46515
46852
547403
%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%B3%B6%E9%9B%84%E5%BF%97
%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%B3%B6%E9%9B%84%E5%BF%97
%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%B3%B6%E9%9B%84%E5%BF%97
%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%B3%B6%E9%9B%84%E5%BF%97
%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%B3%B6%E9%9B%84%E5%BF%97
0
|
他の画像検索結果
他人の画像が選択されている・混じっている場合
画像候補は人物名で顔画像を検索したものです。
人物として適切でない画像も含まれてしまう可能性があります。
適切な画像になるよう 小田島雄志の画像検索結果ページで修正できます
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
小田島恒志
息子
英文学者、早稲田大学教授。東大教授となった小田島雄志の次男として東京に生まれる。早大英文科卒、1991年同大学院博士課程単位取得満期退学、ロンドン大学... |
|
|
テネシー・ウィリアムズ
アメリカ合衆国のミシシッピ州コロンバス生まれの劇作家。本名はトマス・ラニアー・ウィリアムズ(ThomasLanierWilliams)。愛称の「テネシー」はその南部訛... |
|
|
福田恆存
福田恆存(ふくだつねあり、1912年(大正元年)8月25日-1994年(平成6年)11月20日)は評論家、翻訳家、劇作家。平和論への批判をした保守派の論客であり、ま... |
|
|
マクベス
マクベス』()はウィリアム・シェイクスピアによって書かれた戯曲である。1606年ごろに執筆されたと推定されており、スコットランドの実在の王マクベス(在位1... |
|
|
蜷川幸雄
日本の演出家、映画監督、俳優。桐朋学園大学短期大学部学長。女子美術大学芸術学部ファッション造形学科客員教授。 |
|
|
喜志哲雄
英米演劇学者、京都大学名誉教授。兵庫県西宮市生まれ。1958年、京大英文科卒、1960~61年コロンビア大学留学。1964年、京都大学院博士課程修了、同年京大教... |
|
|
石井桃子
石井桃子(いしいももこ、1907年3月10日-2008年4月2日)は日本の児童文学作家・翻訳家である。数々の欧米の児童文学の翻訳を手がける一方、絵本や児童文学作... |
|
|
小田島則子
またひと味ちがうプーさん像や作者の意図が読み取れるかもしれません。全5回の講座では、『クマのプーさん』を精読しながら、この作品と同じ頃(1920年代)に... |
|
|
鵜山仁
演出家。奈良県大和高田市生まれ。文学座演出部所属。奈良女子大学文学部附属高等学校、慶應義塾大学文学部フランス文学科卒業。舞台芸術学院を経て文学座附... |
|
|
坪内逍遥
坪内逍遥(つぼうちしょうよう、旧字体:坪&x5167;逍遙、1859年6月22日(安政6年5月22日)-1935年(昭和10年)2月28日)は主に明治時代に活躍した日本の小説... |
|
|
永井愛
日本の女性劇作家、演出家である(元々女優でもあるが近年はまったく舞台に立っていない。しかし廃業宣言はしていない)。画家永井潔の娘、本名同じ。桐朋学... |
|
|
木下順二
日本の劇作家、評論家。代表作に『夕鶴』がある。日本劇作家協会顧問。伯父は佐々醒雪(俳人、国文学者)。著名な進歩的文化人であった。 |
|
|
アーノルド・ウェスカー
アーノルド・ウェスカー(SirArnoldWesker,1932年5月24日-)はイギリスの劇作家。ロンドン、イースト・エンドのステプニー生まれ。 |
|
|
丸山有子
劇団わらび座所属の女優。青森県出身。わらび座の看板役者のひとり。演技は純粋な少年役から艶っぽい女性や豪快な老婆まで、シリアスからコメディまで、何で... |
|
|
松岡和子
日本の翻訳家、演劇評論家。旧満州新京生まれ。東京女子大学英文科卒業、東京大学大学院修士課程修了。元東京医科歯科大学教授。国際演劇評論家協会会員。テ... |
|
|
渡辺徹
バスケットボール部にもかかわらず陸上競技大会に特例出場し見事中距離走で入賞!大学の学内の活動においても代議委員会、選挙管理委員会の委員長を!学生総... |
