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プロフィール
- 小坂善之助とは
- 人物概要
- 生い立ち
- 政治家として
- 実業家として
- 信濃毎日新聞の父として
- 家族・親族
- 参考文献
- 関連サイト
小坂善之助(こさかぜんのすけ、嘉永6年(1853年)7月15日-大正2年(1913年)12月21日)は、日本の政治家、実業家。元衆議院議員、長野県議会議員。
人物概要
| 明治23年(1890年)国会開設以来、四回衆議院議員に当選、中央政界に活躍するかたわら、信濃銀行をおこし、山国長野県の豊富な水資源に着眼して長野電灯を創業、県下で最初の水力発電所をつくった。 |
| また信濃毎日新聞の基礎を固めた『信州の人脈(下)』17頁。 |
生い立ち
| 上水内郡村山村(現長野市)出身。 |
| 父は三代目善之助(隠居名善三)。 |
| 善之助の家は三代前に分家したもので本家は代々大庄屋を勤めた豪家だった。 |
| 善之助は、少年時代から村の大将格で、村芝居ではつねに主役をつとめた。 |
| 1878年(明治11年)家督相続し善之助を襲名。 |
政治家として
| 1878年(明治11年)に故郷の里村山村の戸長に選ばれた事が政治家の道に進むキッカケとなる。 |
| 1881年(明治14年)に上水内郡選出の長野県議会議員となり1883年(明治16年)には更級郡・埴科郡の郡長に抜擢され、次いで北安曇郡の郡長に抜擢され道路の改修と橋梁の建設に心血を注いだ。 |
| 1890年(明治23年)の第1回衆議院議員総選挙で長野一区から衆議院議員に初当選し以降3期連続で当選。 |
| 一旦政治活動から身を引くが1902年(明治35年)に立憲政友会に入党、1904年(明治37年)の第9回衆議院議員総選挙で4度目の当選を果たし復活する。 |
| しかし翌1905年(明治38年)6月15日に劇症の脳溢血で倒れたのを機に引退した。 |
実業家として
| 1881年(明治14年)に信濃日報社の社主小野憶之進から経営に参画せよとの要請を受けたのを機に実業界にも顔を出す。 |
| 1889年(明治22年)に信濃銀行を設立して頭取となり1897年(明治30年)には長野電灯会社を設立し長野市郊外の上水内郡茂管村(現:長野市)に水力発電所を建設して電力史の一ページを飾る。 |
| 彼の実業家としての方針は「地域の発展に終生尽くす」であり実際日本勧業銀行(のちに第一銀行と合併して第一勧業銀行、現在は富士銀行・日本興業銀行と合併してみずほ銀行)が設立された際副総裁に推薦されたものの辞退していたほどであった。 |
信濃毎日新聞の父として
| 小坂が歴史に名を残しているのはとにもかくにも信濃毎日新聞の基礎を確立したからである。 |
| 彼が経営に参画したのは上記の通りだが当時は題号が「信濃日報」でライバル紙「信濃毎日新報」との苛烈な販売合戦の影響から経営が悪化していた。 |
| そんな中で経営を引き受けたわけだが彼はライバル紙を吸収合併させ、信濃新聞社が発行する『信濃毎日新聞』として再刊行させるというアイディアで廃刊の危機を乗り越え、秩父事件で初の号外を刊行させるまでに回復させた。 |
| 1883年(明治16年)に経営の一切を岡本孝平に譲ってからは信濃毎日新聞の経営からは手を引くが1898年(明治31年)12月に岡本の後を受け二代目の株式会社社長に就任(1890年(明治23年)5月1日に株式会社として発足、初代社長は岡本だった)。 |
| 山路愛山を初の主筆に迎えて編集の独立を確立。 |
| 「社長といえども紙面に干渉せず」の方針で紙面の近代化を図った。 |
| 1902年(明治35年)に取締役の前島元助に社長の座を譲るが1904年(明治37年)社長に復帰通算4代目の社長として復帰した。 |
| 1913年(大正2年)12月21日に逝去した際信濃毎日新聞は第二面を逝去の記事に当てていたがそれほど信濃毎日新聞にとってなくてはならない存在であったかが伺える。 |
| 小坂善之助がなかったら信濃毎日新聞は存在しなかったといっても過言ではない。 |
家族・親族
| 小坂順造(長男):信濃毎日新聞の社長・社主を勤め、日本発送電総裁・衆議院議員・貴族院議員を歴任。 |
| 小坂善太郎(孫、順造の長男):衆議院議員・外務大臣・労働大臣・信越化学工業顧問を務めた。 |
| 小坂憲次(曾孫、善太郎の次男):元衆議院議員。 |
| 小坂徳三郎(孫、順造の三男):衆議院議員・運輸大臣・経済企画庁長官・信濃毎日新聞社長を務めた。 |
| 小坂武雄(三男):信濃毎日新聞の社長を(公職追放によるブランクを含め)死去まで、信越放送顧問・長野放送相談役を務めた。 |
| 小坂健介(孫、武雄の子):(平成19年)2007年現在、信濃毎日新聞社長。 |
| 深井はる(次女):第13代日本銀行総裁の深井英五の妻。 |
| 萩原結子(孫、はるの長女):天文学者で文化勲章受章者の萩原雄祐の妻。 |
| 萩原敏雄(曾孫、結子の三男)日本テレビ放送網の社長を務めた。 |
| 萩原章嘉(玄孫、結子の孫):讀賣テレビ放送アナウンサー。 |
| 田中ふじ(六女):元企画院技師の田中隆一郎の妻。 |
| 梅原昭子(孫、ふじの三女):梅原龍三郎(画家)の長男でフランス文学者の梅原成四の妻。 |
参考文献
| 『財界家系譜大観第6版』現代名士家系譜刊行会昭和59年(1984年)10月15日352頁-353頁。 |
| 『財界家系譜大観第7版』現代名士家系譜刊行会昭和61年(1986年)12月10日303頁-304頁。 |
| 『財界家系譜大観第8版』現代名士家系譜刊行会昭和63年(1988年)11月15日316頁-317頁。 |
| 鈴木幸夫『閨閥(けいばつ)結婚で固められる日本の支配者集団』光文社昭和40年(1965年)109-113頁。 |
| 信濃毎日新聞社『信州の人脈(下)』昭和42年(1967年)16-27頁。 |
| 『日本の名家・名門人物系譜総覧』新人物往来社平成15年(2003年)297-299頁。 |
