| 橋本龍太郎とは麻布中学校時代の同級生。 |
| 麻布中学校の入学試験当日、頭のいい受験生の後席に座ればカンニングできると目論んだ安部は、他の受験生を品定めしたところ、橋本が一番頭がよさそうに感じその後席に座ることに成功したという。 |
| 後年、橋本と同窓会で会った際、政界に身を置くようになっていた橋本に自身と似た匂いを嗅ぎ取り、互いに都合の悪い事だけは黙して語らないことを約束したといわれる。 |
| また、橋本政権下の時代、コメンテーターとしてトーク番組で政治問題のコメントする際はいつも『俺は龍ちゃん(橋本のことを親しみをこめて)と同級生だったから』とのことでいつも自民党擁護の発言が目立った。 |
| しかし、これは安部自身が元ヤクザのベストセラー作家でありながら橋本と同級生だったことを言いたかったちょっとしたネタであり一緒に出演していた他のコメンテーターからは特に問題視されることはなかった。 |
| 永田雅一に大変な恩義を感じており、雅一の孫でTBSラジオのディレクター、プロデューサーを歴任した永田守の頼みは断れないらしい。 |
| そのため永田守が初代プロデューサー兼ディレクターを担当した『伊集院光深夜の馬鹿力』の番組内では、他所ではありえない扱いをされることが何度かあった内田有紀、遠藤久美子、シャロン・ストーンの物真似を延々させ続けられるなど。 |
| 詳しくは該当記事参照。 |
| 三島由紀夫とは親交があり、三島にボクシングジムを紹介するなどした。 |
| また当時の安部の半生を三島が小説にしたのが、田宮二郎主演で映画化もされた『複雑な彼』である。 |
| この話の主人公の名前「宮城譲二」は、その後安部が作家デビューするにあたりペンネームにもなった。 |
| ヤクザ時代、青森まで抗争に駆り出され、そこで出会った医師との友情から、上京するといって聞かない医師の娘を下宿させることになった。 |
| その娘が矢野顕子である。 |
| 安部がオーナーを務める青山3丁目にあったジャズクラブ「ロブロイ」(当時の妻で現エッセイスト、着物コーディネーターの遠藤瓔子がママを務めていた)で、矢野は初舞台を踏み、出入りしていた業界関係者の目に留まる。 |
| ヤクザ映画の名作「仁義なき戦い」の第四部「仁義なき戦い頂上作戦」の劇中、第二次広島抗争で、全国からケンカの助っ人が広島に集結した件があるが、これに派遣された一人が、現役渡世時代の安部。 |
| 安部にとってもこれは輝く実績の一つだが、劇中にもあるように実際は全面戦争にはならず、安部は暇で野球に興じていたという。 |
| 長嶋茂雄の天覧試合のサヨナラホームランも広島の親分宅で見たという。 |
| ある日、商店街の野球大会に参加して、飛ばない軟式ボールを広島市民球場の外野スタンドにたたき込んだら、商店街の会長が「親分にもよく話してやるから、広島カープの入団テストを受けてみなさい」と言われたという仁義総研『訓録「仁義なき戦い』p.46(徳間書店、2004年) 『プロ野球死んでもらいます』p.38-139(学習研究社、1989年)。 |
| 阪神タイガースのファンで、子供の頃に吉田義男のボールさばきを見て大ファンになった。 |
| 子供の頃、疎開していた熱海の町内に松竹ロビンスの監督等を務めた新田恭一が住んでいて野球を教えてもらったという |
| これが縁で成人した安部が安藤組のアマチュア野球チームにいたおり、安部の母が「プロ野球選手になれたらヤクザをやめてもいい」と言った息子の話を真に受け、足を洗って欲しいと新田から辿って新田の慶応野球部の後輩・別当薫に安部を紹介したことがあるというデイリースポーツ、2009年10月21日、5頁。 |
| 日本社会党、日本共産党の支持を受け、庶民派の東京都知事として在任中であった美濃部亮吉が、高級ホテルとして知られるホテルオークラで朝食を摂っているのを目撃した安部は、美濃部と一悶着起こしたと自著にて記している。 |
| 前述のように「追跡」にレギュラー出演していた縁で、青島幸男を深く敬愛していた。 |
| 青島の東京都知事選出馬時もこれを支持している。 |
| 大の岡田奈々ファンとして知られる。 |
| 自身原作の映画作品に出演させている。 |
| 刑務所に服役中、さだまさしの歌『雨やどり』を聴いて更生しようと思った(本人談)。 |
| 人名について「京子」「HIDEKO」という名前が特に好きだと語っている(伊集院光のラジオに出演した際)。 |
| バブル崩壊で負債を抱え妻とも離婚。 |
| 借金の形や慰謝料として大半の財産と一緒に愛車のポルシェも持って行かれてしまった。 |
| 代わりとして安価なオートザム・レビューを渋々購入したが、実用性が高く気に入っていると後にNAVI誌上で評した。 |
| 都内某ディーラーにて新車購入の際、購入した車の値引の代わりにその車(オートザム・レビューと思われる)のCMキャラクターだった小泉今日子を「4人ばっか乗っけて持ってきてくれ」と(本人は冗談のつもりで)発言。 |
| 担当営業と営業所長を困らせたことがある。 |
| 本人曰く「4人なんてありえねぇんだから、等身大の看板でも乗っけてくりゃ笑えたのに」とのこと(雑誌のインタビューにて本人談)。 |
| 2005年頃より、新聞などに掲載される禁煙グッズの広告に登場。 |
| 「私は楽して煙草をやめました」として大々的に広告されているが、本人は未だに煙草をやめていないことを自身のブログなどで告白している。 |
| 大の猫好きで知られる。 |
| 猫の絵のはいったシャツを着ていて親分に嫌がられたこともある。 |