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プロフィール
- 小野忍とは
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- 編著
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- 参考文献
小野忍(おのしのぶ、1906年(明治39年)8月15日-1980年(昭和55年))は日本の中国文学者。文学博士(昭和33年、東京大学)。
略歴
| 東京・神田生まれ、広島県呉市出身『新・人国記』朝日新聞社1963年5月271頁。 |
| 1926年に松山高等学校卒業、東京帝国大学文学部支那文学科に入学。 |
| 塩谷温に学び、1929年(昭和4年)に卒業。 |
| アプトン・シンクレアの評伝の翻訳などをした後冨山房に1934年入社し、百科辞典の編纂に携わった他、戦時中には南満州鉄道社員として上海に駐在したり、満州で中国イスラム教の調査を行うなどした。 |
| 戦後すぐの1946年(昭和21年)に國學院大學で講師を務めたのを皮切りに、東京大学、九州大学、京都大学などで非常勤講師、1952年東大東洋文化研究所専任講師、1955年(昭和30年)東京大学文学部助教授、1958年教授。 |
| 1967年(昭和42年)定年退官、名誉教授、和光大学教授。 |
著述活動
| 博学で鳴らし、幸田露伴の知遇を得るなど交遊も広かった。 |
| 語学にも堪能で、中国語、英語、ロシア語を自由に解した。 |
| 中国現代文学の研究で頭角を現し、翻訳も多数。 |
| 趙樹理、駱賓基、茅盾といった、当時日本でまだよく知られていなかった多くの作家たちを世に知らしめた。 |
| さらに当時新発見だったテキストによる『金瓶梅』の翻訳(共訳)や、未完に終わったものの『西遊記』の翻訳にも着手。 |
| 異版の多い両著作の校訂版を目指した。 |
| 和光大学を退職後、岩波文庫から全10巻予定で、『西遊記』の個人全訳を目指していたが、3巻目まで刊行後、1980年に急逝した(4巻目は未完の原稿が残されていた、ペラ約270枚)。 |
| 以後は中野美代子が引き継ぎ再開、1986年に第4巻を刊行、1998年に完結。 |
| 小野忍の蔵書はその死後、和光大学附属梅根記念図書館に収められた。 |
著書
| 『中国の近代教育』斎藤秋男と共著 河出書房,1948年。 |
| 『中国文学雑考』大安,1967年。 |
| 『中国の現代文学』 東京大学出版会, 1972年。 |
| 『道標 中国文学と私』小沢書店,1979年。 |
編著
| 『角川漢和中辞典』 貝塚茂樹,藤野岩友と共編 角川書店,1959年。 |
| 『世界のことわざ辞典』 宮内秀雄,三木孝と共編 福音館書店,1964年。 |
訳書
| フロイド・デル『アプトン・シンクレーア評伝』先進社1930年。 |
| スヴェン・ヘディン 『馬仲英の逃亡』 改造社1938年、中公文庫 2002年。 |
| カールグレン『左伝真偽考』文求堂書店1939年。 |
| ロバート・グレーヴス『アラビアのローレンス--T・E・ローレンス伝』(足立重と共訳)改造社1940年 。 |
| 単独訳で、平凡社東洋文庫、角川文庫<縮約版>、平凡社ライブラリー。 |
| 『金瓶梅』 千田九一と共訳 東方書局1-4(未完)1948-9年.。 |
| 平凡社全3冊 1962年 新版が「中国古典文学大系」全3冊.岩波文庫全10巻 1973-4年。 |
| 趙樹理 『結婚登記 小説 他四篇』 岩波新書 1953年。 |
| 茅盾 『腐蝕』 筑摩書房 1954年。 |
| 『腐蝕 ある女の手記』 岩波文庫1961年。 |
| 駱賓基『北望園の春 他五篇小説』岩波新書1955年。 |
| 現代中国文学全集・趙樹理 河出書房、1956 。 |
| 『李家荘の変遷』 岩波文庫1958年。 |
| 茅盾 『子夜』 高田昭二と共訳 岩波文庫全2巻1962-70年。 |
| 『郭沫若自伝』 丸山昇共訳 平凡社東洋文庫全6巻 1967-73年。 |
| 『唐代詩集』上 (田中克己,小山正孝と共編訳) 平凡社「中国古典文学大系」1969年。 |
| 呉承恩 『西遊記』 岩波文庫1~3 1977-80年。 |
| 愛新覚羅溥儀『わが半生 「満州国」皇帝の自伝』 (上下巻、共訳)筑摩叢書、1977年、ちくま文庫1992年。 |
| 『杜甫詩選』1-3 講談社学術文庫1978年。 |
参考文献
| 「小野忍先生追悼録」,『東方学』第62号,1981年7月。 |
| 「追悼故小野忍教授」,『和光大学人文学部紀要』第16号,1981年。 |
| 斎藤秋男「追悼・小野忍さん--一周忌を前にして」,『中国研究月報』第405号,1981年11月。 |
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1926年
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松山高等学校卒業、東京帝国大学文学部支那文... |
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1980年
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急逝した(4巻目は未完の原稿が残されていた... |
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