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つながりの強いひと
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都倉俊一
作品提供
日本の作曲家。東京都出身。日本以外ではシュン・トクラ名義で活動している。 |
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阿久悠
作品提供
日本の放送作家、詩人、作詞家、小説家。兵庫県津名郡鮎原村(現在の洲本市五色町鮎原)出身。第2回横溝正史ミステリ大賞、第45回菊池寛賞受賞。紫綬褒章、旭... |
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遠藤実
作品提供
戦後歌謡界を代表する日本の作曲家である。東京府東京市向島区(現在の東京都墨田区向島)生まれ、杉並区善福寺に居住していた。 |
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錦野旦
大分県大分市出身の歌手、タレント。血液型:A型。旧称:にしきのあきら。 |
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麻丘めぐみ
日本の女優、歌手、演出家。本名は藤井佳代子(一時、田島佳代子が本名だった時代もある)。大分県出身の大阪育ち。1970年代を代表するアイドルの一人で、長... |
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奥村チヨ
日本の歌手である。本名、金野智代(こんのちよ、旧姓・奥村)。女優の麻生祐未は姪にあたる。大阪府池田市出身(生まれは千葉県、現・野田市)。当時、同じ... |
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黛ジュン
歌手、女優。東京都調布市出身。本名は渡邊順子(わたなべじゅんこ)。1960年代後半を中心に、独特のパンチの効いた魅力的な歌声でヒットを飛ばした。実兄は... |
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千昌夫
千昌夫(せんまさお、本名:阿部健太郎、1947年4月8日-)は岩手県陸前高田市出身の演歌歌手。 |
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欧陽菲菲
台湾出身の歌手。過去に渡辺プロダクションに所属していた。 |
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八代亜紀
八代亜紀(やしろあき本名:増田明代(旧姓:橋本)、1950年8月29日-)は日本の女性演歌歌手、画家。熊本県八代市出身。読みは違うものの、芸名は出身地の八... |
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渚ゆう子
日本の歌手。大阪市浪速区出身。本名は大江千鶴子。ハワイアン歌手としてレコードデビューの後、ベンチャーズ作曲・演奏の「京都の恋」を日本語の歌詞で唄っ... |
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夏木マリ
東京都豊島区生まれ埼玉県さいたま市大宮区(旧・大宮市)育ちの女優、歌手である。旧芸名は中島淳子(なかじまじゅんこ)。身長163cm、血液型はO型。豊島岡... |
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辺見マリ
日本の歌手・タレント・女優。エメダーナ所属。神奈川県逗子市生まれ、京都府京都市育ち。スペイン系アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれた。西郷輝彦... |
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橋幸夫
東京都荒川区出身の歌手、俳優、プロデューサー。血液型はA型。演歌歌手の橋宏之(ひろゆき)は甥にあたる。 |
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芦野宏
日本のシャンソン歌手。本名:羽鳥廣(旧姓:蘆野廣)。 |
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岩崎宏美
東京都江東区出身の日本の歌手、女優である。血液型はB型。愛称はヒロリン。岩崎良美は実妹。 |
