| 本名(旧ペンネーム)は富野喜幸。 |
| 富野由悠季というペンネームは1982年以降、原作、監督、小説執筆の時に使われるようになった。 |
| 作詞家としてのペンネームは井荻麟(いおぎりん)。 |
| 井荻麟というペンネームの由来は、日本サンライズの事務所のあった上井草駅が西武新宿線の井荻駅の隣(となり)であることによる。 |
| 作詞の技法は、幼少期より家族ぐるみの付き合いがある阿久悠から学んだ。 |
| 絵コンテ、脚本、演出のために使われる斧谷稔(よきたにみのる)等複数のペンネームを持つ。 |
| 本人執筆の小説の作者紹介欄によると、趣味は素描(ドローイング)とある。 |
| 自身の小説の挿絵もしばしば描いている。 |
| 家族構成は、妻著書『だから僕は…』や『「イデオン」ライナー・ノート』においては「亜々子」という名前で記されているが、本名かどうかは詳らかではないと2人の娘。 |
| 長女は演劇集団円文芸/演出の富野アカリ、次女は振付家の富野幸緒。 |
| 監督、絵コンテ(絵コンテの節を参照)、演出をしながらも、しばしばOP・ED曲や挿入歌の作詞をし、さらに並行して小説(主に自分の作品の小説化や自分の作品の派生作品)まで書いている。 |
| ただ、「小説で鬱憤を吐き出してしまうという悪い癖がある」と自認し、後書きなどで反省している。 |
| 独特の声優審美眼でも知られる。 |
| 『巨人の星』の主人公星飛雄馬のイメージが強かった古谷徹を『機動戦士ガンダム』のアムロ・レイ役に推したり、俳優の池田秀一、戸田恵子、舞台役者だった白鳥哲、朴璐美などを声優として発掘したり(基本的に人選のセンスは音響監督によるが、声優としての演技センスを育てるという点では正しい表現と言える)、一見ミスマッチでも視聴後には「他のキャストは考えられない」ような配役を行なう。 |
| しかしその分、演技においては厳格な指導で知られており、アフレコ現場には必ず立ち会って声優と演技の詳細を詰めると言われており、ガンダムなど一部の作品では声優を正座させて指導した事もあるという。 |
| だが富野作品で実力をつけた声優は少なくない。 |
| 大のガンダムファンでもある子安武人も複数の作品で起用された結果、自身の演技の幅を広げた。 |
| 一方で要求に応えられない時はブースに駆け込んで罵声を飛ばす事もある。 |
| 阪口大助をはじめ新井里美、浅川悠らはその厳格さゆえに泣き出したという。 |
| 当時新人だった阪口に至っては鉄拳制裁まで加えた事もあったとの事。 |
| また、『重戦機エルガイム』で主役を務めた平松広和は「キャラを殺して降ろす」とまで言われたという逸話もある。 |
| 原作者として自ら登場メカをデザインする事もあり(ただし最終的な決定稿は専門のメカニックデザイナーの手による)、特徴的な容貌やギミックを好む。 |
| また、ダクトで覆われたゲルググの胴体やエルメスのビットやザクレロに配された多方面スラスターなどの機能的なデザインもある。 |
| ビグザムやゾックなどは富野デザインが決定稿でもほぼそのまま残った例であり、実質的に『ガンダム』のドムより後のモビルスーツは、ほぼ富野がデザインしたといわれている。 |
| 商品化の如何にかかわらず、形状的に矛盾無く模型化できるデザインを常に心掛けたという。 |
| 富野はメカデザイン打ち合わせ時、ファミレス・喫茶店等の公の場であっても、自分の作品論に基づいてか、人目をはばからず卑猥な言葉を発し、スタッフが閉口する事がある。 |
| テレビ関係の仕事の際は「禁止コードだから」とその手の発言を控えつつも、自身の狙いを遠回しに醸している。 |
| かつて富野の下で修行し実力をつけ名作アニメを生み出した監督は数多い。 |
| 後年の勇者シリーズやエルドランシリーズなど新たなジャンルのロボットアニメを切り開いた谷田部勝義、今川泰宏、高松信司、川瀬敏文なども富野の下で修行したと言われる。 |
| 今川を『機動武闘伝Gガンダム』の監督に推薦したのは富野で、「今川にガンダムをぶっ壊してもらいたかった」という理由からである。 |
| 厳密には監督ではないが永野護も富野の元で修行した1人であり、富野自身がその才能を高く評価している1人でもある。 |
