| 結果的にこの時間と距離のロスが致命傷となり、優勝を逃した。 |
| ゴール後のインタビューでは「ああ私ってマヌケだなあ、と思いました」と苦笑いを浮かべながら発言し、一躍人気者となった。 |
| 1993年8月15日-シュツットガルト世界陸上女子マラソン3位入賞、銅メダルを獲得。 |
| 2時間31分01秒優勝は浅利純子で金メダルを獲得。 |
| 松野明美は11位。 |
| 33Km付近で集団から抜け出た2位のマヌエラ・マシャドと、その後の浅利のスパートにはついていけなかったものの、安部は3位の位置をキープしてゴールした。 |
| 陸上競技の世界大会(五輪も含む)で、1種目で二人の日本女子選手がメダルを獲得するのは、史上初の快挙だった)。 |
| 1994年1月30日-大阪国際女子マラソン初優勝、2時間26分09秒2位の藤村信子と同タイム、3位の浅利純子とは1秒差、当時の日本最高記録。 |
| 長居第2陸上競技場へ3人がほぼ同時に入ったが、残り100mで安部がラストスパートで2人を引き離す。 |
| また、この優勝が旭化成陸上部女子のマラソン初制覇でもあった。 |
| 1994年10月2日-広島アジア競技大会女子マラソンの代表に選出されたが、足の故障によりレース前日に欠場を表明(藤村信子が3位で銅メダルを獲得)。 |
| 1996年1月28日-大阪国際女子マラソン5位。 |
| 2時間28分0秒アトランタオリンピックの選考レース。 |
| スタート直後に安部は転倒するアクシデントで脇腹を強打して打撲傷を負う。 |
| その後先頭集団に追いついたが、35Km過ぎで脱落し優勝を逃す。 |
| アトランタ五輪へは補欠代表にとどまった。 |
| 1996年8月25日-北海道マラソン優勝、2時間31分21秒。 |
| 1997年8月9日-アテネ世界陸上女子マラソン29位。 |
| 2時間45分19秒本人曰く「風邪を引いてしまい調整に失敗、後は気持ちで走るだけだった」。 |
| 優勝は鈴木博美で金メダル獲得、4位入賞は飛瀬貴子。 |
| 団体戦では日本女子が金メダルを獲得。 |
| 1998年8月30日-北海道マラソン2位、2時間31分12秒。 |
| 1999年1月31日-大阪国際女子マラソン6位、2時間27分05秒(セビリア世界陸上へは補欠代表に)。 |
| 1999年8月29日-北海道マラソン2位、2時間33分45秒。 |
| 2000年1月30日-大阪国際女子マラソン6位、2時間28分01秒シドニーオリンピックの選考レース。 |
| 5Kmを過ぎた後に安部は早々先頭集団から脱落、殆ど優勝争いに加われなかったが、大阪城公園内の28Km付近で有森裕子を抜き去るなど見せ場は作った。 |
| 2000年2月20日-泉州国際市民マラソン優勝、2時間29分09秒(大阪からわずか3週間の間隔でフルマラソンに出走)。 |
| 2000年6月25日-サロマ湖100キロウルトラマラソン優勝、6時間33分11秒(100kmマラソンの世界女子最高記録を達成)。 |
| 2000年8月27日-北海道マラソン3位、2時間35分21秒。 |
| 2001年3月11日-名古屋国際女子マラソン5位、2時間27分02秒(25Km過ぎで転倒するも終盤まで優勝争いに加わった)。 |
| 2001年11月18日-東京国際女子マラソン12位、2時間34分17秒。 |
| 2002年1月27日-大阪国際女子マラソン5位。 |
| 2時間29分16秒。 |
| 2002年3月10日-名古屋国際女子マラソン6位、2時間31分11秒東京→大阪→名古屋と3大会の女子マラソンを続けて出走。 |
| 名古屋のレース後、旭化成陸上部を退部。 |
| 2002年11月17日-東京国際女子マラソン6位、2時間31分11秒。 |
| 現在は旭化成延岡支社で通常勤務の傍ら、各地で開催される市民マラソン大会のゲストランナーとして活動している。 |
| 2008年2月17日-東京マラソン2008にゲストランナーで出走し13位、2時間56分35秒。 |