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つながりの強いひと
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鶴見俊輔
評論家、哲学者、大衆文化研究者、政治運動家。 |
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加藤周一
加藤周一(かとうしゅういち、1919年(大正8年)9月19日-2008年(平成20年)12月5日)は日本の評論家。医学博士。専門は内科学、血液学。上智大学教授、エー... |
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井上ひさし
日本の小説家、劇作家、放送作家である。文化功労者、日本藝術院会員。本名は井上廈(いのうえひさし)。1961年から1986年までの本名は内山廈(うちやまひさ... |
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大江健三郎
日本の小説家。愛媛県喜多郡内子町(旧大瀬村)出身。血液型はA型。東京大学文学部フランス文学科卒。1994年、日本文学史上において2人目のノーベル文学賞受... |
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玄順恵
妻
私の祖国は世界です 玄順恵/著 出版社名 : 岩波書店 出版年月 : 2007年8月 ISBNコード : 978-4--9
( 4--7 ) 税込価格 : 2,520円 頁数・縦... |
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野坂昭如
野坂昭如(のさかあきゆき、1930年(昭和5年)10月10日-)は日本の作家、歌手、作詞家、タレント、政治家。放送作家としての別名は「阿木由紀夫」(あきゆき... |
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澤地久枝
日本のノンフィクション作家である。東京・青山出身。 |
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瀬戸内寂聴
日本の小説家、天台宗の尼僧。旧名は瀬戸内晴美(せとうちはるみ)。僧位は僧正。1997年文化功労者、2006年文化勲章。学歴は徳島県立高等女学校(現:徳島県... |
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飯田裕康
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筑紫哲也
日本のニュースキャスター、ジャーナリストである。 朝日新聞社記者、朝日ジャーナル編集長、TBSテレビ『筑紫哲也NEWS23』メインキャスター、早稲田大学大学... |
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中村真一郎
中村真一郎(なかむらしんいちろう、1918年(大正7年)3月5日-1997年(平成9年)12月25日、なお旧字体の「眞一郎」名義での出版もある)は日本の小説家・評論... |
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林京子
林京子(はやしきょうこ、1930年8月28日-)は小説家。本名は宮崎京子。 |
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奥平康弘
日本の法学者(憲法)。エッセイスト。東京大学名誉教授。専攻は、表現の自由、及びアメリカ合衆国憲法。北海道函館市生まれ。地理学者の奥平忠志は、実弟。 |
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武谷三男(たけたにみつお、1911年10月2日-2000年4月22日)は日本の物理学者、科学史家。技術論や三段階論で知られる。 |
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本多勝一(ほんだかついち、1932年1月28日?-)は日本のジャーナリスト。長野県下伊那郡大島村(現在の松川町)生まれ。生年は著書によって1931年や1933年とす... |
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プロフィール
- 小田実とは
- 生涯
- KGBからの援助
- 「北朝鮮の味方」
- 『冷え物』糾弾事件
- 本島等銃撃事件での談話
- 評価
- 作家活動
- 単著
- 共著・編著・共編著
- 関連サイト
小田実(おだまこと、男性、1932年(昭和7年)6月2日-2007年(平成19年)7月30日)は、日本の作家・左翼運動家。九条の会の呼びかけ人の一人。妻は画家の 玄順恵。
生涯
| 大阪府大阪市出身。 |
| 旧制天王寺中学(のち大阪府立天王寺高等学校)に入学するが、学制改革により新制大阪府立夕陽丘高等学校に進学し、東京大学文学部言語学科を卒業する。 |
