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プロフィール
- 小村徳男とは
- 来歴
- 選手時代の評価
- エピソード
- 所属クラブ
- 個人成績
- 出場大会など
- 試合数
- 関連項目
- 経歴・タイトル
小村徳男(おむらのりお、1969年9月6日-)は、島根県松江市出身の元サッカー選手(DF)、指導者。
来歴
| 松江南高から順天堂大学を経て、1992年、横浜マリノスに入団。 |
| センターバックとして活躍し、日本代表にも招集され、1998年のフランスW杯に出場した。 |
| 2002年にベガルタ仙台に移籍。 |
| チームの守備の柱として奮闘。 |
| 2004年からは地元島根に近いサンフレッチェ広島へ移籍。 |
| 2006年シーズン途中にJ2の横浜FCに期限付き移籍し、J2優勝に貢献。 |
| シーズン終了後には移籍元の広島からの戦力外通告に伴い完全移籍した。 |
| しかし2007年シーズンにはチームがJ2落ちし、シーズン終了後に戦力外通告を受ける。 |
| その後、地元である山陰からJリーグ参入を目指す日本フットボールリーグのガイナーレ鳥取へ移籍。 |
| 2008年シーズン終了後、「来年に向けて監督・チームとの信頼関係を築くことができず」として現役引退ガイナーレ鳥取 |
| 2009年、JFAアンバサダー |
| 2010年、JFA公認S級コーチライセンスを講習。 |
選手時代の評価
| スピードがあるわけではないが1対1に強い屈強なストッパータイプの選手。 |
| 晩年は長年の経験による洞察力を活かした老獪な守備を見せた。 |
| 空中戦ではずば抜けた強さを持ち、コーナーキックなどのセットプレーの際には、相手ゴールを脅かした。 |
| 横浜Mに在籍していた1996年11月9日の対広島戦(三ツ沢球技場)で、DFとして非常に稀なハットトリックを達成したこと(試合も3-1で勝利)が得点力の高さを物語っている。 |
| なお、この試合は広島の得点も小村のクリアミスによるオウンゴールだったため、1試合における両チームの全得点を1人のDFがたたき出したという珍記録でもある。 |
| またポルトガル語が堪能で、チームメイトにブラジル人がいる場合は積極的に通訳・コミュニケーション役も務めた。 |
エピソード
| 広島在籍時の2006年3月21日の京都パープルサンガ戦(西京極)で後半ロスタイムに広島のゴールキーパーの下田崇が退場した。 |
| このとき広島は交代枠を使い切っていたため控えGKとの交代が出来ず、小村が控えGK・木寺浩一のユニフォームを借りてGKを務めた。 |
| GKとしてのプレーは相手フリーキックのワンプレーのみで、それも味方の作った壁が跳ね返したため、1度もボールに触れることなく試合終了となった。 |
| GKに選ばれた理由は単に身長が高いためだと言われている。 |
| なお、試合は引き分けている。 |
| 横浜F・マリノス在籍当時の2000年2ndステージ開幕戦・対FC東京においても、正GKの川口能活が負傷退場・交代枠無しという理由で、同じくGKを務めた事がある。 |
| 国際Aマッチデビューは小村自身が「忘れもしない」という1995年のスコットランド戦。 |
| 記念すべき代表デビューの試合で退場になった。 |
所属クラブ
| 1985年-1987年:松江南高校。 |
| 1988年-1991年:順天堂大学。 |
| 1992年-2001年:横浜マリノス/横浜F・マリノス。 |
| 2002年-2003年:ベガルタ仙台。 |
| 2004年-2006年8月:サンフレッチェ広島。 |
| 2006年8月-2007年:横浜FC。 |
| 2008年:ガイナーレ鳥取。 |
個人成績
| Jリーグチャンピオンシップ2試合0得点。 |
| サンワバンクカップ1試合0得点。 |
| スーパーカップ1試合0得点。 |
| Jリーグチャンピオンシップ2試合0得点。 |
試合数
| 国際Aマッチ30試合4得点(1995-1998)。 |
関連項目
| 1998FIFAワールドカップ日本代表。 |
| 島根県出身の人物一覧。 |
| サッカー日本代表出場選手。 |
| 横浜F・マリノスの選手一覧。 |
| ベガルタ仙台の選手一覧。 |
| 横浜FCの選手一覧。 |
| ガイナーレ鳥取の選手一覧。 |
経歴・タイトル
| Jリーグ初出場 1993年5月29日対ジェフユナイテッド市原戦(三ツ沢球技場)。 |
| Jリーグ初得点 1994年6月11日対横浜フリューゲルス戦(平塚競技場)。 |
| 初出場 1995年5月21日対スコットランド戦(広島ビッグアーチ)。 |
| 初得点 1996年2月19日対ポーランド戦(香港)。 |
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1969年
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小村 徳男(おむら のりお)は、島根県松江市... |
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1992年
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横浜マリノスに入団 |
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