|
|
湯浅芳子
ロシア文学者。京都府京都市出身。東京へ行き婦人雑誌の編集に従事する中で、ロシア文学の翻訳・紹介を志す。野上弥生子の紹介で中条百合子と知り合い、1924... |
|
|
山崎清介
1987年から93年までフジテレビの子供番組「ひらけ!ポンキッキ」にレギュラー出演した。 |
|
|
出口典雄
出口典雄(でぐちのりお、1940年5月2日-)は日本の演出家。劇団シェイクスピア・シアター主宰、同劇団附属演劇研究所講師。 |
|
|
プロフィール
- 小田島雄志とは
- 生い立ち
- 経歴
- 交友関係者
- 著書
- 訳書
- 受賞
小田島雄志(おだしまゆうし、1930年(昭和5年)12月18日-)は、日本の英文学者、演劇評論家。満州生れ。旧制東京都立大森中学校、東京大学英文科卒。同学大学院修士課程修了。
生い立ち
| 1930年(昭和5年)満州・奉天(現瀋陽)生まれ。 |
| 父興三は満鉄勤務。 |
| 母都子(とし)は裏千家のお茶の先生。 |
| 5歳のとき新京(現長春)に移転。 |
| ソ満国境を超えてソ連軍南下の報に8月14日新京から奉天へ一時避難したが、父興三の判断で満州国首都の新京へ後戻り15日夕刻新京に着いて終戦を知った。 |
| 終戦の翌年9月、葫蘆島(ころとう)から博多へ引揚、列車で東京へ。 |
| 広島を通るときは窓が目隠しされたという。 |
| 引揚直後は鶴見の親戚に仮寓。 |
| 大森中4年に編入。 |
| 1948年(昭和23年)、旧制福岡高校文甲に入学。 |
| 1949年(昭和24年)7月、新制東大文Ⅱに入学。 |
| 父興三のすすめにしたがい文Ⅱを選択。 |
経歴
| 國學院大學兼任講師、津田塾大学専任講師の後、1968年より東京大学教養学部講師となり、助教授、教授。 |
| 定年後は文京女子短期大学教授を勤めた。 |
| 現在、東京大学名誉教授、東京芸術劇場館長。 |
| 『シェイクスピア全集』で、坪内逍遥に続いてシェイクスピアの全戯曲を翻訳し、1980年に芸術選奨文部大臣賞を受賞。 |
| 1995年、紫綬褒章を受章、2002年、文化功労者に選ばれる。 |
| 2008年、新人を対象に小田島雄志翻訳戯曲賞が制定された。 |
| 駄洒落を得意とし、シェイクスピア作品に頻出する言葉遊び(パン)を「皇太子だろうが明太子だろうが」といった調子で訳して話題を呼び、その朴訥な人柄が愛されてテレビのバラエティ番組への出演もあった。 |
| 従来「生きるべきか、死ぬべきか」と訳されてきた『ハムレット』の有名な台詞「」を「このままでいいのか、いけないのか」と訳したことも知られる。 |
| アントン・チェーホフの作品を愛好し、いわゆる四大戯曲をマイケル・フレインによる英語訳を元に日本語訳した。 |
| この英語訳からの日本語訳という作業は翻訳のあり方をめぐる議論を喚起した。 |
| 大学院生の時にアルバイトで「池永保夫」という筆名を使ったこともあるが、誰もこれを「チェーホフ」とは読んでくれなかったという。 |
| 大河内豪とはファン仲間だった。 |
| 麻雀も愛好しており、「麻雀の神様」阿佐田哲也とも交流があった。 |
| テレビ番組「すばらしき仲間」では、阿佐田哲也、五木寛之、畑正憲と麻雀をし、小田島は麻雀最高の手「九蓮宝燈」をテンぱったという。 |
| 学生時代は詩人を志した。 |
| 妻・若子とは共訳も多いが、東大英文科の同期生で、早くに両親を亡くして奨学金で大学へ行き、卒業後八丈島の高校教師になった若子に、八丈島まで行って求婚したという。 |
| 子供が二人できて東大講師になっても貧しく、狭い官舎で仕事ができず、喫茶店で仕事をする習慣になったとか、英国に留学した友人の高橋康也から、ピーター・ブルックの舞台を是非観ろと言われ、あちこち借金して英国に渡ったなどのエピソードがある。 |
| 息子の小田島恒志も英文学者、早大教授。 |
著書
| 『ジョン・オズボーン』研究社出版、1970。 |
| 『シェイクスピアより愛をこめて』晶文社、1976。 |
| 『珈琲店のシェイクスピア』晶文社、1978。 |
| 『シェイクスピアの花咲く頃』晶文社、1980。 |
| 『シェイクスピア物語』岩波ジュニア新書、1981。 |
| 『小田島雄志のシェイクスピア遊学』白水社、1982。 |
| 『シェイクスピアへの旅』朝日新聞社、1983、のち朝日文庫。 |
| 『夫婦で朝帰り』(小田島若子との共著)阪急コミュニケーションズ、1983。 |
| 『ハムレットと乾杯!』晶文社、1984。 |
| 『シェイクスピアの人間語録』PHP研究所、1985。 |
| 『シェイクスピア名言集』岩波ジュニア新書、1985。 |
| 『小田島雄志の芝居がいっぱい』講談社、1987。 |