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つながりの強いひと
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小坂善太郎
日本の政治家。自由民主党の衆議院議員で外務大臣、労働大臣、経済企画庁長官を歴任した。 |
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小坂順造
日本の実業家、政治家。信越化学工業及び東信電気及び長野電灯創業者。長野県生まれ。 |
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小坂憲次
日本の政治家。自由民主党所属の参議院議員(1期)。自民党参議院幹事長。衆議院議員(6期)、文部科学大臣(第7代)などを歴任。 |
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小坂徳三郎
日本の実業家、政治家。信越化学工業社長・会長、信濃毎日新聞社長、衆議院議員、運輸大臣(53代)などを歴任。 |
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萩原雄祐
日本を代表する男性天文学者。大阪府大阪市南区(現中央区)出身。日本学士院会員。正三位勲一等瑞宝章・文化勲章受章。旧制第一高等学校を経て東京帝国大学... |
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深井英五
深井英五(ふかいえいご、明治4年11月20日(1871年12月31日)-昭和20年(1945年)10月21日)は日本の銀行家・経済学者・作家。第13代日本銀行総裁・貴族院議... |
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萩原敏雄
萩原敏雄(はぎはらとしお、1936年5月18日-)は日本の実業家。 |
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萩原章嘉
読売テレビのアナウンサー。静岡県焼津市出身。立教大学社会学部卒業後、1985年読売テレビに入社。 |
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中曽根康弘
日本の政治家。位階は従六位。勲等は大勲位。財団法人世界平和研究所会長。中曾根康弘とも表記される。衆議院議員(20期)、科学技術庁長官(第7・25代)、運... |
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正力松太郎
日本の警察官僚、実業家、政治家。元読売新聞社社主、CIAエージェント。従二位勲一等。富山県高岡市名誉市民。京成電鉄OB。 |
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田中秀征
日本の政治家、経済学者。福山大学経済学部客員教授。衆議院議員(4期)、経済企画庁長官(第52代)、内閣総理大臣特別補佐(細川内閣)、新党さきがけ代表代... |
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黒川鮎美
人物に関連したまだ閲覧者の調べものの参考としては役立たない 書きかけ項目 です。 加筆・訂正 が必要です 。 項目削除 の対象である場合があります( ウィ... |
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中曽根弘文
日本の政治家。参議院議員(5期)、自由民主党参議院議員総会長(第27代)、自由民主党群馬県連会長。父は中曽根康弘元首相。外務大臣(第141代)、文部大臣... |
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林大
日本の国語学者。国立国語研究所所長、国語学会代表理事などを務めた。1950年代から1980年代までの日本の国語政策に関与した。 |
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山路愛山
明治・大正初期に活躍した評論家、歴史家。本名は彌吉。愛山はその号である。初め如山と号したが、静岡の愛鷹山に由来する愛山の名は1887年(明治20年)頃か... |
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羽田孜
日本の政治家。衆議院議員(14期)。民主党最高顧問。元内閣総理大臣(第80代)。(在任期間:1994年4月28日-6月30日)。農林水産大臣(第9代、12代)、大蔵... |
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東條英教
日本の陸軍軍人、陸軍中将。陸軍大学校第一期生で首席卒業の英才として知られる。東條英機の実父。日本体育会体操練習所(現日本体育大学)所長。 |
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木村文乃
日本の女優。東京都出身。トライストーン・エンタテイメント所属。 |
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江頭安太郎
江頭安太郎(えがしらやすたろう、慶応3年2月12日(1865年3月9日)-大正2年(1913年)1月23日)は日本の海軍軍人。海軍中将従四位勲二等功三級。皇太子妃雅子... |
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小坂善之助さんについてのひとこと紹介
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