| 趣味は蝶の収集・採集、スコッチ・ウイスキー収集、油絵、ゴルフ、植草甚一の影響によりジャズ鑑賞(レコードは相当なコレクションがあったとのことで、一番愛したアルバムはチャールズ・ミンガスの"PithecanthropusErectus"であったという)。 |
| 特技は剣道(3段)、野球。 |
| 岡本喜八、実相寺昭雄、神代辰巳、西村潔、工藤栄一などの監督作品の常連で、萩原健一、水谷豊、松田優作ら岸田を慕った俳優も多かった。 |
| 草野大悟とは文学座以来、生涯の親友であり、盟友。 |
| 勝新太郎も岸田の才能と個性を高く評価し、多数の作品で共演。 |
| 勝が主宰した俳優学校「勝アカデミー」の講師も務めた(教え子に小堺一機、ルー大柴らがいる)。 |
| 岸田今日子の評するところ「森ちゃんは教え好き」だったという。 |
| 実父は、火星の土地分譲で名を馳せた「日本宇宙旅行会(改称後・日本宇宙飛行協会)」の協会事務局長であったという。 |
| 劇作家の岸田國士は叔父にあたり、女優・岸田今日子、童話作家・岸田衿子は彼の従姉妹に当たる。 |
| 千代田区の麹町中学校に在籍していた当時、山形県から転校してきた(後に政治家となる)加藤紘一とも友人であった。 |
| 六本木でバーを経営し、岸田が学生野球ファンということあり、映画評論家の田山力哉が連れ立って岡田彰布、松本匡史など当時の東京六大学野球や、東都大学野球リーグの高木豊など各選手が時折店を訪れ、顔なじみであった。 |
| 酒を愛し、自宅の洋酒コレクションには、客にせがまれたときのために、どれも半分以上の飲み残しがあったと、山本迪夫監督はキネマ旬報の追悼記事で人柄を偲んでいる。 |
| 無口で陰湿な役の多い岸田だが、プライベートでは寂しがりやで、出演待ち時間にはやかましいくらいのおしゃべりであったという。 |
| 愛称は「しんちゃん」や「かみそり・しん」。 |
| 常連の監督たちもそうだが、勝新太郎、水谷豊、松田優作ら俳優仲間、先輩後輩の指名を受けての仕事も多く、その演技力や個性とともに人柄がおおいに慕われていたことをうかがわせる。 |
| 数々の円谷プロ作品にも出演し、「新劇をやっている自分のほうが不自然なんであって、心の中では僕は円谷育ちなんです。 |
| 僕の芝居が他の役者に比べより豊かな飛躍のイメージがあるなら、それは円谷プロから教わったものです」と公言していた。 |
| 演技に対しては非常にストイックでどんな小さな役柄も手を抜くことはなく、常に『ワンシーンで映画を変えてしまうような役者になりたい』と語っていたといい、実際本当にそういうことができる才能を持った役者でもあった。 |
| 円谷プロでは「退屈だったのと、特撮に興味を持ったので、それでしかできないものを作ってみたくなったから」と、朱川審(あけかわしん)の名で脚本も手がけている。 |
| 岸田が執筆した『帰ってきたウルトラマン』第35話「残酷!光怪獣プリズ魔」では、光をモチーフにしたという岸田のイメージを基にした怪獣「プリズ魔」の造型は、第2期ウルトラ怪獣随一の美しさと名高く、多くの関連本に登場する「残酷!光怪獣プリズ魔」は、関係者へのインタビューをまとめた書籍『不死蝶岸田森』にて原本閲覧が可能。 |
| 「朱川審」のペンネームの由来としては、「本名では照れくさいのと、生まれた時に名づけられる予定だった審という名を復活させてみた」とコメントしている。 |
| 他には実名で『ファイヤーマン』第12話「地球はロボットの墓場」の脚本を手がける。 |
| 岸田がほとんどセリフを話さず、その動作と口の微かな動きだけで感情や意思を表現するなど、実験的演出等を数多く取り入れた作品である。 |
| 『ファイヤーマン』では主演の誠直也(佐賀出身)の訛りがきつかったため、少しでもセリフの言い回しが違うと撮影の段階で芝居を止め無言の指導を行ったという。 |
| 岸田は「俺は何時、お前(誠)に殴られるかと冷々だった」と語っていたが、逆に誠は「当時は辛かったが、あの時の岸田さんの指導があったからこそ、今の自分がある」と感謝の意を表している。 |
