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プロフィール
- 岩隈久志とは
- 来歴
- 近鉄時代
- 楽天時代
- プレースタイル
- 年度別投手成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 登場曲
- 著書
- 関連項目
岩隈久志(いわくまひさし、1981年4月12日-)は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(投手)。愛称はクマ。チームメイトやコーチ以外にも多くの球界の人物がこう呼ぶ。近鉄時代はなにわの プリンスと呼ばれていた。また当時近鉄監督の 梨田昌孝からは、足の長さ・細さから バンビちゃんとも呼ばれた。楽天移籍後は杜の貴公子と呼ばれている。
来歴
| 小学1年時より野球を始める。 |
| 西武沿線に住んでいたこともあり、小さい頃は、ファンクラブに入って西武ライオンズ球場に通い詰めるほどの熱烈な西武ファンだった。 |
| その後堀越高等学校に進学し、3年夏は西東京大会ベスト4。 |
| 1999年のドラフト会議で大阪近鉄バファローズから5位指名を受け入団。 |
近鉄時代
| この年6月に明らかとなった大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの球団合併と、シーズン終了後楽天の新規参入に伴う選手分配ドラフトで、合併球団オリックス・バファローズに分配された。 |
| しかし、岩隈は合併に際しての労使「申し合わせ」を引き合いに入団を拒否。 |
| オリックス側は説得を試みたが失敗し、合併新球団と岩隈双方の今後を考えたオリックス側の譲歩により、楽天に金銭トレードで譲渡された(選手分配ドラフトについてはプロ野球再編問題の当該項参照)。 |
| なお、オリックスは、読売ジャイアンツの高橋尚成とのトレードも視野に入れていた。 |
楽天時代
| right|thumb|200px|2008年、広島市民球場にて。 |
| オフの各表彰では、チームが5位であったにも関わらず、沢村賞、最優秀選手、ベストナイン、最優秀バッテリー賞など、投手関連の主要な賞を独占。 |
| 最優秀選手のBクラスチームからの選出は、1988年の門田博光以来。 |
| 12月26日に契約更改交渉に臨み、3年総額10億円の複数年契約でサインした。 |
| シーズンでは開幕戦でダルビッシュと投げ合い、6回1失点で4年ぶりとなる開幕戦勝利を挙げる。 |
| しかし、開幕戦は6回59球で降板し、前半戦は100球に達する前での降板が目立った上、6月末には登録を抹消。 |
| 更に7月12日の対ソフトバンク戦では4回に松中信彦、多村仁志、田上秀則、5回に小久保裕紀の4選手から自身ワーストの1試合4被本塁打を浴び、被安打はリーグ最多を記録するなど精彩を欠いた。 |
| それでも、チーム2位タイとなる13勝を挙げ、15勝の田中将大、13勝の永井怜と共に、チーム初の2位に大きく貢献した。 |
| ソフトバンクとのクライマックスシリーズ第1ステージでは第一戦に登板し完投勝利。 |
| 日本ハムとの第2ステージでは2戦目に登板するも、打線の援護無く8回3失点で第1ステージとは相反した結果となった。 |
| 3敗で迎えた4戦目にリリーフとして志願登板したが、ターメル・スレッジに勝負を決定づける3ランホームランを打たれ、涙を見せた。 |
| 9月14日にシーズン終了後にポスティングシステムでのMLBへの移籍を視野に入れていると報じられ、団野村と接触していることも明らかになった。 |
| 球団は岩隈のポスティングシステム行使を容認し |
| スティーブン・ストラスバーグと同水準の4年1525万ドルを提示されたが、その後の交渉は難航史上初のポスティング入団交渉決裂『月刊スラッガー』2011年2月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-2、54-55頁。 |
| 交渉期限の12月7日午前0時(米国東部時間=日本時間同日午後2時)までの契約合意に至らなかった |
| その後、入札額についてはアスレチックスが1910万ドル、次いでミネソタ・ツインズが770万ドルの入札をしていたことが明かされ |
プレースタイル
