| 広島県尾道市出身。 |
| 実家は旅館を経営している。 |
| 福山暁の星女子高等学校を経て学習院大学法学部法学科を卒業し、法学の学士号取得。 |
| その後ウェールズ大学を卒業し経営学修士(MBA)を取得した。 |
| 母は日本人、父親は三光汽船で外国航路に乗務したノルウェー人航海士。 |
| モナが小学校4年の時(1985年)に三光汽船が倒産したため、父親は解雇されノルウェーに帰国。 |
| それ以降一度も会うことなく既に他界しているという。 |
| 名前の「モナ」の由来は祖父母の名前のイニシャルがMであるため、両親がMから始まる名前を考え「モニカ」が候補に挙がったが、祖母からの「もっと日本っぽい名前に」との意見から却下され、日本人の名前の響きに近い「モナ」になった。 |
| ちなみにアラビア語では「希望の星」の意味がある『大竹まことゴールデンラジオ!』2007年9月11日放送分より。 |
| 1982年(昭和57年)-6歳の時に日本へ帰化。 |
| 1996年(平成8年)-「ミスハリー・ウィンストン」グランプリを受賞。 |
| 1998年(平成10年)-学習院大学法学部法学科卒業後、朝日放送に入社。 |
| 同期入社のアナウンサーは上田剛彦。 |
| 2001年(平成13年)-報道局に人事異動、アナウンス部兼務となる。 |
| 2004年(平成16年)10月-アナウンス部に復帰。 |
| 『ムーブ!』の立ち上げにニュースキャスターとして携わる。 |
| この報道局からアナウンス部への異動が朝日放送の退社を考えるきっかけになったという『たかじん胸いっぱい』2011年5月7日放送分 |
| 2005年(平成17年)4月1日-『ムーブ!』を降板。 |
| 6月、朝日放送を退社しフリーとなる。 |
| 7月13日・7月14日の『BATTLETALKRADIOアクセス』の代理出演が退社後の初仕事。 |
| 『ムーブ!』で共演した評論家宮崎哲弥の紹介による。 |
| 8月6日-『たかじんのそこまで言って委員会(SP)』で、朝日放送時代の上司で先輩の宮根誠司と共演。 |
| 2006年(平成18年)9月-『筑紫哲也NEWS23』のキャスターに膳場貴子とともに抜擢されるが、同年10月13日号の写真週刊誌『フライデー』(講談社)見開きトップに当時民主党政策調査会長代理だった衆議院議員・細野豪志(現・環境大臣)と港区(東京都)南青山での路上キス写真が掲載された{{Citejournal|和書。 |
| 2007年(平成19年)1月1日-11年ぶりに復活した『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』でテレビに復帰。 |
| スイカのかぶりものをして司会を務めるただし、同番組の収録現場と中継を行った『ラジかるッ』で既に姿を見せていた。 |
| これを機に活動の場をバラエティ番組にシフトし始める。 |
| 1月16日-約4か月ぶりに自身のブログ『もなろ〜ぐ』を更新し、「私のいたらなさから、去年は大変お騒がせしてしまって…、本当に申し訳ありませんでした。 |
| 今年は、反省の上に立って、(中略)何かを見つけられる年になれるよう頑張っていきます」とファンに詫びた。 |
| 12月16日-12月29日放送の関西ローカル報道番組『環境スペシャル異変列島ここが危ない!』収録で退社後初めて朝日放送に足を運んだ。 |
| ただし、同社制作の『最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学』にはその前に出演している。 |
| 2008年(平成20年)7月6日から放送を開始したフジテレビの情報番組『サキヨミ』でキャスターに復帰。 |
| しかしその直後の同年7月10日に発売された女性週刊誌『女性セブン』(小学館)において、同郷広島県備後地方出身であるプロ野球選手・二岡智宏当時は読売ジャイアンツ所属。 |
| のちに北海道日本ハムファイターズに移籍。 |
| と品川区五反田のラブホテル街を出入りしていたとされる「不倫デート写真」が掲載された。 |
| この結果『サキヨミLIVE』は1回のみの出演となり、またも不倫を理由とする降板となった。 |
| 奇しくも番組ポスターや番宣CMでモナ自身は「私は、私に、リベンジするの。 |
| 」と前回の『筑紫哲也NEWS23』での不祥事を意識したキャッチコピーが使われていた。 |
| この件を理由に、同日からテレビ・ラジオ出演を無期限で自粛・謹慎することが所属事務所によって発表された |
| なお、この直後の7月14日に放送された『ネプリーグ』(収録は6月)に出演していたが、放送後フジテレビに抗議の電話が殺到した |
| また、『アッコにおまかせ!』では司会の和田アキ子が「フリーアナウンサーが『不倫アナウンサー』に聞こえる」と山本への皮肉を述べていた。 |
| 12月25日-オフィス北野が年末の12月31日をもって山本の謹慎を解くことを明らかにした。 |
| 2009年(平成21年)1月20日-『大竹まことゴールデンラジオ!』においてメディア再復帰。 |
| 聴取者からは8割の支持を得て好意的に迎えられた |
| 『太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。 |
| 』の1月30日放送分では、不倫騒動による謹慎後に主演した際「いやあ、男性不信ですよ」と発言したことに対し、金美齢からは「自分の責任感じないで、男の方に責任転嫁しているのではないのか?」「火種を自分でまいておいて、それを一言で男性不信とは反省が足りないと思う」などの追及を受けた。 |
| しかし、金が『たかじんのそこまで言って委員会』で語ったところでは、この件に関しては金への批判が殺到したという。 |
| 2010年(平成22年)8月16日-ブログで一般男性との入籍を発表。 |
| 同日再度の投稿で、2011年春の挙式後にタレントを引退することを示唆しているブログ「もなろ〜ぐ」より |
| 2011年(平成23年)。 |
| 2月7日-英国国立ウェールズ大学経営大学院MBA(日本語)プログラム卒業 |
| 6月30日-芸能界引退を発表し同日付で引退。 |
| ブログは同年7月10日付で閉鎖。 |