| 2000年10月8日の対広島東洋カープ戦の1試合だけ先発登板し、7回7安打1失点で勝利投手となった。 |
| 岩瀬本人が先発を希望していたこともあり、星野仙一が試験も兼ねて起用した。 |
| 後に、チームメイトだった落合英二はサンデードラゴンズで、「(岩瀬が投げた日は)ローテションの谷間で、本人が(星野)監督に『先発させてください』と直訴した」というエピソードを語った。 |
| その後は中継ぎで起用され、特には防御率1点台でシーズンを終えるなど、首脳陣の信頼を勝ち取っていく。 |
| には落合博満より抑えに指名されるが、開幕直前に自宅の浴室で転倒して左足小指を骨折。 |
| その影響もあってか前半戦は不調が続いたが、2勝3敗22セーブの成績でチームの5年ぶりの優勝に貢献した。 |
| 8月に行われたアテネオリンピック野球日本代表にも選出された。 |
| 2005年10月1日の対広島戦(ナゴヤドーム)において46セーブを達成し、佐々木主浩のシーズン最多セーブ記録を更新。 |
| 60試合に登板しながら被本塁打0だった。 |
| 2006年1月20日の契約更改交渉で7500万円増の推定年俸3億500万円で更改。 |
| 中日に在籍した日本人選手としては、1992年の落合博満を抜く球団史上最高年俸となった「落合抜いたドラ史上最高岩瀬3億500万サイン」日刊スポーツ大阪版2006年1月21日11版4面。 |
| 4月4日の対横浜ベイスターズ戦で、9回裏に多村仁に同点2点本塁打を浴びて救援に失敗した。 |
| 2004年9月25日に村田修一に打たれて以来許していなかった本塁打を打たれ、被本塁打0の記録は対戦打者265人目にして途絶えた。 |
| 7月30日、プロ入り通算100セーブを達成。 |
| 10月8日、プロ野球史上初の2年連続40セーブを達成。 |
| 2年ぶりのリーグ優勝を決めた10月10日の対読売ジャイアンツ戦の11回裏、3対3の場面で登板し、2回を無失点に抑えて胴上げ投手となった。 |
| 2007年4月6日、郭源治の持つ球団記録を更新する117セーブ目を挙げた。 |
| 7月7日、通算500試合登板を達成9年目での達成は史上8人目。 |
| 9月8日、秋山登に並ぶ9年連続50試合登板のプロ野球タイ記録を樹立。 |
| 翌日の9月9日には、史上6人目の150セーブを達成。 |
| 9月19日、プロ野球史上初の3年連続40セーブを達成。 |
| しかし、シーズン中盤に速球の球速が140km/hを下回ったり、低めへの制球に苦しむ場面が目立つなど、全体としては球威、制球に苦しんだシーズンであったが年度別成績の比較で入団3、6、9年目の成績が低調であることから、「岩瀬の不調は3年周期」と評されることがある。 |
| 、8月以降の防御率は1.27と好調だった週刊ベースボール2007年12/17号64頁「保存版記録の手帳公式戦出場全選手個人成績2007年プロ野球ペナントレース統括」より。 |
| 2007年のセントラル・リーグクライマックスシリーズでは、対阪神タイガース第1ステージ第2戦から対巨人第2ステージ第3戦まで、いずれも8回途中からの4連投でチームの日本シリーズ進出に貢献。 |
| 3勝1敗で迎えた日本シリーズ第5戦において、8回まで完全試合ペースの好投をしていた山井大介に代わり9回に登板。 |
| 三者凡退に抑えて史上初の継投による完全試合を達成し、胴上げ投手となったなお、完全試合目前の山井から岩瀬への継投を行った落合の采配については、スポーツマスコミ、野球評論家などを中心に賛否両論が巻き起った。 |
| 2008年6月14日、対オリックス・バファローズ戦でアレックス・カブレラに557試合目にしてプロ入り初のサヨナラ本塁打を浴びた。 |
| 8月、北京オリンピック野球日本代表として出場したが、韓国代表の李承燁(巨人)に逆転本塁打を打たれるなど大会を通じて10失点、3試合で敗戦投手となった。 |
| 帰国後はプロ野球史上初の10年連続の50試合登板を達成。 |
| また、ポストシーズンの無失点記録を22回1/3まで伸ばしている。 |
| 12月、推定年俸4億3000万円(現状維持)で4年契約の契約更改を行った。 |
| 2009年4月21日、鈴木孝政の持つ球団記録を更新する通算登板587試合を記録。 |
| 4月30日の対東京ヤクルトスワローズ戦(ナゴヤドーム)では青木宣親に頭部死球を当て、自身初の危険球退場を受けた。 |
| 5月12日、プロ野球史上4人目、左腕投手としては史上初の通算200セーブを達成。 |
| 7月30日、プロ野球史上初の5年連続30セーブを達成。 |
| 8月15日、歴代単独3位の通算228セーブを記録。 |
| 8月18日、20試合連続セーブを達成。 |
| 2010年6月16日、対北海道日本ハムファイターズ戦(ナゴヤドーム)で、通算250セーブを達成。 |
| 佐々木主浩・高津臣吾に次いで3人目の救援投手として名球会入りの条件を満たす |
| 更に6月23日の対横浜ベイスターズ戦(豊橋市民球場)では、佐々木を抜くプロ野球歴代2位となる通算253セーブを記録した。 |
| 8月7日の対阪神戦で自己記録を更新する「6年連続30セーブ」を達成。 |
| 2011年は開幕から調子がなかなか上がらず、失点する試合も多かったが、5月17日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)で、通算700試合登板を達成。 |
| 6月12日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(クリネックススタジアム宮城)で、高津臣吾の持つ通算セーブ数プロ野球記録(286セーブ)に並び、6月16日の対福岡ソフトバンクホークス戦(ナゴヤドーム)で通算287セーブを記録し、プロ野球記録を更新。 |
| 9月3日の対広島戦(マツダスタジアム)で、プロ野球史上初となる通算300セーブを達成した。 |