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つながりの強いひと
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春姫
尾張藩初代藩主徳川義直の正室。父は紀州藩初代藩主浅野幸長、母は正室の池田恒興の娘。号は高原院。慶長8年(1603年)、和歌山城で誕生。慶長14年(1609年)... |
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松平忠吉
安土桃山時代 から 江戸時代 の 大名 。 東条松平家 第4代当主・ 尾張国 清洲藩 主。
表 ・ 話 ・ 編 ・ 歴 東条松平家 忍藩 藩主 (1592-1600) 深溝松... |
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徳川光友
尾張国尾張藩の第2代藩主。初代藩主・徳川義直の長男。母は吉田甚兵衛の姉・歓喜院。正室は徳川家光の娘・霊仙院(千代姫)。側室は丹羽光重の娘、樋口氏、村... |
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浅野幸長
安土桃山時代から江戸時代にかけての武将、大名。紀伊国和歌山藩(紀州藩)の初代藩主。浅野家宗家初代。 |
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徳川慶勝
江戸時代後期の大名。尾張藩(名古屋藩)14代・17代藩主。明治時代初期の政治家。尾張藩支藩であった美濃国高須藩主・松平義建の次男。母は徳川治紀の娘。兄... |
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徳川忠長
江戸時代初期の駿府藩主。江戸幕府第2代将軍・徳川秀忠の三男。母は浅井長政の娘で正室の江。同母兄に第3代将軍・徳川家光。極位極官が従二位権大納言で、領... |
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浅野長政
安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。豊臣政権の五奉行筆頭。常陸国真壁藩主。通称は弥兵衛。初名は長吉(ながよし)。長政は晩年の改名で、... |
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徳川宗春
江戸時代の大名。尾張藩の支藩である陸奥梁川藩第4代藩主、後に尾張藩第7代藩主となる。 |
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康公
康公(こうこう、?-紀元前609年)は中国春秋時代の秦の第10代君主。穆公の子。 |
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お亀の方
母
徳川家康の側室。石清水八幡宮の祀官家・田中氏の分家である京都正法寺・志水宗清の娘。初めは竹腰正時に嫁ぎ、竹腰正信を生む。夫と死別後、奥勤めに入る。... |
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徳川秀忠
安土桃山時代から江戸時代にかけての武将。江戸幕府第2代征夷大将軍。 |
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柳沢吉保
江戸時代前期の幕府側用人・譜代大名。武蔵国川越藩主・甲斐国甲府藩藩主・大和国郡山藩主。第五代将軍徳川綱吉の寵愛を受けて、元禄時代には大老格として幕... |
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徳川宗勝
尾張藩の第8代藩主。尾張藩支流川田久保家初代・松平友著(尾張藩第2代藩主・徳川光友の十一男)の長男。母は湯本氏(繁、円珠院)。正室は第4代藩主・徳川吉... |
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成瀬正成
戦国時代から江戸時代前期にかけての武将。犬山藩初代藩主で、尾張藩の付家老。成瀬正一の長男。母は熊谷直連の妹。通称は小吉、従五位下に叙任後は隼人正を... |
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平岩親吉
戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。徳川氏の重臣。上野厩橋藩(前橋藩)主。のちに尾張犬山藩主。徳川家康の覇業を支えた功臣の一人であり、徳... |
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徳川義宜
江戸時代末期の大名。尾張国尾張藩の第16代藩主(藩主としては最後の人物)。第14代藩主・徳川慶勝の三男。幼名は元千代。名は義宣、徳成とも呼ばれる。号は... |
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徳川綱吉
徳川徳松、鶴姫。俗に、柳沢吉里が綱吉の落胤であるといわれるが、実際には疑わしい。 |
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プロフィール
- 徳川義直とは
- 家系
- 生涯
- 人物
- 官職位階履歴
- 系譜
徳川義直(とくがわよしなお)は、江戸時代前期の大名。尾張藩の初代藩主で、尾張徳川家の始祖である。
家系
| 母は家康の側室・相応院(亀)。 |
