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プロフィール
小山松吉(こやままつきち、1869年11月1日(明治2年9月28日)-1948年(昭和23年)3月27日)は、日本の法学者、司法官僚、政治家、弓道家。学位は法学博士。 検事総長、司法大臣、貴族院勅選議員、法政大学総長を歴任。茨城県出身者では、初めての大臣でもある。
人物
| 水戸藩士の家庭に生まれる。 |
| 獨逸学協会学校(現・獨協大学)専修科を卒業し、大審院検事などを経て1924年に検事総長となり、1932年に司法大臣に就任するまでの8年間、検事総長を勤めた。 |
| 司法大臣を退任した1934年には貴族院議員(~1947年)に勅選されている。 |
| また、同じ1934年には小山の収賄行為とされるものを証言した者が偽証罪で有罪となったいわゆる「お鯉事件」が起きてもいる。 |
| 初期の社会主義運動取締りの指揮にあたった。 |
| 東京控訴院検事時代には捜査主任として小原直、武富済らと大逆事件の第一線に立ち、大規模テロ事件の全貌解明と再発防止に貢献した。 |
| なお、幇助犯である幸徳秋水は、担当していない。 |
| 検事総長在職中に、京都学連事件では、林頼三郎司法次官、各控訴院検事長、各府県特高課長らと協議した上で、「私有財産制度」否認を理由とした治安維持法初適用に関わった。 |
| また、特別高等警察に対して拷問を禁止する一般的指示権を発動した。 |
| それ以降、特別高等警察による拷問はほとんど行われなくなったという。 |
| 俗に、平沼騏一郎-鈴木喜三郎-小山、さらに引き続いて塩野季彦ラインで思想検事系列を形容していったとされている。 |
| 司法大臣のときは中国との戦争に反対であった。 |
| このことから荒木貞夫陸軍大臣とは対立した時期があった。 |
| この時期に、神兵隊事件の公判を指揮している。 |
| 帝人事件では、特に捜査を止めなかったとされる。 |
| 五・一五事件の後の、法秩序の要となることを期待されたが、彼の辞任後、次の内閣では、二・二六事件が発生してしまう。 |
| 1934年に急死した水町袈裟六に代わり法政大学総長に就任、野上豊一郎と森田草平の対立に端を発した学内紛争を収拾した。 |
| この頃は荒木貞夫元陸軍大臣との関係を修復し、学内に招聘した。 |
| 法政大学総長として、東京六大学野球を熱心に支援した。 |
| また、1936年に急死した司馬亨太郎に代わり、獨逸学協会中学校の校長も就任したが、第2次世界大戦終戦後に辞任した。 |
| 弓道家としても知られる。 |
| 昭和6年(1931年)範士となり、大日本武徳会顧問等を務めた。 |
| 無差別テロ・軍事クーデター・高官汚職のいずれに対しても厳しく当たったが、厳しすぎたとも言える。 |
| 娘は建築家山下啓次郎の次男と結婚。 |
| 二人の次男にジャズピアニスト山下洋輔がいる。 |
備考
| 大逆事件の担当検事として社会主義者たちの憎しみを買い、自宅の前に硫酸を投げられたため、警官に門前を護衛させたが、小山の娘は警官に敬礼されるのを嫌い、裏口からこっそり自宅に入っていたという山下洋輔『ドバラダ乱入帖』p.183。 |
| また、小山の妻は社会主義者たちに同情し、「あの人たちは正しいことを言っています。 |
| あの人たちが社会主義者なら私も同じです」と発言し、死刑執行の日には一日中線香を焚いて悼んでいた。 |
| なお、小山の妻には三味線を弾く趣味があり、小山の司法大臣就任後、「大臣の妻になったのだから三味線など弾くものではない」と人に言われたが、「好きなものはやめられない」と押入れの中に隠れて弾いていたため、孫の山下洋輔は「音楽ということに関してはこの祖母の性質が母親を通じてこちらに伝わっている可能性はある」山下洋輔『ドバラダ乱入帖』p.184と述べている。 |
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1869年
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小山 松吉(こやま まつきち、(明治2年9月28... |
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1924年
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検事総長となり、1932年に司法大臣に就任する... |
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つながりの強いひと
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小山松吉さんについてのひとこと紹介
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