| 椙山女学園大学在学中に同級生・加藤晴子とともにデュオ「あみん」を結成。 |
| 1982年、ヤマハポピュラーソングコンテスト(通称ポプコン)でグランプリを受賞した「待つわ」がヒット曲となる(あみん時代の活動については当該項目を参照)。 |
| 1983年に「あみん」を活動休止、大学を中退して花嫁修業などをするも、ソロ活動を求める声があり、上京しソロとして1985年にファンハウス(現在のアリオラジャパン)よりデビューする。 |
| 1986年、来生たかおの「はぐれそうな天使」のカバーを歌ったところホンダ・トゥデイのコマーシャル(出演は今井美樹)に起用され、一気に認知度が高まる。 |
| なお、この楽曲は現時点で詞・曲ともに自作でない唯一の楽曲である。 |
| 1987年に「夢をあきらめないで」を発表。 |
| 応援歌的な内容が幅広い層から支持を集め、岡村の代表作となった。 |
| 当初は武蔵予備校のCMソングのタイアップがあったが、後年、中学校の音楽教科書(「中学音楽音楽のおくりもの2・3上」教育出版刊)にも採用されている。 |
| 2005年に公開された映画『逆境ナイン』の主題歌(原作者・監督の強いリクエストによる)として起用され、リリースから18年たった同年にデジタルリマスタリングを施して再発売された(夢をあきらめないで『逆境ナイン』リマスタリング・バージョン)。 |
| なお、この曲は、乙葉、優木まおみ、金月真美藤崎詩織名義。 |
| 後に「はぐれそうな天使」もカバーしている。 |
| これは、彼女が好きなアーティストに岡村を挙げているという設定であるためであるら、さまざまな歌手によってカバーされている。 |
| 1995年、所属レーベルをイーストウエスト・ジャパンに移籍。 |
| 2003年にBMGJAPANへ再移籍。 |
| その歌声もさることながら、(岡村本人は恐らくOLの経験が無いと思われるが)OLが多い同世代の感性を表現した歌詞と曲が、若い女性を中心に支持を集め、90年代初頭には「OLの教祖」と称されたこともあった。 |
| 1997年にプロ野球読売ジャイアンツ(当時)の石井浩郎と結婚し一女をもうけた。 |
| 1997年頃から2003年頃まで音楽活動がペースダウンしていたのは、主婦業・子育てに力を入れていたため。 |
| 『Reborn』(2000年)では、家族への温かな想いをつづっていた。 |
| しかし、2003年に離婚した。 |
| ベスト・アルバム『DOMYBEST』(2002年)発表後、仙台からコンサート活動も再開。 |
| 最終日の渋谷公会堂では、1日限りで「あみん」が再結成され、「天晴な青空」と「待つわ」を披露。 |
| アルバム『TEARDROPS』(2003年)とエッセイ「Happyをさがして」(産経新聞大阪版夕刊で連載。 |
| 2005年に単行本として刊行)をリリース。 |
| NHK『夢・音楽館』(2005年)で、あこがれのさだまさしと初共演。 |
| 本人はソロ時代は一切音楽番組の出演を断ったが、さだまさしの共演とのことで出演した。 |
| 同年の岡村のコンサートも、NHKのBS放送で放送後視聴者からDVD発売や再放送等の反響が大きくなった。 |
| 更にこれが縁となり、さだとのコラボレーションによるシングル「銀色の少女」(2006年)が発表され、加藤との共演が再び実現した。 |
| これがきっかけで、あみんを含めてNHKの音楽番組には積極的に出るようになった。 |
| 2007年よりあみんとしての活動を再開し(詳細についてはあみん活動再開を参照)現在に至る。 |
| なお、あみんとして2008年に発表したアルバム『未来へのたすき』歌詞カードには、あみん活動再開後も岡村孝子としてのソロ活動は並行して続いている(休止したわけではない)ことが明記されている。 |
| 2011年、所属レーベルをヤマハミュージックコミュニケーションズに移籍。 |
| 同年9月には、約5年ぶり且つ移籍後第1弾のソロデビュー25周年記念アルバム『勇気』を発表した。 |