| ラディカル・ブディストとしてはナーガールジュナ(龍樹)を宗祖とする中観派を自認しており、「虚無主義者や唯物論者と混同されるのも、ナーガールジュナ以来の中観派の伝統」と認識している。 |
| また趣味は仏教書のコレクションだという「たかじんのそこまで言って委員会」。 |
| 少年期、青年期に最も影響を受けた思想家はシモーヌ・ヴェイユとエミール・シオラン。 |
| 「若い頃は、二人のグノーシス主義者によって導かれた」と振り返っている(大学時代に中観仏教に転じ、グノーシス主義は放棄される)。 |
| 初期の著作には彼らの言葉がエピグラフとして掲げられている。 |
| 子供の頃に最も影響を受けた文学作品としては、星新一のショートショート『殉教』を挙げている読売新聞 2002年7月14日付朝刊「時の栞」欄、『諸君!』2007年10月号。 |
| 宮崎はこの作品で「生の意味や社会や文明が、たかだか死の恐怖によって支えられているにすぎない」ことを悟り、自らを「信じるという能力」を欠いた人間であると思い知ったという。 |
| 「私はナショナリストとして首相の靖国参拝を支持する」と発言した読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』ほか、「私は自由主義者として…」という限定のうえで同様の発言をしたことがあるTBSラジオ『アクセス』。 |
| 「自分は大衆とともに生き、大衆とともに死ぬ辻説法師なんだ」とし、テレビ番組とりわけバラエティやワイドショーに積極的に出演する。 |
| 東京を拠点としながらも大阪での番組収録もこなし、頻繁に往復している。 |
| コメンテーターとして活動する中で、司会・インタビュアーの役回りも引き受ける。 |
| 一度、『朝まで生テレビ!』で田原総一朗の代理司会を務めたことがあるが、普段論客として出演する時とは違って、他の論客の話を丁寧に聞いてから自分なりの意見を言い、その上で次にまた話を振るというスタイルをとったゲスト出演者に質問する姿は『ニュースの深層』や『そこまで言って委員会』などでも見られる。 |
| 「講演は苦手で司会のほうが好き」と述べたこともある。 |
| 「サブカルチャーと犯罪と宗教が専門」だった自分が「若い人達から『政治評論家』とみられていること」に戸惑いをおぼえるという。 |
| 「政治評論めいたことやりはじめたのは比較的最近」であって、もともとは「『政局』などにはほとんど関心がなかった」という。 |
| 事実、過去においては現在の保守的なスタンスとは異なる、左派、リベラルともとれる発言も行っていた週刊文春「仏頂面日記」第56回。 |
| 仕事の為もあるが、読書家http://reader.livedoor.com/column/miyazaki_tetsuya/02.html宮崎哲弥-プロが語る「私の情報収集術」vol..2:livedoorReader。 |
| 書評委員の過去の他、雑誌連載では新書のみ扱った書評を行った。 |
| 小説、漫画を論評することは基本的にしていない(ただし社会評論の素材として挙げる事はある)。 |
| 漫画はかなりの量を読んでおり、特にグルメ漫画については異様なまでに詳しく、「いつでもグルメ漫画評論家を開業できる」とも述べている(『アクセス』『Kakiiin』など)。 |
| 水道橋博士によって、「将来はグルメ漫画評論家として生きていきたい」と語っていたことが報告されたこともある『博士も知らないニッポンのウラ』。 |
| 現在与えられている政治や経済の評論家というテレビ的な役割から退き、本来のフィールドであるアニメやマンガ、SFなどのサブカル評論、犯罪研究、仏教論の世界に戻ることを常々考えていると発言。 |
| 『博士の異常な鼎談』では、スタジオに用意されていた弁当を、セット内に持ちこんで食べているシーンから始まることが数回あった。 |
| 小説に関しては自身を文学オンチとしている。 |
| 理由は、小説を読んでも脳裏に「絵が浮かばない」という能力的欠陥のためだと語っており、人の顔を覚えるのも苦手で、子供の頃から夢は音声しかなく、多少絵を思い浮かべられるようになる30代までオナニーもできなかったと言う『博士も知らないニッポンのウラ』第2回。 |
| 一日に7冊の本を読む。 |
| これは目を訓練したような速読で読むのではなく、文字を目で追うのが単に速いだけだという。 |
| なお、400字詰めの原稿用紙1枚なら数秒で読む『博士も知らないニッポンのウラ』(編集者のウラ見城徹)。 |
| また他では、一度本を開いたら、よくわからない箇所があっても戻らずに読み通す「前進あるのみ読法」がコツだと述べている『CIRCUS』2008年10月号。 |
| プロ野球・読売ジャイアンツファン大阪のテレビ番組や「博士の異常な鼎談」等で取り上げられる。 |
| 歌手・華原朋美の大ファンであり、女優・杉田かおるは彼をいたく気に召しているようである。 |
| しかし「本当はキョンキョンの大ファンで、ファンクラブに入っていたこともある」と告白し、同じく小泉今日子のファンだった加藤浩次とテレビ番組内で意気投合したことがある「スッキリ!!」。 |
| とんこつラーメンで有名な久留米出身ながら、とんこつは苦手『そこまで言って委員会』での発言。 |
| 1990年代末、『ビートたけしのTVタックル』に出演しはじめたばかりの頃、ビートたけしに80年代前半にアメリカで流行した「キャベツ畑人形」にたとえられたことがある。 |
| また、深夜番組でスピードワゴンの小沢一敬に突っ込まれて、「AVより(エロ)マンガ派」と答えたことがあるテレビ東京「超社会派バラエティーザ★熱中ナイト!」2007年12月30日放送。 |
| 2007年に月桂冠、第一三共ヘルスケアのCMに出演。 |
| この時、「CM出演の原則を明らかにしたにもかかわらず、まだ『評論家がCMに出るなんて…』と苦言がましく言ってくる輩がいる」と不満を表明。 |
| これに先立って宮崎は、自分が尊敬し、社会的発言をしていた文化人がCMに出演していたことを挙げ、「そもそもCMを害悪とみなすのならば、民放に出ること自体が問題であろう」と述べている。 |
| また、『週刊文春』での連載「仏頂面日記」にはCM出演の条件(一般的に評価の定まった企業のものであることなど)やスポンサー企業が社会問題を引き起こした場合の対応を明記している。 |
| 2009年4月、体調の優れない状態が治らないことから、仕事量を減らす考えを明らかにした。 |
| 『週刊文春』「仏頂面日記」読売テレビ『たかじんのそこまで言って委員会』2009年4月26日放送。 |
| 同年12月末には番組開始当初から出演していた『BATTLETALKRADIOアクセス』(TBSラジオ)を同じ理由で降板することを明らかにしている。 |