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竹内義和
ファン
作家、コラムニスト、出版プロデューサーである。和歌山県和歌山市出身。妻は作家の竹内眠。主なジャンルとしては昭和がベースとなっており、音楽面では昭和... |
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ジュディ・オング
台湾語泉州音による彼女の姓名(Ong1Chhian3-gek8)から来ていると考えられる。父方の祖父・翁俊明(1892-1943・台南人)は辛亥革命の歴史的人物であり医者、... |
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小柳ルミ子
日本の歌手、女優である。別名:rumico。福岡市早良区(当時は西区)生まれ。母親は秋田県出身。血液型はA型。愛称:ルミちゃん。 |
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西城秀樹
日本の歌手、俳優である。本名、木本龍雄(きもとたつお)。広島県広島市出身。アースコーポレーション所属。 |
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プロフィール
- 山本リンダとは
- 出生からデビューまで
- 移籍、そして一世を風靡
- 1980年代以降
- 1960年代
- 1970年代
- 1980年代
- 2000年代
- テレビ
- 映画
- ラジオ
- 日本語吹替
- 書籍
- 受賞
山本リンダ(やまもと リンダ、1951年3月4日-)は、日本のタレント、歌手である。本名、稲葉あつ子(いなばあつこ)旧姓:山本。『こまっちゃうナ』『どうにもとまらない』『狙いうち』などのヒット曲で知られる。身長168cm。「 リンダ」という芸名は、アメリカ人の父親が生前山本に付けた愛称から。リンダ・ミュージック・オフィス(自らの個人事務所)所属。
出生からデビューまで
| 福岡県小倉市(現・北九州市)に産まれる。 |
| 実父はアメリカ軍の軍人であったが山本が1歳の頃に朝鮮戦争で戦死したため、女手一つで育てられ、家庭は非常に貧しかった。 |
| 4歳の時に神奈川県横浜市神奈川区に引っ越す。 |
| 小学校時代は、ハーフという事で学校では男子にいじめられ、近所の大人たちからも白眼視されていた。 |
| そんな中、母に楽をさせたいと思い、モデルのオーディションに応募する。 |
| 1962年(昭和37年)に雑誌『装苑』のモデルオーディションをきっかけに、人気モデルとしての活動を経て、1966年(昭和41年)、15歳の時、ミノルフォンレコード(現徳間ジャパンコミュニケーションズ)より遠藤実作曲のシングル「こまっちゃうナ」でデビュー。 |
| 同曲が大ヒットとなり国民的アイドルとして全国に知られるようになった。 |
| 翌年第18回NHK紅白歌合戦へ初出場を果たした。 |
| 当時は舌っ足らずな口調を売りにした、いわゆる可愛い子ちゃん歌手だった。 |
| しかし、デビュー曲が大ヒットした後、ヒットに恵まれず人気は低迷した。 |
移籍、そして一世を風靡
| 1971年(昭和46年)、キャニオンレコード(現・ポニーキャニオン)に移籍。 |
| また同年7月から年内いっぱいまで、東映制作の『仮面ライダー』(毎日放送)に出演、話題となった(劇中に「困っちゃうナ」のセリフが出てくるシーンがある)。 |
| 同作の阿部征司プロデューサーは、「山本は事務所移籍前で、歌の仕事を控えていたため、すぐに出演OKをもらえた」と語っている。 |
| この『仮面ライダー』では、北海道ロケの際に、宿泊先のホテルの歓迎看板に「山本リンダ御一行様」と書かれていたことがあった。 |
| この時期の『仮面ライダー』はまだ一般的な知名度が低かったため、ホテル側が「リンダの名を出した方が宣伝になる」と考えた結果だったようであるが、当のリンダはこの道義を欠いた行為に「他のみなさん方に失礼です!」と激怒し、即座に看板を「仮面ライダー御一行様」に訂正させたというエピソードが残っており『仮面ライダー大研究-よみがえるヒーロー!』および『仮面ライダー大研究―全100話&全怪人写真400枚と秘話』(共に二見書房)より、主演の佐々木剛も「事前に言ってくれれば自分も喜んで宣伝に協力したのに」と、勝手にリンダの名前が使われたことに苦言を呈している講談社『新仮面ライダーSPIRITS』第1巻より。 |
| 番組は夏を迎えて大ヒットし、この高視聴率番組への出演で、子供達のみならずお茶の間での認知度も上がった。 |
