| 中学1年でサッカー部、2年から3年までは野球部に所属 |
| 横浜高等学校ではレスリング部に所属。 |
| 同じレスリング部には渋谷修身も所属していた。 |
| 1993年7月、高校3年時にパンクラスの第1回入門テストを受験するも、不合格となった。 |
| 一緒に受験した渋谷は合格した。 |
| スポーツ専門学校に進学後、修斗に興味を持ちシューティングジム八景に入門。 |
| この時期に佐藤ルミナの指導を受け、ほどなく和術慧舟會に入門。 |
| 1996年、全日本アマチュア修斗選手権で準優勝。 |
| 決勝戦の相手だった桜井速人を相手に10月4日プロデビュー。 |
| 以後、修斗を中心に和術慧舟會主催の大会やコンバットレスリングなどに出場。 |
| 1998年から頭角を現し、外国人選手相手に実績を重ねる。 |
| 1998年10月25日、抜擢を受けて出場したVALETUDEJAPAN'98にてブラジリアン柔術黒帯のヒカルド・"リッキー"・ボテーリョにTKO勝ちを収めた。 |
| 1999年5月29日、空位の修斗ウェルター級王座決定戦で元師匠の佐藤ルミナと対戦し逆転勝ちを収め、第4代修斗ウェルター級王者となる。 |
| 以後、アンドレ・ペデネイラスやデニス・ホールマンなどと対戦。 |
| 2000年12月17日、佐藤ルミナとのリターンマッチで勝利を収めた直後、王座返上と修斗からの撤退を表明。 |
| 2000年12月31日、INOKIBOM-BA-YEでプロレス初挑戦。 |
| 小路晃とタッグを組み、ザ・グレート・サスケ&松井大二郎と対戦。 |
| 最後はサスケのラ・マヒストラルでフォール負け。 |
| 2001年2月23日、UFC初参戦となったUFC30でジェンス・パルヴァーと初代UFC世界バンタム級(現ライト級)王者決定戦で対戦し、判定負け。 |
| 2001年11月2日、UFC34でBJペンと対戦し、開始11秒フェンス際でパンチ連打を浴びKO負け。 |
| 2002年2月15日、憧れだったリングスの最終興行となった『WORLDTITLESERIESGRANDFINAL』で高阪剛と旧リングスルールのエキシビションマッチを行った。 |
| 2003年2月28日、UFC41でパルヴァーの返上によって空位となったUFC世界ライト級タイトルを賭け、BJペンと再戦するも、1-1の判定ドローとなり、王座獲得ならず。 |
| 2003年9月26日、UFC44でエルメス・フランカと対戦し、右ストレートでKO負け。 |
| この試合を最後にUFCを離脱。 |
| 2003年12月7日、全日本キックボクシング連盟「FujiwaraFestival」に登場。 |
| 総合ルールのエキシビションマッチで小林聡とタッグを組み藤原敏男&國奥麒樹真と対戦した後、キックルールのエキシビションマッチで小林聡と対戦した。 |
| 2003年12月15日、「WOLFREVOLUTIONmeetsLUZ」で魔裟斗と1Rキックボクシングルール、2R総合格闘技ルールのエキシビションマッチを行った。 |
| 2004年3月22日、修斗に3年3か月ぶりに復帰し川尻達也と対戦、ドローに終わった。 |
| 2005年からは、HERO'Sを中心として試合を行う。 |
| 2005年のHERO'Sミドル級トーナメントでは準決勝で山本"KID"徳郁の打撃で、顔面をカットしてしまい、流血によるTKO負け。 |
| 2006年8月5日、HERO'S2006ミドル級世界最強決定トーナメント準々決勝ではブラックマンバと対戦、長身を生かしたパウンド等で攻め込まれるも、チョークスリーパーで一本勝ち。 |
| 2006年10月9日、トーナメント準決勝でアイヴァン・メンジバーに判定勝ちするものの、決勝ではJ.Z.カルバンに判定負けを喫し、準優勝に終わった。 |
| 2007年3月12日、HERO'S2007開幕戦ではアリ・イブラヒムに1R腕ひしぎ十字固めで一本勝ち。 |
| 2007年7月16日、HERO'S2007ミドル級世界王者決定トーナメント開幕戦で永田克彦と対戦。 |
| ほぼスタンドでの攻防で5分3Rを戦い抜き、3-0の判定勝ち。 |
| 2007年8月、10月11日に亀田大毅とのタイトルマッチを控えたボクシングWBC世界フライ級王者内藤大助らと長野県車山高原で合宿を行った。 |
| 2007年9月17日、HERO'S2007ミドル級世界王者決定トーナメントの準決勝でアンドレ・ジダと対戦。 |
| ジダの打撃で顔面をカットするなどして攻め込まれ、グラウンドでもいいポジションを取れず、判定負け。 |
| また、この試合で下顎を2箇所骨折する重傷を負った。 |
| 2008年5月11日、シード出場となったDREAM.3のライト級GP2回戦で石田光洋と対戦し、チョークスリーパーで一本勝ち。 |
| 7月21日、DREAM.5のライト級グランプリ準決勝で青木真也と対戦し終始青木のペースに引き込まれ判定負け。 |
| しかし青木の関節技から再三脱出し、会場を沸かせた。 |
| 2009年3月17日、UFC公式サイトにて約6年ぶりとなるUFC復帰が発表され、4月10日付けで12年間所属していた和術慧舟會を離れフリーランスとなった(マネジメントはフロム・ファーストプロダクション) |
| 本木雅弘と同じ事務所へ]BoutReview2009年5月2日。 |
| 2009年6月13日、UFC99でスペンサー・フィッシャーと対戦し、0-3の判定負け |
| 11月21日、UFC106でファブリシオ・カモエスと対戦し、2Rにグラウンド状態からの顔面蹴りあげでカモエスに減点1が与えられたものの1-0の判定ドローとなった |
| 2010年3月31日、UFCFightNight:Florianvs.Gomiでグレイゾン・チバウと対戦し、パウンドでTKO負け |
| 2010年5月29日、UFCファンエキスポで行なわれたGrapplersQuestのスーパーファイトでフレジソン・パイシャオンと対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本負け。 |
| UFC3戦2敗1分となり、UFCからリリースされた。 |
| 2010年7月10日、DREAM.15の休憩中にリングに上がり、DREAM再参戦が発表された |
| 2010年12月31日、日本復帰戦となったDynamite!!〜勇気のチカラ2010〜で宮田和幸と対戦。 |
| 宮田にジャーマン・スープレックスで計3度投げられ、0-3の判定負けを喫した |
| 2011年5月29日、DREAMJAPANGPバンタム級トーナメントで西浦"ウィッキー"聡生と対戦し、3-0の判定勝ち。 |
| 3年ぶりの勝利となった。 |