| 『ファイヤーマン』で共演した睦五朗によると、当作の放映時期、趣味の蝶の標本採集が高じ、たびたび東南アジア方面へ採集旅行に出ているが、旅行慣れした睦は岸田にいつもせがまれて同伴させられていたという。 |
| 採集旅行先は台湾が多かったとのことだが、その際の岸田の服装が「迷彩色の上下にゲートル巻」といった軍装紛いのものだったため、毎回の旅行の度に行方不明となり、決まって警察に不審者として拘束されているのがオチだったという。 |
| 「とにかく警察に捕まらなかったときがない」と睦も当時を述懐し、岸田を「奇人でした」と偲んでいる。 |
| 蝶の標本コレクションは、そのまま展示館が開けるほどのものだった。 |
| 蝶に関連して、蛾の「節操のなさ」を挙げ、岸田は「モスラが好き」ともコメントしている。 |
| 蝶の色彩とも関連付け、「ウルトラマンの顔も、じっと見てると蝶々に思えてくる」とも語っている。 |
| 『太陽戦隊サンバルカン』(1981年、東映、テレビ朝日)で実現はしなかったが、2004年に開かれた出演者のインタビューによると初代バルイーグル/大鷲龍介役の川崎龍介の降板を気の毒に思った岸田が「俺が"帰ってきた大鷲龍介"という脚本を書いてやる」と意欲を示した。 |
| プロットもできていて、後は書くだけの状態だったといい、実現していれば三本目の岸田の脚本になっていたことになる。 |
| 川崎の降板後も、川崎と酒席を共にするたびに「龍介、帰ってこい」と声をかけていた。 |
| 映画では岡本喜八監督作品に多数出演。 |
| 後期「喜八一家」のキーマン的存在であった。 |
| 『ダイナマイトどんどん』(1978年、大映)のド派手なスーツをまとった敵方ヤクザ幹部役の抱腹絶倒演技、わずかな出番で作品の印象を一変させるような脇役を目指したい、と語っていたモットーを具現化したような『ブルークリスマス』(1978年、東宝)の不気味な政界黒幕秘書役などが代表的なものとして挙げられる。 |
| また、時代劇においては多くの歴史上の人物を演じたが、その中でも感情を抑制し知的なイメージが先行した役柄を多く演じた。 |
| 代表的なものに、『徳川家康』(1964年、NET)での若き日の竹中半兵衛役(晩年期は原保美が代わって演じた)、大河ドラマ『草燃える』(1979年、NHK)では大江広元役を演じ、日本の歴史に名高い二人の名軍師を演じた。 |
| 他、荻生徂徠、小栗上野介、鳥居耀蔵など、時代の転換期において活躍する知恵者の役柄も多い。 |
| 『血を吸う薔薇』(1974年、東宝)で共演した佐々木勝彦は、制作時に楽屋で岸田が髪の毛の薄さを気にしていたと語っている。 |
| 岸田は同年制作の実相寺昭雄監督作品『あさき夢みし』(ATG)では、役作りで思い切って坊主頭にしていて、その際、普段はカツラを着用。 |
| この坊主頭を意図的に『傷だらけの天使』、『探偵物語』(日本テレビ)で活用している。 |
| 『傷だらけの天使』第5話において、加藤嘉演じる暴力団の組長に詫びを入れるよう強要されるシーンで、岸田は唐突にカツラを外し土下座してみせた。 |
| このシーンについては従前より「演出によるものである」との説と「岸田のアドリブである」とする説があるが、萩原健一の著書『ショーケン』によると、これはアドリブではなく岸田の役作りを承知していた萩原らが編集と展開の都合から指を詰めるシーンの代わりとして現場で発案したもので、岸田自身は「(坊主頭は)映画の制作発表のときまで公表しない」と主張して承諾せず、萩原らの懇願に負けて撮影することになっても最後まで乗り気ではなかったとのことである。 |
| 怪盗103号役としてゲスト出演した『探偵物語』第13話では、終盤での松田優作とのフェンシングでの格闘シーンにおいて、松田の攻撃が岸田の頭髪を直撃、ここでもカツラを取って坊主頭を披露したただし、1979年に制作され同年12月に放映されたこの回では既に自毛を生やしており、坊主頭自体がカツラである。 |