| 大学卒業後は代々木ゼミナールで英語科講師。 |
| 1960年安保闘争の時期から、平和運動を開始する。 |
| ベトナム戦争期は、「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)、「日本はこれでいいのか市民連合」を結成。 |
| ソ連崩壊により、KGBから資金的・物理的援助を受けていたことを裏付けるソ連側の機密文書が公開され、その歴史的評価が大きく下がることとなった。 |
| 一貫して市民の立場をとることを信条としている。 |
| 左翼と見做される場合が多い。 |
| マルクス主義には懐疑的で、「マルクス主義における党組織論は、カトリックと似ている」、「マルクス主義者は真理を独占していると考えているが、人間の行動の動機は、財産欲による場合よりも性欲による場合が多い」などと述べている。 |
| 代々木ゼミナールの講師として、大学浪人中だった辻元清美を、左翼運動界へとスカウトした。 |
| 2005年の衆議院議員選挙では、土井たか子が事実上の政界引退を表明したことに遺憾の意を表し、社会民主党支持を明らかにしている。 |
| 2007年7月30日、胃がんのため東京都内の病院で死去。 |
KGBからの援助
| 1991年(平成3年)のソビエト連邦の崩壊のさい、ベ平連がKGBから資金的・物理的援助を受けていたというソ連共産党の機密文書が公開されたKoenker,DianeP.,andRonaldD.Bachman(ed.),''RevelationsfromtheRussianarchives:DocumentsinEnglishTranslation'',Washington,D.C.:LibraryofCongress,1997,pp.699-700.。 |
| 公開されたソ連共産党機密文書(英訳版)には、窓口として小田実と吉川勇一の実名が書かれていた。 |
| のちに吉川勇一は共同通信記者春名幹男の取材に対し、「(ソ連大使館の)参事官や一等書記官と会ったが、恐らく、全員がKGB要員だった」「脱走兵の日本脱出に事実上の援助を与えてくれるところなら、KGBだろうがスパイだろうが手を借りたいという気持ちだった」とソ連政府との接触と援助の授与を認めたが、小田実は生涯この事実を認めなかった。 |
「北朝鮮の味方」
| 1970年代に当時の軍事政権に迫害された韓国の金大中の救出運動にも加わったものの、同時に北朝鮮を「地上の楽園」と賛美するキャンペーンを行った進歩的文化人を代表する一人でもあった。 |
| たとえば小田実は『私と朝鮮』(筑摩書房、1977年)の中で、。 |
| 第三世界にとって、かつては日本が進歩のモデルだった。 |
| しかし、今、そのモデルは、例えばアフリカの多くの国にとって、北朝鮮にとって代わられようとしている。 |
| 彼らの暮らしにはあの悪魔のごとき税金というものが全くない。 |
| これは社会主義国をふくめて世界のほかの国には未だどこも見られないことなので特筆大書しておきたいが、そんなことを言えば、人々の暮らしの基本である食料について「北朝鮮」がほとんど完全に自給できる国であることも述べておかねばならないだろう。 |
| 1963年に日本が韓国との国交正常化に歩み始めた時から北朝鮮とも国交回復していれば、拉致はなかった。 |
| 小泉首相は拉致家族に国の政治責任を謝罪すべきだ。 |
| 日本政府は拉致された人がどう死んだのか、誰をどう処罰したのか、北朝鮮に明らかにさせなくてはならない。 |
| この究明と(拉致被害者家族に対する)国家補償の追及が、国交正常化の第一歩だ。 |
| 一方、日本は朝鮮半島を植民地化する国家犯罪を犯した。 |
| 金正日(総書記)は少なくとも拉致について謝罪したが、日本は従軍慰安婦問題で謝罪も補償もしていない。 |
| 今こそこれをすべきだ。 |
| 日本が国家犯罪を清算せず、国交ができないために、北朝鮮の国家犯罪による自国の犠牲者を生んだ。 |
| 日朝両国が国家犯罪を認め合い反省することが、これからの「国交」の土台となる。 |
| (平成14年9月18日付東京新聞朝刊社会面「日朝首脳会談 拉致事件・生死判明 識者の声・市民の声」)。 |
| と、北朝鮮による日本人拉致の全責任は日本側にある、としている。 |
| また、北朝鮮の諸問題の原因は日本をまねたためだ、というような発言を自身のホームページのコラム |
『冷え物』糾弾事件
| 1969年7月、在日朝鮮人や被差別部落民を扱った小説『冷え物』を発表文藝1969年7月号pp10-111。 |
| これを受け、1971年3月8日、「関西部落研究会」を名乗る正体不明の団体のメンバー約10人がベ平連事務所に押しかけ、『冷え物』を差別小説として小田実とベ平連を糾弾し、作品の抹殺を要求。 |
| このとき「関西部落研究会」は、応対に出た吉川勇一に対し、重いスパナを手の中で回す、吉川の机に太い錐を突き刺して脅す、丸めた新聞紙で吉川の頭を殴るなどの狼藉を働き、対話はほとんど成立しなかった。 |
| これに対し、小田は1971年11月、『ある手紙』を書いて「関西部落研究会」の要求を退けると共に、「『冷え物』に同じ長さの批判文を含めて一冊の本として出版したいので、批判文を書いてもらいたい」と提案。 |