| 近鉄時代は右腕をダラリとたらす独特なタメから投げ込む特徴的なフォームがトレードマークだったが、二段モーションが禁止されてからは試行錯誤を繰り返し、現在のようなスリー・クォーターに近いオーバースロー型に変化した(脚のタメ方などに前モーションの名残が見られる)。 |
| 右投げ右打ちであるが、元々は左利きであり、食事やペン等は左手を使っている(例外はゴルフ・ボウリング・ビリヤード)。 |
| 故障前はMAX153km/hのキレのあるストレートと大きく曲がる縦のスライダーを武器にした、典型的な本格派の完投型スライダー投手と言えるスタイルだったが、故障してからは肩に負担の大きい縦のスライダーを多投しないようになり、左右自在に落とすMAX143km/hの高速フォーク(SFF)を中心に、変化の小さい横のスライダーや内角へ切り込むシュート、110km/h~120km/h台で打者のタイミングを外すカーブを使ってプロ野球投手「球種リスト」『野球小僧』6月号、白夜書房、雑誌18801-6、148頁。 |
| 、近鉄時代からの打たせて取る投球を更に進化させた。 |
| ストレートの球速は2010年現在もMAX152km/hをマークする。 |
| 通算与四球率2.04と優秀な数値を残している制球力もあり、メジャーリーグのスカウトからは「コマンド(狙ったスポットに投げる能力)と球を低めに集めるコントロール(ストライクに投げる能力)はダルビッシュよりずっと上」、「スプリッターはメジャーでも最高級かも」との評価を得ているWBCで輝いたMLB未経験選手9人の評価は?MLBのスカウトから見た日韓の選手たち『月刊スラッガー』2009年6月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-6、50-52頁。 |
| 本人も低めへの制球力は故障前よりも現在のほうが良くなったと週刊ベースボール誌のインタビューなどで答えており、2008年シーズンにはその低めへのコントロールを生かし、失投を減らして、登板200イニング以上で被本塁打3本という驚異的な成績を残している。 |
| 2009年のワールド・ベースボール・クラシックでは、チーム本塁打数11を誇る強打の韓国とキューバと対戦し、特にキューバ打線に対して18個のアウトの内15個のアウトを内野ゴロで打ち取る6回無失点の好投を見せており、大会通算成績20イニングで1本塁打しか許していない。 |
| また、毎年のように刺殺数や補殺数で上位の成績を残しているなどフィールディングも上手い。 |
| ケガをしてシーズンを棒に振った苦い経験から、無理をしない事を信条としているため、大敗しているケースでも無いのに球数100球未満で降板する場面が度々あり、楽天監督時代の野村克也や『サンデーモーニング』に出演している張本勲などに、チームのエースとしての姿勢に反する行動と批判された事もあるが |
| 岩隈久志、異色の“エース論”とは?]中村計「野ボール横丁」、NumberWeb、2010年7月1日。 |
| 、怪我から復帰してからの3年間は200イニングを2回記録している他、3年間合計の投球回数はダルビッシュと涌井秀章に次ぐ3位を記録するなど完投能力が高く、長いイニングを投げることもできる。 |
| 2008年に放映された『スポーツ大陸』(NHK)において、練習ではラグビーボールを一回り小さくしたボールでキャッチボールし、ヒジを故障したこともあって、ヒジの位置を確認しながら投げていることを明かした。 |
| これにより、ヒジの位置が前年と比べて高くなったことで、フォークの落差が大きくなったと語っている。 |
| 近鉄時代は日本ハムに特に強く、2003年から2004年にかけて11連勝した。 |
| 2004年は西武にも強く、この2チーム相手の登板が多かった。 |
| しかし、楽天移籍後初の日本ハム戦で黒星を喫し連勝はストップ。 |
| 一方、近鉄時代の2003年・2004年と共に自身の開幕からの連勝を阻止し、2004年に通年で喫した2敗はいずれもロッテ戦だった。 |
| しかし、楽天移籍後は、球団初の公式戦となった2005年開幕戦で完投勝利を挙げた上に、2005年9月から2008年7月まで連勝を続け、特に千葉マリンスタジアムでの登板では2005年9月から現在まで10連勝中である。 |
| また、近鉄時代はダイエーに相性が悪く登板数も少なく、2003年9月を最後に2007年9月5日まで対戦することは無かった。 |
| しかし2008年には7登板して5勝7失点と抑えた。 |
| 岩隈は当時のダイエー打線について「自分の中では井口さん、城島さん、小久保さん、松中さんがいた頃のダイエー打線が最強だった。 |
