| 2006年の夏の甲子園大会で早稲田実業が勝ち進むにつれて、斎藤が試合中にマウンド上で丁寧にたたんだ青いハンカチで顔の汗を拭く姿が話題となり、その端正な顔立ちも相まって「ハンカチ王子」と呼ばれるようになる。 |
| 世間ではこの青いハンカチに対する関心が高まり、早稲田実業にはこのハンカチに関する問い合わせが殺到、Yahoo!オークションでは定価400円の同じ種類のハンカチに1万円を超える値がついた。 |
| 百貨店ではハンカチの売り上げが急増し、ジャスダックに上場するハンカチメーカー・川辺の株が値上がりした。 |
| 後にそのハンカチはニシオ株式会社が製造・販売していた『GIUSEPPEFRASSON(ジョゼッペ・フラッソン)』というブランドのものだと判明したが、その時はすでに販売が終了していたため、その後ニシオはサンリオとタイアップし『幸せの青いハンカチ』と銘打ってハローキティの顔をあしらった青いハンカチを販売し約65万枚、約3億円を売り上げた。 |
| ちなみに青いハンカチを使う以前は黒木知宏の千葉ロッテ時代の背番号「54」入りのタオルを愛用し、高校に入ってから母親が近所の商店街で購入した青いハンカチを使うようになった。 |
| この大会の早実の試合の平均視聴率(NHK)は、3回戦12.7%、準決勝戦18.1%と徐々に数字を上げ、決勝戦は1990年代以降で最高の29.1%、瞬間最高視聴率は37.1%を記録。 |
| 大会終了後の日米大学野球選手権大会の選抜メンバーに選ばれ渡米すると、以前はほとんど報道されることもなかった同大会の模様が連日報道され、試合も生中継された。 |
| 帰国の際には関西国際空港に約600人のファンが集まった。 |
| 高校卒業後の進路について、当時プロ志望か進学かに関する報道が過熱していたことから、2006年9月11日に進路に関する異例の記者会見が開かれた。 |
| 日刊スポーツ出版社発行の『輝け甲子園の星』など、斎藤を扱った野球雑誌の売り上げが急激に伸び、写真集が発売され、週刊女性などの女性週刊誌の表紙を飾った。 |
| また、斎藤をモデルにした曲『青いハンカチ~君がくれた夏の日~』がCD発売された。 |
| 『ハンカチ王子』という愛称は2006年の新語・流行語大賞のトップテンに入った。 |
| 2007年、斎藤が早稲田大学に進学し野球部に入部したことで東京六大学野球が注目されるようになり、日本テレビが東京六大学野球の試合中継に乗り出し、春季リーグの対明治大学2回戦では観客3万人を超えた。 |
| この人気を受け、東京六大学野球連盟は史上初めて東京六大学野球のカレンダーを発売した(2008年~2010年度版)。 |
| 10月28日に開催されたプロ野球ドラフト会議は、TBSが全国ネットで生中継し夕方の時間帯にもかかわらず平均視聴率14.4%、斎藤の交渉権を引き当てた日本ハムの藤井純一球団社長(当時)のインタビュー中には瞬間最高視聴率17.2%を記録。 |
| 同年11月3日の早慶優勝決定戦は、神宮球場の収容人数35,650人に対し立見席が用意され、チケット販売枚数が36,000枚になり20年ぶりに完売となった。 |
| 同年11月6日に放送された『S☆1』に出演した應武篤良(当時早稲田大学野球部監督)が、斎藤の入学時に熱狂的なファンの一部による盗撮や寮の部屋の覗きといった行動があったことを明かした。 |
| 同年12月9日の札幌ドームでの単独入団会見には、平日にもかかわらず約8,000人のファンが駆けつけた(2003年の新庄剛志の入団会見は約2,000人)。 |
| この模様は情報番組『ミヤネ屋』で全国ネット生中継され、北海道の民放5局とNHK、衛星放送のGAORAでも生中継された。 |
| 2011年1月11日、千葉県鎌ケ谷市の合宿所『勇翔寮』に入寮する際、約500人のファンや報道陣が集まり、その様子がワイドショーで生中継された。 |
| ファイターズスタジアムでの自主トレの期間もスタジアムに連日約2,000人ものファンが押し寄せ、1月16日に行われた『新入団選手歓迎式典・交流会』ではスタジアム史上最高の約1万1000人のファンが集まった。 |
| 球場のある鎌ケ谷市には大きな経済効果がもたらされ |
| 同年2月1日からの沖縄県名護市での春季キャンプにも、那覇空港に1,000人以上が出迎え、キャンプ初日には400人以上の報道陣が集まり、その一挙手一投足が連日マスコミで報道された。 |
| 同年4月17日、先発でプロ初登板となった札幌ドームでのロッテ戦で、そのテレビ中継は放送権利を元々北海道テレビが持っていたことからキー局のテレビ朝日が当初放送予定だった番組を急遽中止しスタッフを派遣、「緊急生中継」として、斎藤の投球回を中心にローカル枠で放送した。 |