| 『シェークスピア劇のヒーローたち』日本放送出版協会、1989。 |
| 『道化の目』白水社、1990、のち白水Uブックス。 |
| 『小田島雄志の芝居散歩』白水社、1992。 |
| 『シェイクスピア・ギャラリー』ジョン・ボイデル編社会思想社、1992。 |
| 『詩とユーモアイギリス演劇ノート』白水社、1995。 |
| 『半自伝このままでいいのか、いけないのか』白水社、1999。 |
| 『駄ジャレの流儀』講談社、2000、のち文庫。 |
| 『気分はいつもシェイクスピア』白水社、2003。 |
| 『シェイクスピアに学ぶ老いの知恵』幻冬舎、2003、のち文庫。 |
| 『ユーモアの流儀』講談社、2003。 |
| 『(シェイクスピアの)遊びの流儀』講談社、2005。 |
訳書
| 『ナバラ 詩集』C.D.ルイス国文社、1956。 |
| 『劇作とシナリオ創作』J.H.ロースン(岩崎昶との共訳)岩波書店、1958。 |
| 『マクバード!』バーバラ・ガーソン河出書房、1967。 |
| 『不条理の演劇』マーティン・エスリン 晶文社、1968。 |
| 『蜜の味』シーラ・ディレーニー晶文社、1970。 |
| 『ピンター戯曲全集』第1(喜志哲雄、沼沢洽治との共訳)竹内書店、1970。 |
| 『現代演劇論』エスリン白水社、1972。 |
| 『シェイクスピア全集』全7巻白水社、1973-80、のち白水Uブックス。 |
| 『友よ』アーノルド・ウェスカー晶文社、1974。 |
| 『名誉領事』グレアム・グリーンハヤカワ・ノヴェルス、1974。 |
| 『犬は吠える』トルーマン・カポーティ早川書房、1977。 |
| 『ハロルド・ピンター全集』(喜志哲雄、沼沢洽治との共訳)新潮社、1977。 |
| 『クリストファー・ロビンのうた』A・A・ミルン(小田島若子との共訳)晶文社、1978。 |
| 『クマのプーさんとぼく』ミルン(同)晶文社、1979。 |
| 『花咲くチェリーロバート・ボルト戯曲集』(木村光一との共訳)劇書房、1981。 |
| 『一俳優の告白ローレンス・オリヴィエ自伝』ローレンス・オリヴィエ文藝春秋、1986。 |
| 『カッコーの巣の上を』ケン・キージー原作、デール・ワッサーマン脚色(小田島若子との共訳)劇書房、1986。 |
| 『ガラスの動物園』T・ウィリアムズ新潮文庫、1988。 |
| 『欲望という名の電車』T・ウィリアムズ 新潮文庫、1988。 |
| 『キャサリン・ヘプバーン』アン・エドワーズ 文藝春秋、1990。 |
| 『レイ・クーニー笑劇集』(小田島恒志との共訳)劇書房、1994。 |
| 『シェイクスピアのソネット』山本容子画、文藝春秋、1994。 |
| 『リリアン・ヘルマン戯曲集』新潮社、1995。 |
| 『シェイクスピア劇場』ジャクリーン・モーリー(小田島恒志との共訳)三省堂、1995。 |
| 『あわれ彼女は娼婦・心破れて』(エリザベス朝演劇集)ジョン・フォード白水社、1995。 |
| 『マルタ島のユダヤ人・フォースタス博士』同、クリストファー・マーロー白水社、1995。 |
| 『復讐者の悲劇・無神論者の悲劇』同、シリル・ターナー 白水社、1996。 |
| 『ヴォルポーネ・錬金術師』同、ベン・ジョンソン白水社、1996。 |
| 『白い悪魔・モルフィ公爵夫人』同、ジョン・ウェブスター白水社、1996。 |
| 『クマのプーさんの哲学』ジョン・T.ウィリアムズ(小田島則子との共訳)河出書房新社、1996。 |
| 『クマのプーさん全集』ミルン(石井桃子、小田島若子との共訳)岩波書店、1997。 |
| 『桜の園』アントン・チェーホフ白水Uブックス、1998、(英訳から)。 |
| 『かもめ』アントン・チェーホフ白水Uブックス、1998、(同)。 |
| 『ワーニャ伯父さん』アントン・チェーホフ白水Uブックス、1999、(同)。 |
| 『三人姉妹』アントン・チェーホフ白水Uブックス、1999、(同)。 |
| 『やけたトタン屋根の猫』T・ウィリアムズ新潮文庫、1999。 |
| 『シェイクスピアジュニア文学館』全10巻。 |
| 挿絵:里中満智子汐文社2001。 |
| 『事件の核心』グレアム・グリーンハヤカワepi文庫、2005。 |
受賞
| 芸術選奨文部大臣賞。 |
| 日英協会シェイクスピア・メダル。 |
| シェイクスピア・イン・ジャパン・アウォード(シェイクスピア・グローブ・トラスト+国際シェイクスピア・グローブ・センター)。 |
| 文化功労者(2002年)。 |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
小田島雄志さんについてのひとこと紹介
|
|
|
|