| 幼時に埼玉県大宮市(現:さいたま市)へ転居。 |
| 受験校として埼玉県で一番、全国でも指折りの進学率を誇る埼玉県立浦和高等学校に入学。 |
| その当時は、卒業後に東京大学法学部に進み、将来は弁護士になろうと考えていた。 |
| ところが、高校在学中に演劇にのめり込み、俳優を志すようになる。 |
| 高校中退後、1954年俳優座養成所(3期生)に入所。 |
| その後、劇団三期会を経て、個人事務所(愛川企画室)を設立。 |
| 最初の結婚で、1958年に息子(俳優の井川晃一)を、1960年に娘(女優の佳村萌)をもうけている。 |
| 1962年よりアメリカのテレビドラマ『ルート66』で主役のマーチン・ミルナーの吹き替えを行い、同ドラマは人気番組となる。 |
| この時期は声優としての活動が多かった。 |
| 当時の業界での愛称は「班長」。 |
| 1971年より深夜番組『パックインミュージック』でパーソナリティとなり、若者を中心に人気を得る。 |
| 「キンキン」の愛称が一般に定着。 |
| 人気深夜番組『11PM』の司会を大橋巨泉とともに1974年~1986年3月まで長年務める。 |
| これを機に愛川も司会者として定着するが、当時はスタッフに対して威張り散らす司会者であり、放送作家だった景山民夫に批判されていた。 |
| その後も、女性の出演者を呼び捨てるスタイルが批判されたことがある。 |
| 1975年、満艦飾の長距離トラック運転手を主人公とした映画を企画し持ち込む。 |
| これが東映のドル箱シリーズとなった『トラック野郎』。 |
| 菅原文太と共演し相棒「やもめのジョナサン」役を演じる。 |
| これが空前の大ヒットとなり1979年までに全10作が製作・公開される。 |
| 1976年、同じ昭和9年(1934年)生まれの長門裕之、坂上二郎、藤村俊二らと共に芸能人の親睦団体『昭和九年会』を結成。 |
| 1978年に前妻と離婚し、その翌日にうつみ宮土理と再婚。 |
| うつみとは昼バラエティ『シャボン玉こんにちは』で長くコンビを組んでおり、現在で言う不倫の末の略奪結婚ではないかと騒がれた。 |
| 1983年には三波伸介の急死により『笑点』の新春特番の1コーナーで司会を務めそのまま正式に司会就任を要請されるが、「大勢の落語家さんを相手にとても司会なんか出来ない」と辞退し、5代目三遊亭圓楽が就任した。 |
| 同じく1983年に水野晴郎が参議院選挙に出馬したため、『水曜ロードショー』の解説を担当。 |
| 「ようこそ僕の映画の部屋へ」というフレーズを使っていた。 |
| また『刑事コロンボ』を放送する際には、コロンボのトレードマークであるトレンチコートを着用したが、あまり評判はよくなかった。 |
| その後、水野が落選し、番組に復帰したため、短期間の担当となった。 |
| 木曜スペシャル・世界ビックリ大賞で巨乳の女性が登場するコーナーの前振りとして「目の保養」という言葉を使っていた。 |
| 1996年まで放送されていた『なるほど!ザ・ワールド』の司会者を務める。 |
| コンビを組んだ楠田枝里子との身長差をカバーするために、楠田が椅子に掛け愛川が立ったまま、というスタイルが編み出される。 |
| またスタッフから自由にやっていいと言われたため、女性ゲストにひいきをすることもあった。 |
| 特にアグネス・チャンには答えまで言うことがあり、投書で抗議されたこともある。 |
| 1995年に『出没!アド街ック天国』開始以来、たまに放送される『土曜ワイド劇場西村京太郎トラベルミステリー』と同じ時間に見られるようになった。 |
| 土曜ワイドでは『横溝正史の吸血蛾』(1977年)にて名探偵金田一耕助を演じるが、さすがに作品のイメージと違いすぎたのか、愛川金田一はこの1作となっている。 |
| 過去に3つのレストランを経営。 |
| しかし、たこ焼きをアレンジした「アメリカンボール」など、時代を先取りしすぎたのか全て3ヶ月で倒産業界用語では「1クール倒産」。 |
| 他に天丼屋「天欽」といった普通の店も出していたしており、多額の債務を背負ったが現在は完済している。 |
| 1996年に上映された映画『ドラゴンボール最強への道』で亀仙人役を演じている。 |
| これは初代亀仙人の声を務めた宮内幸平が他界したため。 |
| 声優としての久々の仕事となるが、『いなかっぺ大将』における野沢雅子との師弟コンビ復活が実現し大きな話題となった(一説にはこれを踏まえてのオファーだったともいわれる)。 |
| 何事も早とちりな行動から大のおっちょこちょいな面がある。 |
| 『出没!アド街ック天国』での司会の経験からか、街づくりに対する愛川なりの想いがある。 |
| 『東京新聞』の「わが街わが友」と題する愛川の随筆では、画一的なニュータウンもよいが、街ごとの香りが感じられる街に愛着を抱く様子が書かれている。 |
| タレントの神田うのとも親交があり、2007年10月8日の挙式にも夫婦で出席した。 |
| 2007年、愛川欽也と28歳女性との不倫報道が出たが「あんたカッコいいじゃん」とうつみは擁護した。 |
| 過去政治討論番組で公明党に批判的な意見を発したこともある。 |
| 自身が司会を務める番組『パックインジャーナル』においては、時に戦時中の学童疎開の話も引き合いに出しながら、リベラルな立場からの発言を続けている。 |
| 2009年6月、私財を投じて建設した小劇場「キンケロ・シアター」を東京都目黒区青葉台にオープンさせた。 |
| 自ら主宰する「劇団キンキン塾」の活動拠点となる他、映画なども上映する。 |
| 2009年12月1日、全日本空輸がかつての塗装デザインであるモヒカン塗装を1機に復刻させて運航を開始した際に羽田空港での出発式にうつみと共に招かれた。 |
| 愛川が司会をした『なるほど!ザ・ワールド』と『出たMONO勝負』は発音する際のイントネーションがまったく同じため時折別の番組名を言ってしまうNGを出したことがある(ともにフジテレビ系列のため問題はない)。 |