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プロフィール
- 岡田克也とは
- 生い立ち、官僚時代
- 政界入り
- 民主党時代
- 外交・国際問題
- 在日外国人
- 選挙関連
- 非核三原則
- 東シナ海ガス田問題
- 竹島問題
- 政治家として
- エピソード
- その他
- 系譜
- 関連サイト
岡田克也(おかだかつや、1953年(昭和28年)7月14日-)は日本の政治家。民主党最高顧問。民主党所属の衆議院議員(7期)。 外務大臣(第142代・第143代)、民主党代表(第4代)、民主党幹事長(第4代・第8代・第11代)を歴任した。ジャスコ創業者の 岡田卓也は父。イオン取締役兼代表執行役社長の 岡田元也は実兄。
生い立ち、官僚時代
| 三重県四日市市の岡田呉服店を前身とする岡田家の7代目当主でスーパー「岡田屋」を経営していた岡田卓也の次男として生まれる。 |
| 男3人兄弟であった。 |
| 4歳年下の弟(東京新聞記者)は母方である高田家の養子となった。 |
| 岡田は自身のブログで100歳まで長生きをして大往生をした麻雀好きであった母方(高田家)の祖母が大好きなおばあちゃん子であったと書いている。 |
| 四日市市立中部西小学校と中部中学校を卒業。 |
| 平成13年(2001年)8月1日に朝日新聞社の取材を受けて、「育った町の四日市市についてどう思うか」との質問に「公害の町」であると回答した。 |
| 「中部西小学生だった頃に第2四日市コンビナートが建設された事から公害問題が顕在化して、中部地区にも大気汚染による被害が拡大した。 |
| 同級生(昭和28年度生まれ)で四日市ぜんそくの症状で悩んでいた人もいたし、自分が卒業した後に、中部西小学校の後輩になる9才年下(昭和37年度生まれ)の女の子が4年生(9歳)で死亡したなど公害で亡くなった四日市地域の人もいた」と発言した。 |
| 父の経営するスーパーが三重県四日市市を拠点とする「岡田屋」から、他社である兵庫県姫路市を拠点とする「フタギ」と大阪府吹田市を拠点とする「シロ」の3社が提携を行い合併して「ジャスコ」となり事業が拡大すると共に、四日市市中心から全国的な経営をする必要から父子で大阪に移住し、大阪教育大学附属高等学校池田校舎を経て東京大学法学部を卒業する。 |
| 国家や社会など公的な仕事に就くという幼少時からの夢のため、国家公務員を目指した。 |
| 厚生省への就職も考え迷ったあげく、1976年(昭和51年)通商産業省(現在の経済産業省)に入省する。 |
| 同期には高橋はるみ北海道知事らがいた。 |
| 通産省では中小企業対策や石油問題などを手がけた。 |
| 町村信孝の直属の部下だったこともある。 |
| 1985年(昭和60年)に米国のハーバード大学の国際問題研究所に派遣された。 |
| 研究員として1年間滞在して、ハーバード大学のケネディスクール(ジョン・F・ケネディアメリカ大統領を冠して設立された行政学を専攻するコース)で学び、エズラ・ヴォーゲルらと交流した。 |
| この頃から政治への問題意識を抱き始め、同時に官僚として出来ることの限界に気付くようになる。 |
政界入り
| 桑名市・四日市市を地盤としていた竹下派所属の山本幸雄の後継者として出馬をした。 |
| 竹下登と財界との関係で繋がりが深かった父の岡田卓也を通じて打診、克也が「やってもいい」と意欲を見せたことで自由民主党竹下派の新人候補として出馬に至った{{Citejournal|和書。 |
| 自民党時代は、当初経世会(竹下派)に所属していたが、小沢一郎の唱えた政治資金規正法や選挙制度の賛成派として竹下登ら守旧派と対立し、離脱して羽田派(改革フォーラム21)に所属した。 |
| 羽田孜、後藤田正晴らと共に政治改革を訴え、若手国会議員の代表格として頭角を現していく。 |
| 一連の政争を重ねる中で「一国の総理大臣が、金集めがうまいかどうかで決まる」(本人談)という当時の自民党の派閥政治を目の当たりにし、愕然とする。 |
| 1993年(平成5年)、宮澤内閣改造内閣不信任案に賛成して自民党を羽田派の議員で集団離党した。 |
| この際浜田幸一議員との乱闘があり、3年半の自民党生活に終止符を打った。 |
| その後は、羽田、小沢一郎に従って新生党結党に参加し、翌1994年新進党に合流。 |
| 1996年(平成8年)の総選挙敗北後の党内抗争激化を受け、翌1997年(平成9年)に小沢が新進党解党を宣言する。 |
| 有権者を裏切る行為だとして岡田は解党に強く反対するが、決定は覆らなかった。 |
| 以後、小沢とは民主党と自由党の合併(民由合併)まで袂を分かつこととなる。 |
民主党時代
| 新進党の解党後、国民の声、民政党を経て民主党結党に参加、政策調査会長代理に就任。 |
| 以後、衆議院安全保障委員長、政策調査会長、幹事長代理を歴任する。 |
| 2002年(平成14年)の民主党代表選に立候補するが菅直人に敗れ、幹事長に就任する。 |