| すると「関西部落研究会」が姿を消してしまったため、部落解放同盟の土方鐵に批判文の執筆を依頼。 |
| 結局、土方による「『冷え物』への私の批判」を併録する形で、1975年、河出書房新社から『冷え物』を出版した『小田実全仕事5の1』。 |
本島等銃撃事件での談話
| 1990年1月18日に発生した本島等・長崎市長への銃撃事件に際して、「日本は自由主義のはずではないのか。 |
| 自由主義の根幹は言論の自由だ。 |
| それなのに、ルーマニアのチャウシェスク政権と同じような体制を作ろうと考えている人々が存在するということだ。 |
| 」茨城新聞 1990年1月19日付20頁という談話を出した。 |
評価
| その理論について、ノンセクトラジカル、黒ヘルとの境界線が明確でないという説もある。 |
| 確かに自発的な運動を重視する点ではノンセクトラジカル等と共通性はあるが、護憲を唱えたり、ゲバルトよりデモを重視する、既存の議会や既成政党なども「棒っ切れ」(運動の手段)として利用していくべきだという考え方を示すなど明らかに異なる面がある。 |
作家活動
| これまで多くの小説・評論・エッセイを出しており、中でも代表作である1961年(昭和36年)の『何でも見てやろう』(河出書房新社)は多くの若者達に支持され、当時のベストセラーとなった。 |
| 1988年(昭和63年)に『HIROSHIMA』でチュニスでのアジア・アフリカ作家会議によりロータス賞、1997年(平成9年)に短編「『アボシ』を踏む」で川端康成文学賞をそれぞれ受賞した。 |
単著
| 明後日の手記河出書房1951のち角川文庫。 |
| わが人生の時河出書房1956のち角川文庫。 |
| 何でも見てやろう河出書房新社1961のち角川文庫、講談社文庫。 |
| アメリカ河出書房新社1962のち角川文庫。 |
| 日本を考える河出書房新社1963。 |
| 大地と星輝く天の子講談社1963のち文庫、岩波文庫。 |
| 壁を破る世界のなかの体験と思想中央公論社1964。 |
| 日本の知識人筑摩書房1964 のち講談社文庫。 |
| 戦後を拓く思想講談社1965。 |
| 泥の世界河出書房新社1965のち旺文社文庫。 |
| 小田実の受験教育河出書房新社1966のち講談社文庫。 |
| 平和をつくる原理講談社1966。 |
| 義務としての旅1967(岩波新書)。 |
| 現代史河出書房新社1968長篇小説叢書のち講談社文庫。 |
| 人間・ある個人的考察筑摩書房1968。 |
| 終結のなかの発端世界を歩く河出書房新社1969。 |
| 難死の思想文藝春秋1969 のち岩波同時代ライブラリー、現代文庫。 |
| 原点からの旅気楽で重い日本徳間書店1969。 |
| 人間のなかの歴史講談社1969。 |
| 小田実全仕事全10巻河出書房新社1970-78。 |
| 何を私たちは始めているのか三一書房1970。 |
| 問題のなかでしゃべる対話集講談社1970。 |
| 世直しの倫理と論理1972(岩波新書)。 |
| 空間と時間の旅河出書房新社1972。 |
| 「生きつづける」ということ筑摩書房1972。 |
| 二つの「世の中」筑摩書房1973。 |
| ガ島講談社1973のち文庫。 |
| 自立する市民朝日新聞社1974。 |
| 「ベトナム」の影中央公論社1974。 |
| 「鎖国」の文学講談社1975。 |
| 羽なければ河出書房新社1975。 |
| 私と天皇筑摩書房1975「私と天皇・人びとのなかの天皇」文庫。 |
| 小田実評論集1-2講談社文庫1976-78。 |
| 地図をつくる旅文藝春秋1976のち文庫。 |
| 「殺すな」から筑摩書房1976。 |
| 私と朝鮮筑摩書房1977.8。 |
| 列人列景講談社1977.8。 |
| 円いひっぴい河出書房新社1977.12。 |
| タコを揚げるある私小説筑摩書房1978.12。 |
| 「北朝鮮」の人びと潮出版社1978.2。 |
| 「共生」への原理筑摩書房1978.4。 |
| 人びとはみんな同行者人びとのなかで自分をつかむ青春出版社1978.6。 |
| 旅は道連れ、世は情け旅人の記録角川書店1978.7。 |
| タダの人の思想から対談集1978.6(旺文社文庫)。 |
| 「民」の論理,「軍」の論理1978.8(岩波新書)。 |
| 小説世界を歩く漱石からジョン・オカダまで河出書房新社1980.1。 |
共著・編著・共編著
| 平和を呼ぶ声ベトナム反戦・日本人の願い鶴見俊輔,開高健共編番町書房1967。 |
| 変革の思想を問う高橋和巳,真継伸彦共編筑摩書房1969。 |
| 憲法九条を語る日本国憲法九条は体をはって世界平和を護っている小森陽一共著五月書房2006。 |
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1963年
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日本が韓国との国交正常化に歩み始めた時から... |
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1969年
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