| 当時、山本は孤独感が強かったらしく、『仮面ライダー』での出演者やアクションチーム(大野剣友会)が「撮影の合間に鬼ごっことかかくれんぼをして遊んでくれたのが、とても楽しかった」と述懐している。 |
| 1972年(昭和47年)、キャニオンレコード移籍第二弾目のシングルレコードとして、当時の売れっ子作詞家、作曲家であった阿久悠・都倉俊一のコンビによる「どうにもとまらない」を発表。 |
| このセクシーな大人の歌手にイメージチェンジした曲が大ヒットとなり、再びヒット歌手として脚光を浴び、「アクション歌謡」の先駆けとなった。 |
| 当時前例のなかったへそを出して歌う大胆な衣装、情熱的で激しいダンス、扇情的な歌詞の内容などが話題になり、「こまっちゃうナ」の頃を上回る人気を獲得。 |
| へそだしルックの第一号となる。 |
| この年、第14回日本レコード大賞作曲賞、第3回日本歌謡大賞放送音楽賞、有線放送大賞夜の有線大賞を受賞。 |
| また第23回NHK紅白歌合戦にも5年ぶりにカムバックを決めた。 |
| 1973年(昭和48年)、「狙いうち」が大ヒット。 |
| この年、第10回ゴールデン・アロー賞グラフ賞、キャニオンレコードヒット賞を受賞、第24回NHK紅白歌合戦出場。 |
| セクシーな激しい歌と踊りで人気を獲得した点で、後のピンク・レディーに先駆けていたと言える。 |
| 『狙いうち』というタイトルが、「ボールをヒットさせる」という事を想起されることから、東京六大学野球の明治大学応援団が、作詞者の阿久悠がOBであったことから「チャンステーマ」として導入した。 |
| それが甲子園にも伝播し高校野球の応援歌の定番となり、また中日ドラゴンズの応援(得点のチャンスを迎えた時)でも使われている。 |
| 翌1974年も「闇夜にドッキリ」で第25回NHK紅白歌合戦へ3年連続で出場を果たす。 |
| その他にも「狂わせたいの」「じんじんさせて」「燃えつきそう」「きりきり舞い」といった一連の作品もヒット曲となった。 |
| 1976年(昭和51年)2月10日に「およげ!たいやきくん」のアンサー・ソング「私の恋人、たいやきくん!」(作詞・中山大三郎、作曲・穂口雄右)を発売。 |
| この曲が契機となり、あるテレビのトーク番組で子門真人と共演した。 |
| しかし、1970年代後半から再び人気が低迷。 |
| 山本を陰で支えた最愛の母の自宅浴室での50歳の若さでの事故死、所属事務所からの解雇など、再び不遇の時代をすごした。 |
| 地方の小さなスナックなどでのドサ回りもこなしたが、当然スナックには歌手の控え室などなく、狭くて汚いトイレで衣装を汚さないように細心の注意を払いながら着替えなくてはならなかったという。 |
1980年代以降
| 1980年代後半に入り米米CLUBがリンダの楽曲をカバーしてライブで演奏していたことや、1990年(平成2年)にはテレビアニメ『ちびまる子ちゃん』の番組内で登場したり、主人公・まる子がモノマネをしたりしたことなどから、リバイバルブームが沸き起こり、自身の曲をハウス調にセルフカバーしたアルバムや、REMIXアルバムが続々オリコンチャートにランクイン。 |
| 翌1991年(平成3年)の第42回NHK紅白歌合戦にも久々に登場した(紅白歌合戦は通算5回目の出場)。 |
| 1993年(平成5年)、ヘアヌード写真集の出版で話題となったが、関西ローカル局ABCラジオのラジオ番組『誠のサイキック青年団』でパーソナリティの北野誠と竹内義和が山本の写真集を辛辣にこき下ろしたところ、この放送を聞いたファンからの通告で番組内の発言内容を知った山本が激怒、名誉毀損として1億円の損害賠償を請求、山本同席で番組側の全面謝罪という形で示談が成立。 |
| 記者会見にて北野と竹内が平身低頭で謝罪する姿が各メディアで全国的に大きく報じられた。 |
| 1997年(平成9年)、テレビアニメ『新・天地無用!』の主題歌「夢はどこへいった」を発売。 |
| 約20年ぶりにシングルランキングでもオリコンチャートへの復帰を果たす。 |
| 2001年(平成13年)、7歳年上の大学教授・稲葉光彦と5月3日に入籍結婚(初婚)。 |
| 2005年(平成17年)、アサヒ飲料の缶コーヒーのCMに起用される。 |
| また、代表作「どうにもとまらない」の歌詞をアレンジした、「どうにもとまらない〜ノンストップ」が発売され(リメイクされた詞は阿久悠が“今の若い人達に夢や希望をたくさん送ってあげたい”という想いから新たに書いたもの)、テレビアニメ『レジェンズ〜甦る竜王伝説』のエンディングテーマに採用された。 |
