| 高校生時代、初めてのデートで鴨川を歩いている時、突然「キスさせてくれませんか?」と聞いたものの、彼女に断られた。 |
| サッカーに詳しく、プレイヤーとしても高校時代、京都選抜に選ばれている。 |
| サッカー元日本代表の前田秀樹は、国体京都選抜のチームメート。 |
| 京都選抜時代、ヤンマーとの練習試合で、FWの釜本邦茂にDFとして付くことになった。 |
| そのときの様子を、「釜本さんはぬらりひょんの如くすっと消えてしまう。 |
| ハッと振り返るともう遠くのほうに背番号9が走っている。 |
| 」と語っている。 |
| 芸能人になるため、上京する際、新幹線は自分の意思をじっくり確認するために、「ひかり」ではなく、あえて4時間かかる「こだま」を選んだ。 |
| クレージーキャッツの付き人となる際、以下のようなエピソードがあった。 |
| 一人東京へ向かった島崎は、迷うことなく新宿コマ劇場へ向かう。 |
| 公演終了後、客席からロビーへ出て、いかにも業界人という素振りをしながら、係員に「関係者のものですが楽屋はどこですか?」と尋ねると、すんなり「あっちですよ」と教えられる。 |
| 楽屋口の前にたどり着いた島崎は、通りかかった松崎真(前「笑点」座布団運びで有名)に、「ハナ肇さんに会わせてください。 |
| 弟子になりたいんです」と言うと、座長室へと案内された。 |
| ドアを開けた島崎の視線の先には、どっしりと腰を下ろしているハナがいた。 |
| ハナにじっと睨まれるが、「ここで目をそらしては負けだ」と島崎も睨み返す。 |
| 二人の睨み合いがしばらく続いた後、ハナさんが「今のクレージーキャッツは、バラエティーから一歩ひいて、各々の活動をしている。 |
| もう、うちの弟子の中からなべおさみや小松政夫はでないぞ」といわれたが、島崎は引かず、4日間の研修期間を与えられることになる。 |
| その研修期間で熱意と真面目さが伝わり、晴れてクレイジーキャッツの付き人になった。 |
| 植木等には、小説家の島崎藤村と同じ姓であることから「とうそん!」と呼ばれ、可愛がられていた。 |
| 3年間の付き人生活を終えた後、付き人チーフの沼田が、付き人全員を集めて「俺たちもクレイジーキャッツみたいなグループになろうじゃないか!」と提案。 |
| 付き人4人に、沼田と仲良かった井上堯之バンドのバンドボーイ・川上泰生を加えて、コントグループ「サンズンズ」を結成。 |
| 「サンズンズ」時代に、池袋の寄席で売れない頃のツービートと共演している。 |
| 『3年B組金八先生』第8シリーズ(TBS)の第3話に、元Jリーガー出身のコーチ・関口役で出演。 |
| その際「武田鉄矢さんはほんとに芝居がうまい。 |
| 本読み、立ち、リハ、何やっても金八先生。 |
| 失敗しても金八先生、芝居がホントうまい。 |
| 」と語っている。 |
| 妻との交際を始めて1年が過ぎた頃、週刊誌フライデーのスタッフから「金曜日に秋祭りのデートの記事が出ますから」との電話を受ける。 |
| 「全国に知れ渡る前に、保江さんのお母さんに挨拶をすべきだ」と、すぐに挨拶に向かい、雑誌が発売される前に結婚の許しをもらう事ができた。 |
| 『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)では「日本初・芸能人バンジージャンプ」企画(オンエア時のタイトルは「島崎俊郎、借金苦で飛び降り!!」)で「お母ちゃーん」と叫びながら落下。 |
| 視聴者の笑いを誘い、後のテレビバラエティにおける罰ゲーム企画などに影響を与えた。 |
| また「ワニプロレス」「トラのキスマークを奪う」「ライオンの尻尾で書初め」「シマヘビ2000匹のプール」「トラとキス」「十二支を舐める」「鶏とスカイダイビング」などの命がけ企画でも、その度胸とリアクション芸を遺憾なく発揮した。 |
| 動物との共演が多く、共演していない主な動物は白熊とゴリラのみ。 |
| 『元気が出るテレビ!!』で、過酷なロケをこなしてきたものの、自殺名所として知られる、福井県の東尋坊へのダイブで初めてギブアップした(なお、このダイブを初めて成功させたのは、当時若手芸人であったTIMのゴルゴ松本)。 |
| 『元気が出るテレビ!!』が放送終了となったときだけは「あぁ、やっと終わる。 |
| 死ななくて済んだ」と正直ホッとした、と語っている。 |
| リポーターへのこだわりが強い。 |
| リポータータレントの中で最も影響を受けたのは高田純次で、「高田さんのリポートは、面白いし、はずさないし、また人間的にも好きな人、元気が出るテレビ時代にとても刺激を受けた」と語っている。 |
| 『雲と波と少年と』(日本テレビ)にて、一家揃って鹿児島県・屋久島へ移住する企画を担当していたが、番組打ち切りとともに東京に戻った。 |