| 2004年(平成16年)、菅が年金未納問題で代表を辞任し、有力後継候補と目されていた小沢一郎も同様に国民年金未払が発覚し出馬を辞退。 |
| この事態により、岡田が同年5月18日より代表を務めた。 |
| 代表就任以降、「野党」ではなく「政権準備党」を名乗るなどして衆議院選挙での政権交代をアピールした。 |
| 2004年(平成16年)7月11日の参議院通常選挙では自民党を1議席上回る50議席を獲得した。 |
| 2004年(平成16年)9月13日の代表選挙で無投票再選を果たす。 |
| 役員人事で幹事長に川端達夫、代表代行に藤井裕久を任命する。 |
| 2005年(平成17年)8月の郵政民営化問題を契機とする衆議院解散(郵政解散)で自民党が分裂選挙となったことから、当初は「政権獲得千載一遇のチャンス」などといわれたが、小泉劇場の前に民主党は埋没し、9月11日の総選挙では公示前勢力を64議席下回る113議席に終わり大敗。 |
| 岡田は9月12日に代表を引責辞任した。 |
| 2006年(平成18年)9月、民主党の改造人事で民主党副代表に就任。 |
| 2007年(平成19年)、政治改革推進本部長、衆議院予算委員会筆頭理事、党地球温暖化対策本部長に就任。 |
| 2009年(平成21年)3月、小沢一郎の公設秘書が西松建設事件で逮捕され、5月に小沢が代表を辞任すると、党若手議員からの支持を受けて5月16日の代表選挙に出馬した。 |
| 事前の世論調査では優位に立っていたが、対立候補の鳩山由紀夫に僅差で敗れる。 |
| 翌17日、党幹事長に就任 |
| 2009年(平成21年)8月の第45回衆議院議員総選挙では小選挙区制導入以来、自身最多得票数で再選。 |
| 9月に発足した鳩山由紀夫内閣で外務大臣に就任。 |
| 菅直人副総理と並びポスト鳩山の有力候補とも目されたが後任の党代表選では菅の推薦人に名を連ねた。 |
| 2010年9月17日、民主党代表選挙で再任された菅直人の要請を受け、3度目の民主党幹事長に就任 |
| 2011年8月の民主党代表選で選出された野田佳彦による組閣で財務大臣就任を要請されたが固辞 |
外交・国際問題
| 日米同盟を基軸としながらも、中国重視の姿勢を見せている。 |
| 国際貢献には積極的な姿勢をみせ、党代表時代には日本国憲法第9条を改正した上で国連を中心とした集団的安全保障への参加と武力行使を容認する姿勢を示した『読売新聞』2004年7月16日。 |
| これは前任の菅直人が提唱した穏健な国防・改憲議論とは一線を画すものであり、この路線は後任の前原体制にも引き継がれた。 |
| 靖国参拝問題について2005年6月2日の衆議院予算委員会で小泉純一郎首相に対し、A級戦犯を昭和の受難者だと位置づけて合祀している靖国神社に参拝すべきでないと述べた。 |
| また参拝に関する小泉の姿勢が、日本の国連常任理事国入りや北朝鮮をめぐる六カ国協議などに大きな影響力を持つ中国との関係をぎくしゃくさせている原因の一つであると指摘。 |
| 中国や台湾が領有権を主張する尖閣諸島に関し、鳩山由紀夫首相が2010年5月27日の全国知事会で「帰属問題は日本と中国の当事者同士でしっかり議論して結論を見い出してもらいたい」と発言したのに対しては「尖閣に領土問題はなく、議論の余地はない」と述べ、尖閣諸島に領土問題は存在しないとの認識を示している。 |
| 歴史教科書問題では、(日本の侵略戦争について謝罪した1995年の)村山談話に基づいて、「韓国・日本・中国共通の教科書を作るのが最も理想的」と繰り返し主張している2004年6月におこなわれたウリ党議長(当時)辛基南との会談2009年10月7日、東京外国特派員協会の講演。 |
| 沖縄返還及び非核三原則に纏わる4つの密約(西山事件の問題他)は全て公開されるべきであるとする立場で、外務省にも2009年(平成21年)11月までに報告するよう命じている。 |
在日外国人
| 2008年(平成20年)3月11日に行われた反対派との討論会において、ジャーナリストの櫻井よしこが「外国籍のまま選挙権を与えるとアイデンティティーと実際の国籍の間のギャップを永続的に固定化してしまう」と外国人参政権の問題点を指摘すると、「それも含め本人が背負っていく話だ。 |
| 2008年(平成20年)5月20日のブログで、会長を務める在日韓国人をはじめとする永住外国人住民の法的地位向上を推進する議員連盟が、北朝鮮を除く特別永住者と一般永住者の地方議員および首長選挙における選挙権を認めるべきだとする結論を出したと報告。 |
| 2009年(平成21年)1月13日のブログで、視察した地元四日市市と桑名市のハローワーク(四日市公共職業安定所・桑名公共職業安定所)に大勢の日系人が来ていたと述べ、一家で来日している日系人が失業した場合に子どもが通学できなくなる問題などが起きているとして、政治が雇用について対応していかなければならないと記している |
選挙関連
| 2005年(平成17年)の衆議院選挙後にTBSの「新・調査情報」のインタビューにて「政治は真面目なものであるべき」と主張するなど、小泉内閣における「劇場型民主主義」に対して批判的な姿勢を取った。 |
