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プロフィール
- 新垣渚とは
- プロ入り前
- プロ入り後
- プレースタイル
- 家族・エピソード
- 年度別投手成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 登場曲
- 書籍
- CM
- 関連項目
- 関連サイト
新垣渚(あらかきなぎさ、1980年5月9日-)は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。「渚」の字は正字体(&xFA46;、「日」の右上に点がつく)が正しい。
プロ入り前
| 1998年、沖縄水産高のエースとして春、夏連続で甲子園出場を果たし、横浜高校の松坂大輔とともにマスコミの注目を集めた。 |
| 高校野球全国大会史上初の151km/hを記録したが、春夏ともに初戦敗退。 |
| 夏は1学年下の大島裕行(埼玉栄高)に逆転ホームランを喫している。 |
| 高校の同期にのちにホークスでも同僚となる稲嶺誉がいた。 |
| 同年のドラフト会議では、オリックス・ブルーウェーブと福岡ダイエーホークスが1位指名で競合。 |
| オリックスが交渉権を獲得したが、新垣は「ダイエー以外なら進学」と決めており、実家を訪れたオリックスの三輪田勝利編成部長(スカウト)を門前払いするなど頑なに拒否の姿勢を見せ、交渉は難航した。 |
| その後、三輪田スカウトが飛び降り自殺をする大騒動となったが、入団拒否を貫き九州共立大学へ進学した。 |
| 新垣は後のインタビューで、「自分が活躍することが最初に評価してくれた三輪田さんへの恩返し」と語っている。 |
| ホークスは再指名・外れ1位で(新垣や松坂や上重聡や大島と共に)第3回AAAアジア野球選手権大会日本代表に選出された九州学院高等学校の不動の四番吉本亮を獲得。 |
| 九州共立大では1999年に明治神宮野球大会大学の部で優勝するなど、大学球界を代表する右腕として活躍。 |
| 大学時代の2年先輩に山村路直、1年先輩に田上秀則、1年後輩に馬原孝浩、2年後輩に高橋秀聡がいる。 |
| 2002年ドラフト会議の自由獲得枠で、4年越しに意中の球団のダイエーに入団した。 |
プロ入り後
| 2003年、新人ながら先発に定着し、4試合連続2ケタ奪三振を記録するなど7月末までに8勝を挙げるが、8月にくるぶしを痛め長期離脱。 |
| 阪神タイガースとの日本シリーズには救援で復帰した。 |
| 契約更改では新人としては異例の保留をしたことも話題となった。 |
| 2004年は先発の軸としてチーム最多の11勝をマークし、チームのレギュラーシーズン1位通過に貢献。 |
| 177奪三振で初のタイトルとなるパ・リーグ最多奪三振。 |
| 2005年には10勝、2006年には自己最多の13勝を挙げ3年連続の2桁勝利を達成するが、9月29日に虫垂炎による急性腸炎により入院、プレーオフ第2ステージではベンチ入りしたが登板機会はなかった。 |
| 斉藤和巳、和田毅、杉内俊哉とともにホークス投手の四本柱と呼ばれていた。 |
| NOR:だが2008年以降は成績の伸び悩みも続き、2009年は1勝もできなかった。 |
| そのため、2008年からケガで離脱し以降1試合も登板していない斉藤と新垣は4大エースから実質外される形となり、和田と杉内の2人で2本柱という形になっている。 |
| 2007年には直球とスライダーを生かすためシュートを習得。 |
| オープン戦では好投したものの、シーズンに入ると多くの暴投を記録したため、スポーツ紙や当時の監督の王貞治から「暴投王」と呼ばれた |
| 以下、暴投に関する主な記録。 |
| 4月17日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(宮城球場)でプロ野球タイ(当時)の1試合4暴投。 |
| 5月11日の対千葉ロッテマリーンズ戦(千葉マリン)で2暴投し、ジョー・スタンカの12暴投(1961年)を上回る13暴投の球団記録。 |
| 6月6日の対横浜ベイスターズ戦(福岡ドーム)で17暴投となり、村田兆治(1990年)、酒井弘樹(1996年)に並ぶパ・リーグ記録。 |
| 7月11日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(北九州市民球場)で1998年に石井一久が記録したプロ野球記録の20暴投に並ぶ。 |
| 7月17日の対北海道日本ハムファイターズ戦(札幌ドーム)で2暴投し、シーズン最多暴投のプロ野球記録を更新。 |