| 余談だが、これを記念してリンダ自身がゲストキャラとして1度だけ出演した。 |
| なお、「どうにもとまらない〜ノンストップ」には英語バージョンも存在し、こちらも同じく『レジェンズ〜甦る竜王伝説』の初期エンディングテーマとして流れていた。 |
| 作詞は:en:GaryPerlman、歌は:en:BrendaVaughnがそれぞれ担当。 |
| 2007年(平成19年)、宅配ピザチェーンのドミノ・ピザのTVCMで、「どうにもとまらない」の替え歌「ド〜ミノとまらない♪」として楽曲が起用される。 |
| このTVCMでは、タレントの劇団ひとりが演じるドミノ・ピザのイメージキャラクター「ドミノ★スター」が、多くのドミノ・ピザファンが取り囲むステージ上で同曲を熱唱している。 |
1960年代
| こまっちゃうナ-1966年9月20日発売、デビューシングル。 |
| 夢見るわたし-1966年11月25日。 |
| 涙がとまらない-1967年3月1日。 |
| 世界の国からこんにちは-1967年3月1日。 |
| ミニミニデート-1967年7月10日。 |
| サンタが町にやってくる-1967年10月10日。 |
| ボーイフレンド-1967年10月1日。 |
| 帰らなくちゃ-1968年3月10日。 |
| 白鳥の湖-1968年6月10日。 |
| フリ・フリ5-1968年6月20日。 |
| 明るいわが家-1968年8月10日。 |
| 砂に埋めた涙-1968年10月10日。 |
| チキチキバンバン-1969年2月10日。 |
| 恋のバンバン-1969年6月1日。 |
| ちょっとだけ-1969年9月1日。 |
1970年代
| トンボのメガネ-1970年3月1日。 |
| 涙は紅く-1970年9月1日。 |
| 水に流すわ-1971年2月1日。 |
| 白い街に花が-1971年10月25日。 |
| どうにもとまらない-1972年6月5日 オリコン3位。 |
| 狂わせたいの-1972年9月5日 オリコン6位。 |
| じんじんさせて-1972年11月25日 オリコン10位。 |
| 狙いうち-1973年2月25日 オリコン14位。 |
| 燃えつきそう-1973年6月10日 オリコン15位。 |
| ぎらぎら燃えて-1973年8月25日 オリコン31位。 |
| きりきり舞い-1973年12月10日 オリコン28位。 |
| 奇蹟の歌-1974年7月10日。 |
| 恋は熱烈-1975年2月10日。 |
| 私の恋人,たいやきくん!-1976年2月10日 オリコン98位。 |
| 太陽の落し子-1976年6月25日。 |
| 限りなく透明に近いダンス-1976年11月25日。 |
1980年代
| 写楽-1980年10月21日。 |
| フラッシュダンス-1983年8月21日。 |
2000年代
| どうにもとまらない〜ノンストップ-2005年1月13日。 |
テレビ
| てなもんや三度笠(1967年)-おこま役。 |
| 仮面ライダー(1971年)第14話〜第39話-マリ役。 |
| 江戸川乱歩の黄金仮面 妖精の美女(1978年)-パリ警視庁の女刑事役。 |
| 二人の妻をもつ男(1982年)。 |
| いちご白書(1993年)。 |
| 笑っていいとも! テレフォンショッキング・ゲスト。 |
ラジオ
| 先述のヘアヌード写真集でのトラブルのお詫びとして、ABCラジオがレギュラー番組を放送。 |
| わが人生に乾杯!(2011年2月10日NHKラジオ第一放送)。 |
日本語吹替
| 超能力学園ZPART2パンチラ・ウォーズ(ミッチェル先生、リンダ・ブレア)。 |
書籍
| WANJINA-ワンジーナ(写真集)竹書房1993年5月(※公式プロフィールには、この写真集の記述は無し)。 |
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1951年
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山本 リンダ(やまもと リンダ)は、日本のタ... |
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1966年
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こまっちゃうナ発売、デビューシングル |
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山本リンダさんについてのひとこと紹介
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