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プロフィール
- 小山田保裕とは
- プロ入り前
- 広島時代
- 横浜時代
- 引退後
- プレースタイル
- 人物・エピソード
- 年度別投手成績
- 記録
- 背番号
- 関連項目
小山田保裕(おやまだやすひろ1976年7月27日-)は、茨城県下館市(現:筑西市)出身の元プロ野球選手(投手)。
プロ入り前
| 土浦日大高では1年時からエースとして活躍したが、3年夏の県大会決勝で水戸商に惜敗し、甲子園出場はならなかった。 |
| その後城西大へ進み、大学通算6勝、防御率3.08の活躍で、3年春にはリーグ優勝に貢献した。 |
| 1998年ドラフト5位で広島東洋カープに入団。 |
広島時代
| 入団当初はオーバースローから150km/hを超える速球を投げる投手だったが、制球難のためフォーム改造に取り組み、シーズン途中にアンダー気味のサイドスローに変更した。 |
| チームの中継ぎ不足のためルーキーながら28試合に投げ、プロ初勝利を記録した。 |
| 早いうちから抑え候補と言われていたが、ケガもありなかなか実力を発揮できずにいた。 |
| 夏場からの先発転向で、当初は立ち上がりが不安定だったが、10月7日に151球完封を成し遂げるなど後半は安定したピッチングを続けた。 |
| 最終的に4勝を挙げ防御率3.15。 |
| 11度の先発で6回以上を投げたのが10度と大崩れせず、ローテーションを守り通した。 |
| しかし6月からは不調に陥り、序盤での降板が目立つ。 |
| 右肩の違和感によって二軍落ちとなり、8月4日に69日ぶりの勝利を挙げるも、8月17日のヤクルト戦でまたも右肩痛を発症した。 |
| 結局6月以降わずか1勝しか上積みできなかった。 |
| 自己最多の6勝を挙げたが、目標としていた2桁勝利には届かなかった。 |
横浜時代
| 2009年は二軍ではストッパーをつとめ10セーブを記録。 |
| 一軍では中継ぎだけでなく先発も務めたがノックアウトされわずか7試合の出場となった。 |
| 2010年は右肩手術の影響で一軍登板なしに終わる。 |
| 同年10月4日に戦力外通告を受け、11月26日に引退。 |
プレースタイル
| サイドスローからキレの良い球を投げ込む右腕。 |
| ストレートの球速は、140km/h台後半を記録することもある。 |
| 自ら「スカイシュート」と名付ける変化球を武器とする。 |
| 小山田が開発した変化球で、シュート回転しながら沈む球で、シンカーにも似た、右バッターの懐をえぐる球種。 |
| 「スカイ」と評されたり、新聞に載りはじめた時は「パラシュート」と命名しようとしていた。 |
| 他に、スライダー、シンカーも投げる。 |
| この球を有効に使い、前半は好調であったが、それまで武器であったストレートの球威が落ち、後半の不調に繋がった。 |
| 本人曰く、「楽して投げようとしすぎた」とのこと。 |
人物・エピソード
| 山本浩二監督の監督通算600勝のかかった試合に先発し、この試合前に、記者からのインタビューに「ウィニングボールは監督にあげますよ。 |
| 完封したら?泣きながら監督にあげます」と冗談を言ったが、見事に完封勝利を挙げた。 |
| 広島市民球場のロッカールームにある小山田のロッカーには松浦亜弥の写真が貼ってあり、その写真を見てから試合に臨んでいたようである。 |
| 入団時(オーバースローだったころ)は小林幹英(現広島投手コーチ)に腕の使い方が似ていたため、小林幹英2世と評されていた。 |
| 横浜移籍後の2008年は先発・リリーフともにこなしたが、リリーフに適性を示している。 |
| 実は2008年の横浜前半戦で最も信頼できるリリーフ投手だったのだが、ローテーションの谷間の先発起用時に防御率を押し上げてしまっていることが禍し、ファンの信頼を得るには至っていない(同様のケースに真田裕貴や桑原謙太朗がいる)。 |
| 選手登場曲には腐男塾の勝つんだ!を使用している。 |
年度別投手成績
| 2010年度シーズン終了時。 |
| 各年度の太字はリーグ最高。 |
記録
| オールスターゲーム出場:1回(2002年)。 |
| 初登板:1999年6月15日、対阪神タイガース11回戦(広島市民球場)、9回表無死から救援登板、1/3回1失点。 |
| 初奪三振:同上、9回表に矢野輝弘から。 |
| 初勝利:1999年10月6日、対横浜ベイスターズ27回戦(広島市民球場)、6回表1死から救援登板、1回2/3無失点。 |
| 初セーブ:2000年3月31日、対読売ジャイアンツ1回戦(東京ドーム)、9回裏に救援登板・完了。 |
| 初先発・初先発勝利:2004年7月21日、対ヤクルトスワローズ16回戦(明治神宮野球場)、6回1失点。 |
| 初完投:2004年9月12日、対中日ドラゴンズ26回戦(ナゴヤドーム)、8回11安打2失点で敗戦投手。 |
| 初完投勝利・初完封勝利:2004年10月7日、対中日ドラゴンズ28回戦(広島市民球場)、9回5安打。 |
| 初ホールド:2006年6月18日、対北海道日本ハムファイターズ6回戦(札幌ドーム)。 |
| 初安打・初打点:2002年9月21日、対阪神タイガース26回戦(阪神甲子園球場)、10回表に伊達昌司から中前適時打。 |
背番号
| 39(1999年-2004年)。 |
| 11(2005年-2007年)。 |
| 41(2008年-2010年)。 |
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1976年
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小山田 保裕(おやまだ やすひろ )は、茨城... |
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1999年
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初登板:、対阪神タイガース11回戦(広島市民... |
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投票数
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つながりの強いひと
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森笠繁
神奈川県横須賀市出身の元プロ野球選手(外野手)。愛称は吉川晃司の曲からもじった「モニカ」。2011年度から、広島東洋カープの3軍野手コーチ。 |
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東出輝裕
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小山田保裕さんについてのひとこと紹介
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