| その後、戦線離脱などもあったが、記録は25暴投まで伸びた |
| 2008年は昨シーズンオフよりスラーブの習得と、力まない「7割投法」を目標に掲げ |
| 8月28日のオリックス戦でようやく初勝利。 |
| NOR:スラーブやフォーク、シュートなどを封印してストレートとスライダーのみに絞ったことと、藤田学の指導で腕の位置をスリークォーター気味に矯正したことが功を奏し、これ以降は安定した投球を見せた。 |
| しかし、-->シーズン4勝は自己最低で、2年連続最多暴投となる。 |
| 2009年は4試合登板しそれ以降一軍登板することなくシーズンを終えた。 |
| 12月30日に杉内俊哉の妻の妹と入籍した |
| 2010年は肩と腰の故障もあり、プロ入り後初の一軍出場無しに終わった。 |
| 二軍でも3勝5敗と振るわなかった。 |
プレースタイル
| 長身で投げ下ろすゆったりとしたスリークォーターから最速155km/hのストレートと縦横のスライダーを投げ分ける。 |
| 特に縦スライダーのキレは球界随一とされ、「バニッシュボール(vanish消える)」とも称される |
| 他にカーブ、シュート、ツーシーム、カットボールも投げる。 |
| 投球回数に近い数の三振を毎年奪っており、奪三振率も比較的高い。 |
| 試合終盤にも150km/hオーバーをマークするスタミナも武器だが、課題は先述の通り制球力。 |
| 山崎武司(楽天)は、「今まで対戦してきた中で最高のスライダーを投げるピッチャー。 |
| 彼は強引にスライダーを曲げてくるので暴投が多いが、決めることができれば、伊藤智仁投手や斎藤雅樹投手よりもすごいスライダーを投げる。 |
| 潜在能力をすべて出し切っていない」と語っている。 |
| 2010年5月15日のすぽるとのプロ野球選手100人が選ぶスライダーNo1投手で4位に選ばれた。 |
家族・エピソード
| 父方の祖父がアメリカ出身なので、本人はクォーターである。 |
| あだ名、もしくはキャッチフレーズは「なんくる渚」。 |
| 出身の沖縄方言「なんくるないさ(なんてことないよ)」に掛けたもの |
| 幼稚園時代は『キャプテン翼』の影響でサッカーをしていたが、小学校2年生のときに兄の影響で野球を始めた。 |
| 当初は同世代より一回り長身である体格を見込まれキャッチャーを任されていたが、相次ぐ脚の怪我(後述)により投手へ転向。 |
| 小学校時代の交通事故で右足に人工骨を埋める手術を受けて以降、右脚を3回、左脚を1回骨折した。 |
| 特に那覇市立真和志中学校時代はほぼ3年間金属製のプレートを外せず、まともに走ることすらできなかった。 |
| そのため中学限りで野球をやめ、実兄も在籍した興南高等学校ボクシング部へ進学・入部する段取りを進めていたが、書類上の不備により興南高を受験できなくなり、沖縄水産高へ進学し野球を続けた。 |
| 今もたびたびボクシングの試合観戦もしていることを本人が認めている。 |
| 2006年、一部ネット掲示板およびマスコミの報道でモデルの押切もえとの交際が囁かれた。 |
| しかし同年9月イベントの席上押切が交際を真っ向から否定する旨の発言をした。 |
| なお、同郷である沖縄アクターズスクール出身の複数の女性芸能人と年来の交友があることは認めている。 |
| 特にSPEEDのメンバーhiro(島袋寛子)とは幼馴染。 |
| 1998年のドラフト会議でオリックスが交渉権を得たときは無念さのあまり涙を流した。 |
| 2002年にダイエーへの入団が決定したとき、及び2003年の千葉ロッテマリーンズ戦でプロ初勝利を完投で挙げたとき、2008年8月28日に復活の一勝を挙げたときも感極まって涙を流した。 |
| 「泣き虫王子」とチームメイトに呼ばれている。 |
| 2008年、週刊文春の記事で当時高校生の女性と数年間にわたって交際していたことが報じられた。 |
年度別投手成績
| 2010年度シーズン終了時。 |
| 各年度の太字はそのシーズンにおけるリーグ最高、はNPBにおける歴代最高。 |
| ダイエー(福岡ダイエーホークス)は、2005年にソフトバンク(福岡ソフトバンクホークス)に球団名を変更。 |
表彰
| 月間MVP:4回(2003年7月、2004年7月、2005年9月、2006年4月)-4シーズン連続受賞はパ・リーグの投手としては史上初。 |
| JA全農Go・Go賞(2007年5月度、最多奪三振賞)。 |
記録
| 初登板・初先発:2003年3月31日、対大阪近鉄バファローズ1回戦(大阪ドーム)、52/3回5失点で敗戦投手。 |