非核三原則
| 3月17日、衆議院外務委員会で、非核三原則の法制化について「ロシアや中国の艦船が日本の領海を核を積んで通過しないという担保をどう取るのか。 |
東シナ海ガス田問題
| 2010年1月17日に中国の楊潔チ外相と会談し、2008年6月18日にガス田の共同開発で日中両国が合意した |
竹島問題
| 日本は竹島について「歴史上も国際法上もわが国固有の領土」という立場を取っているが、岡田自身は「竹島が大韓民国に不法占拠されている」という言葉は「信念」として使わないと、2010年(平成22年)3月26日・4月14日に衆議院外務委員会で、自民党の新藤義孝の質疑に対して答弁をしている{{citenews。 |
政治家として
| 民主党政権が成立した後の与党時代になってからは公務の都合と警備の重要さで回数が少なくなったが、野党時代から選挙活動として定期的に何度も地元三重県の三重3区(桑名市・いなべ市・四日市市北部「富田地区」・菰野町の4箇所を重点)に座談会と呼ばれる対話集会を行っている。 |
| 岡田家は、三重2区の(四日市市中部地区の出身)であり、出身地から考慮すると三重2区(四日市市南部・鈴鹿市・亀山市)から立候補するのが正当であり出馬計画もあったが、鈴鹿市を地盤としていた北川正恭三重県知事の後継者となった中川正春との調整で、三重3区(四日市市北部・桑名市・母の実家の三重郡菰野町・いなべ市など)から立候補する事とした。 |
| 桑名市出身の山本幸雄から桑名市の地盤と、山手満男(東洋紡績出身の四日市市の政治家)→田中覚(四日市市塩浜地区出身の三重県知事)が地盤としていた岡田家の出身地の四日市市を岡田が地盤として継承した。 |
| ①岡田克也の実家の岡田家が(イオングループの経営者)②平田耕一の実家の平田家が(チヨダウーテの経営者)であり、三重3区は資本家(ブルジョワジー)出身の御曹司対決となっている。 |
| 岡田は自身の経歴が四日市市立の中部西小学校・中部中学校を卒業後に大阪教育大学附属高等学校池田校舎と東京大学を卒業した学歴であり、国立高等学校・国立大学出身者であり、一般的な貧困家庭と同じ進学先で、父や兄と違い、自身は金持ちでなくて、庶民的生活をしている事をアピールした。 |
| 小沢一郎民主党代表の選挙戦術として平成21年の第45回衆議院議員総選挙で岡田克也が三重5区(三重県南部の伊勢市・尾鷲市・鳥羽市・志摩市・熊野市・度会郡・北牟婁郡・南牟婁郡)に立候補する選挙区の鞍替え作戦が浮上した。 |
| 平成22年の週刊大衆の報道によると、平田耕一議員を支持する富洲原地区の自由民主党関係者から証言があり、岡田克也の秘書は三重3区で、イオングループの組織力と民主党の強力な地盤で小選挙区制での楽勝ムードがある事から、緊張感がなくてだらけていて、選挙中に四日市市松原町の漫画喫茶の駐車場の車の中で昼寝をしていたと報道された。 |
| 岡田克也の自身の後援会と実家のイオングループが支援組織だが、加えて日本社会党出身の伊藤忠治の(情報労連・三重県の日本教職員組合・NTT労働組合票・左翼票)と民社党出身の中井洽の全日本労働総同盟(同盟労組票)が民主党及び岡田克也を支持する支援組織となっている。 |
エピソード
| 時間厳守に敏感で、2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震においても、定期開催されることになった実務者会合について、議論の中身よりも開催時間(1時間)に強いこだわりを見せ、実際に第一回の実務者会合において、原発の問題で議論が行われている最中に、「時間もないので物資輸送の件に移りましょう」と発言して原発問題の議論を打ち切り、開始からちょうど1時間後に終了宣言し、会合そのものを打ち切っている。 |
その他
| 1990年2月3日の衆院予算委員会で日本共産党の正森成二から海部俊樹首相らに対し、岡田が自民党から初当選した総選挙においてジャスコの従業員を動員して選挙活動を行ったとの指摘が行われた |
系譜
| イオングループの岡田家は、イオンのホームページによると、岡田家のルーツは三重県いなべ市北勢町治田であり、1758年(宝暦8年)に初代岡田惣左衛門が天領四日市宿(現在の三重県四日市市中部地区)にて、行商による太物(綿・麻織物)・小間物商の「篠原屋」を創業した。 |
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1990年
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の衆院予算委員会で日本共産党の正森成二から... |
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2001年
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朝日新聞社の取材を受けて、「育った町の四日... |
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