷スーパー(プレイ)!」と絶賛している)。 |
| この時、齊藤はホームランを打たれたと思い込んでいたため、天谷が捕球するのを見て目を丸くして驚いていた。 |
| このようなビッグプレーは8月4日の横浜ベイスターズ戦でも同僚の赤松真人が見せておりちなみにその時の投手も齊藤であった。 |
| 打者は村田修一、天谷はそれを「すごく意識するようになった」らしい。 |
| ちなみに22日の未明、日本テレビのスポーツニュースで赤松のプレーが特集された際に、マツダスタジアムに展示されている、天谷がフェンスによじ登ってホームランキャッチする姿を模した「激突!天谷くん」人形が紹介されており、わずか一夜明けてそれを現実の物としてしまった。 |
| なお後日、登ったフェンスのすぐ下にフマキラーがベープの広告を出していたため、同社から天谷にベープ、薬用ハンドソープ等が送られたことが、広報である比嘉寿光のブログで明らかになった。 |
| 同様に赤松も、よじ登ったフェンスに広告を掲載していた石窯タカキベーカリーからパンの詰め合わせが贈られている。 |