| 大学在学中に演劇学を学び、1984年に劇団「隔世遺伝」を旗揚げ。 |
| 劇団の俳優としてはもちろん演出などもこなす。 |
| 1991年5月、以前よりジョン・レノンからの影響で行っていた音楽活動にも拍車がかかり、ファンハウスよりKOZIMAのボーカルとしてデビュー。 |
| 1993年7月までの短い活動期間ではあったが、数多くの作品を世に送り出した。 |
| 作品としてはアルバム「高笑い」「華と咲け」「冒険」の3枚と、9枚のシングル、それとミニアルバム「幸せになろう」をリリースしている。 |
| レノンの他ビリー・ジョエル、松山千春を尊敬しているという。 |
| 1994年5月、ソロ活動で再スタートし、バンド結成前から温めてきたオリジナル曲を歌い始める。 |
| 家族経営事務所「株式会社小島艶」と、オフィシャルファンクラブ「はさませて」を設立し、1996年1月には東芝EMIとメジャー契約を交わす。 |
| 同年8月7日、ソロになって初のシングル「太陽に抱かれている」を発表。 |
| 続いて9月26日に初のソロアルバム「Song-O-Coo」を発表した。 |
| アルバムに入った曲の中でも、「風をきって」という曲は、当時、ラジオパーソナリティを担当していた静岡放送(SBS)ラジオの『ラジカルモンスター』火曜日の中高生リスナー等から大きな支持を得た。 |
| リスナー参加型の番組内では、下ネタも飛び出す小島トークを繰り広げる一方で、リスナーからの相談にはメッセージや生演奏で答え、自殺を救う一幕もあった。 |
| 番組終了が決まって行われた「打ち上げライブ」には、多くのファンが駆けつけた。 |
| また、TVではテレビ東京系の『ザ・BINGOスター』にMCアシスタントとして出演。 |
| 共演者でもあり、旧知のヒロミの推薦であった。 |
| 1年半後、K-MIX(FM静岡)に、ゲスト出演&フルバンドライブ。 |
| リスナーへのライブ招待に、定員を遥かに超える応募が殺到し、FMラジオ界初となる、県教育委員会提供番組「風を切って」(1999年4月~2000年4月)を担当。 |
| 当時社会問題となった「いじめ」などの相談に熱く答えた。 |
| その後も、首都圏を中心に活動を続け、現在bayfmの「I'mAlive!」などのレギュラー番組を担当し、リスナーからの支持を得ている。 |
| また、そのようなラジオの影響もあり、数多くの賞を受賞している。 |
| それと同じ頃、新たな自由な音楽性を求め、東芝EMIとの契約を解消。 |
| その後、新星堂の首都圏の店頭にてインストアライブを行い、多くの新曲・未発表曲を歌いながら営業活動を行う。 |
| 2001年2月3日、長き沈黙を破り、自社レーベルよりマキシシングル「風のfizz」を発表。 |
| ファンケル化粧品のCMソングに起用される。 |
| 現在、毎年夏に行われるPGAシニアツアー・ファンケルクラシックのテーマソングに「愛しき人」が使用されている。 |
| また、2006年2月に、末川かおりとの入籍を発表。 |
| 41歳での結婚となった。 |
| 2006年2月18日のbayfmの番組「I'mAlive!」では、小島嵩弘がリスナーと長年応援してきたファンに心境を激白した。 |
| 2006年7月19日、ラジオパーソナリティ吉田照美とのユニットである「YK型」ワイ・ケー・ケー。 |
| 吉田・小島の頭文字を取ったユニット名のファーストシングル「卍固めでTurnTheNight」をリリースした。 |
| 2007年12月1日、待望のミニアルバム「ONE」をリリース。 |
| 話題曲となった「風をきって」を約10年ぶりに再録。 |
| 当時からの人気曲、新曲が収録されている。 |