| 幼名は五郎太丸(その以前には千々代丸という幼名であったらしい)。 |
| 諱は義直(「義」の字は、徳川家が祖としている新田義貞から取ったものである)。 |
| 正室は浅野幸長の娘・春姫。 |
| 春姫との仲は良好だったが子供が産まれず、後に側室2名を迎えている。 |
| 附家老の成瀬正虎は初代成瀬正成の長男、同じく附家老の竹腰正信は義直の異父兄である。 |
| なお義直の墓は、愛知県瀬戸市定光寺町の應夢山定光寺にある。 |
| 極位極官は従二位権大納言、諡号は源敬公。 |
生涯
| 慶長5年(1600年)11月28日、徳川家康の九男として大坂城西の丸(京都伏見城(現在の清涼院)とも)で産まれる。 |
| 甲斐国は関ヶ原の戦いの後に徳川氏が再領し、甲府城代の平岩親吉と四奉行による支配が行われていたが、慶長8年(1603年)1月には甲斐25万石を五郎太が拝領し甲府藩主となる。 |
| 甲斐へ入国することはなく、五郎太は家康や生母お亀の方とともに駿府に在城し、平岩親吉が五郎太の家老・守役となり、さらに直臣旗本や武田遺臣らが五郎太の家臣として編成された。 |
| 甲府城に在城する平岩は側近の佐枝種長らを五郎太に近侍させ、家康・五郎太の意向を受けて甲斐統治を行っている。 |
| 慶長11年(1606年)に五郎太が元服すると、翌慶長12年4月26日には、死去した兄の松平忠吉の遺跡を継いで尾張国清洲藩主になると甲斐25万石は返上され、甲斐は国主・城代不在の城番制に移行する。 |
| 家康は中部地区及び東海道の要としての重要なこの地域を管轄すべく、名古屋に天下普請の城郭として名古屋城を築いて本拠地とし、平岩親吉ら家臣団も尾張へ移り、附家老として尾張犬山城主となり尾張支配を主導した。 |
| 義直自身は家康死後の元和2年(1616年)に尾張へ入国する。 |
| 慶長19年(1614年)、大坂冬の陣で初陣を飾り、天王寺付近に布陣した。 |
| 翌年大坂夏の陣では後詰として活躍した(天王寺・岡山の戦い)。 |
| 長じてからは藩政を自ら行ない、灌漑用水の整備、新田開発などを積極的に行なって米の増産に務めた。 |
| そのほかにも検地による税制改革などで年貢収納を確立した。 |
| 義直は学問を好んで儒教を奨励し、「孔子堂」の建立や城内の尾張東照宮の建築を進めた。 |
| 歴史書「類聚日本紀」を著した。 |
| また、家康の形見分けで受け継いだ「駿河御譲り本」に自身で収集した書誌を合わせ蓬左文庫を創設し、「決して門外不出にすべからず」と現在の図書館の走りとなる文庫とした。 |
| 日本武術も好み、柳生利厳から新陰流兵法の相伝も受けている。 |
| 義直は鷹狩りをしに朝宮御殿を拠点によく春日井原に行ったという。 |
| また、いつ襲われても対処できるようにするためか、寝る際には寝返りを打つごとに脇差の位置を常に手元に置き、さらに目を開けながら絶えず手足を動かして寝ていたとも言われている。 |
| 慶安3年(1650年)、中風症で病臥していた義直は、江戸藩邸で死去した。 |
| 後を子の光友が継いだ。 |
人物
| 義直の最大の特徴は尊皇思想にあり、これは後々の尾張藩の行政に大きな影響を与えた。 |
| 一方、家康の実子としてプライドの高かった義直は、たびたび甥の3代将軍徳川家光と衝突した。 |
| 物事において筋目を重んじた義直は「生まれながらの将軍」を自負する家光には目の上の瘤であったと言える。 |
| 寛永11年(1634年)、家光が病床に伏した際、義直は大軍を率いて江戸に向かい、家光や幕閣を慌てさせた。 |
| このとき彼は御三家筆頭として、当時継嗣のいなかった家光に万が一の事態が生じた場合、自ら将軍職を引き受けるという強い考えがあった。 |
| しかしこの出来事が尾を引いたのか、尾張家はついに将軍を出せぬまま終わっている。 |
| 義直は、現代の名古屋及び東海地方の発展の基礎を築いた日本有数の名君であったといえる。 |
| 柳生利厳より新陰流剣術を学び、利厳より流儀を継承して新陰流第4世宗家となった。 |
官職位階履歴
| 慶長8年(1603年)、甲斐国府中藩主25万石知行。 |
| 慶長9年1月5日(1604年)、正五位下。 |
| 慶長11年8月11日(1606年)、元服。 |
| 従四位下右兵衛督。 |
| 慶長12年閏4月26日(1607年)、尾張国清洲藩主53万石余に転封。 |
| 慶長15年閏2月6日(1610年)、尾張国名古屋藩主53万石余に移封。 |
| 慶長16年3月20日1611年、従三位参議左近衛権中将。 |
| その後、年月不詳にて参議辞職。 |
| 元和元年(1615年)、浅野幸長の娘春姫を正室に迎える。 |
| この頃、木曽福島と美濃国内に62万石加増。 |
| 元和3年7月19日(1617年)、権中納言。 |
| 7月20日、権中納言辞任。 |
| 元和5年(1619年)、61万石余となる。 |
| 元和7年6月18日(1621年)、名を義直と改める。 |
| 寛永3年8月19日(1626年)、従二位権大納言。 |
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1600年
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徳川家康の九男として大坂城西の丸(京都伏見... |
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1603年
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甲斐25万石を五郎太が拝領し甲府藩主となる |
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