| 富野は自らを「アニメ監督になっていなかったら、自分は禁治産者とみなされるか、犯罪者になっていたかもしれない」と語ったことがあるが、その厳格な指導の成果は後進へと継がれている。 |
| また、教え子たちが監督を務めた作品を視聴しては、意見や批判もレポートに書いて出している。 |
| プライベートでは基本的に無趣味だと語るが、夫婦で家庭用TVゲーム版『パズルボブル』などのパズルゲームをプレイして楽しんでいる様子をインタビューにおいて語っている。 |
| なお、ゲームに関しては自身の性格からして、のめり込んで身を滅ぼすだろうという想いから、触れないよう尋常ならざる努力をしてきたと語っている。 |
| 『A,C,E2』の特典DVDでは、「ゲームは麻薬」「ゲームに携わる仕事をしている人間は嫌い」との発言をしているが、ゲーム技術の発展について理解も示しており、冗談で語っていたようである。 |
| また、台北のゲームショーへ赴くなどしており、積極的にゲーム関連のイベント(自身の関連した作品が出展されたからだろうが)に参加している。 |
| また、ガンダムのゲーム作品を代表する『ガンダムvs.シリーズ』ではゲームの企画にも関わっている。 |
| この時訪問したカプコンで出会ったのが『∀ガンダム』以降の盟友となる安田朗である。 |
| 大変な甘いもの好きであり、ショートケーキなどが好物。 |
| 2002年2月28日に放送された『トップランナー』に出演した際、女性司会者のはなが手作りのショートケーキを差し出した。 |
| そのとき富野は子供のように目を輝かせ、美味しそうに食べていた。 |
| しかし、富野にとってのショートケーキとは、20センチ程度のホールサイズを切り分けた三角形状のもの。 |
| 一方、はなが出したものは一人前の小型ホールケーキだったので、「僕、これショートケーキに見えないんだけど」と発言した。 |
| 喫煙者であり、メイキングやインタビューなどで煙草を吸ってる姿が度々目撃される。 |
| 物が捨てられない性格で、所有物をゴミに出す際、なかなか踏ん切りがつかない。 |
| さらに妻も衣類を捨てられない性格なので「家の中は地獄の沙汰」と語っている。 |
| 宮崎駿とは同年の生まれであり、近年は(新作・旧作を問わず)自身の作品のインタビューにおいて「宮崎らスタジオジブリ制作作品にライバル意識を持っている」というような発言をしばしばする。 |
| だが宮崎、高畑勲を非常に高く評価しており、「(オスカーを取った宮崎駿のように自分がなれなかったのは)能力の差であるということを認めざるを得ない」 |
| 富野は、将来アニメ業界に就きたいと思っている若者たちに対して、「アニメを見るな」「文芸、演劇、物語を見ないで映画、アニメが作れると思うな」「アニメ以外のことに奮闘しろ」「修身・道徳、格言を学べ」「大人から学ぶものなんて何もない」「映画産業全般に就きたいのなら学生時代から広くものを見なさい」「45歳までは君たちも挽回できる。 |
| 人間の基本は9歳までの、当時は解決方法が見えなかった欲求で、それからは逃れられない。 |
| それが何だったか思いだせ」とアドバイスをしている文化庁メディア芸術プラザ |
| また、近年のアニメについて「アニメや漫画を好きなだけで入ってきた人間が作るものは、どうしてもステレオタイプになる」「必ずしも、現在皆さん方が目にしているようなアニメや漫画の作品が豊かだと僕は思いません」と述べている |
| また、「アニメや漫画は、子供が親に隠れてこっそり見るものであり、大人(成人)になればアニメはさっさと忘れなさい」と主張している。 |
| 富野作品中でもそのようなテーマを打ち出しているものも多い。 |
| そのため、40歳を過ぎようとしている「大人」が、自身の代表作『機動戦士ガンダム』に熱中していることを嘆き、ドストエフスキーやゲーテなどの世界文学や『徒然草』や『奥の細道』など古典を大人は読むべきと唱える齋藤孝に共感し、対談を申し込んだ事もある。 |
| この対談では『機動戦士ガンダム』は娯楽に過ぎず、人生の指針や教訓になるような大そうなものではないし、そのようなものはないと結論している齋藤孝『なぜ日本人は学ばなくなったのか』(講談社現代新書、2008年)。 |