| 」と話している |
年度別投手成績
| 2010年度シーズン終了時。 |
| 各年度の太字はリーグ最高。 |
タイトル
| 最多勝:2回(2004年、2008年)。 |
| 最優秀防御率:1回(2008年)。 |
| 最高勝率:2回(2004年、2008年)※最優秀投手として表彰。 |
表彰
| 沢村賞:1回(2008年)。 |
| 最優秀選手(MVP):1回(2008年)。 |
| 最優秀投手:2回(2004年、2008年)。 |
| ベストナイン:2回(2004年、2008年)。 |
| 最優秀バッテリー賞:1回(2008年、捕手:藤井彰人)。 |
| セ・パ交流戦優秀選手賞:1回(2008年)。 |
| 月間MVP:5回(2003年4月、2004年4月、2004年5月、2008年6月、2011年4月)。 |
| ゴールデンスピリット賞:1回(2008年)。 |
| 報知プロスポーツ大賞(野球部門パ・リーグ):1回(2008年)。 |
| 第2回WBCベストナイン。 |
記録
| 初登板・初勝利:2001年5月29日、対日本ハムファイターズ10回戦(東京ドーム)、8番手として8回裏1死より登板、1回2/3を1失点 被安打2奪三振3四死球1。 |
| 初奪三振:同上、8回裏2死に野口寿浩から。 |
| 初先発:2001年6月10日、対日本ハムファイターズ13回戦(大阪ドーム)、3回5失点で敗戦投手。 |
| 初先発勝利:2001年8月19日、対福岡ダイエーホークス24回戦(福岡ドーム)、6回1失点。 |
| 初完投勝利・初完封勝利:2001年9月18日、対西武ライオンズ26回戦(大阪ドーム)、5-0 被安打2 奪三振6 四死球1。 |
| 初安打:2005年6月4日、対東京ヤクルトスワローズ5回戦(明治神宮野球場)、5回表に石川雅規から右前安打。 |
| 1000投球回数:2008年8月16日、対千葉ロッテマリーンズ17回戦(千葉マリンスタジアム)、4回裏3死目をサブローから三振を奪って達成 ※史上314人目。 |
| 1000奪三振:2010年6月5日、対横浜ベイスターズ4回戦(横浜スタジアム)、2回裏に三浦大輔から ※史上128人目。 |
| 100勝:2010年8月31日、対千葉ロッテマリーンズ17回戦(千葉マリンスタジアム)、6回無失点 ※史上127人目なお、登板205試合での100勝達成は史上9位タイ、ドラフト制後では松坂大輔、上原浩治、江川卓に次ぎ4番目のスピード記録(2010年9月13日現在) |
| 最多完投:1回(2003年)。 |
| 最多無四球:3回(2003年、2004年、2008年)。 |
| オールスターゲーム出場:3回(2003年、2004年、2008年)。 |
| 開幕投手:7回(2004年、2005年、2007年-2011年)。 |
| 開幕12連勝(近鉄球団記録):2004年。 |
| シーズン21勝:2008年。 |
| WBCにおける1登板中史上最多投球回数7回2/3(2009年に記録)。 |
| 全員奪三振:2009年9月1日対埼玉西武ライオンズ戦史上5人目(なお、同試合で7者連続奪三振も記録) |
背番号
| 48(2000年-2002年)。 |
| 21(2003年-)。 |
| 20(アテネ五輪、2009年WBC)。 |
著書
| 『絆(きずな)冬は必ず春となる』潮出版社(2009年)。 |
| 『イワクマクマときずなのえほん』主婦の友社(2010年)岩隈がプロデュースし、夫人と娘が執筆した岩隈久志を主人公とした絵本。 |
関連項目
| 東京都出身の人物一覧。 |
| 大阪近鉄バファローズの選手一覧。 |
| 東北楽天ゴールデンイーグルスの選手一覧。 |
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1958年
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秋本祐作が記録して以来50年ぶりの快挙であった |
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1981年
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岩隈 久志(いわくま ひさし)は、東北楽天ゴ... |
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