| 初奪三振:同上、3回裏にタフィ・ローズから。 |
| 初勝利・初完投勝利:2003年4月15日、対千葉ロッテマリーンズ5回戦(千葉マリンスタジアム)、9回1失点。 |
| 初完封勝利:2003年6月8日、対日本ハムファイターズ15回戦(東京ドーム)。 |
| 初安打:2007年6月20日、対横浜ベイスターズ3回戦(横浜スタジアム)、3回表に吉見祐治から右翼へ二塁打。 |
| オールスターゲーム出場:1回(2004年)。 |
| シーズン25暴投(日本記録):2007年。 |
| 1イニング3暴投(日本タイ記録):2008年8月20日、対埼玉西武18回戦(西武ドーム)。 |
| 1試合5暴投(日本記録):同上。 |
書籍
| 渚NAGISA(2007年5月11日、講談社)ISBN978-4062139687。 |
CM
| フタタ『プライス真っ二つ編』。 |
| 四季工房『ベストを尽くす編』『子供の頃から編』。 |
関連項目
| 沖縄県出身の人物一覧。 |
| 福岡ソフトバンクホークスの選手一覧。 |
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1980年
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新垣 渚(あらかき なぎさ)は、福岡ソフトバ... |
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1990年
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酒井弘樹1996年に並ぶパ・リーグ記録 |
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つながりの強いひと
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杉内俊哉
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。福岡県大野城市出身(春日市生まれ)。 |
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和田毅
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。ソニー・ミュージックアーティスツ所属。 |
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川崎宗則
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(内野手)。ニックネームは名前よりムネリン。チームメイトからは「ムネ」「ムネさん」と呼ばれている。 |
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斉藤和巳
京都府京都市南区出身の元プロ野球選手(投手)。からまでの登録名はカズミ。2011年1月1日付で3軍リハビリ担当コーチに就任。 |
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城島健司
阪神タイガースに所属するプロ野球選手(捕手)。長崎県佐世保市出身。 |
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馬原孝浩
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。 |
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松中信彦
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(外野手)。2010年現在、現役選手唯一の打撃三冠王達成者。妻はフリーアナウンサーの林恵子。 |
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王貞治
日本生まれ・中華民国籍の元プロ野球選手、監督。読売ジャイアンツの主軸打者として積み上げた通算本塁打数868本は、メジャーリーグのハンク・アーロンの755... |
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柴原洋
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(外野手)。 |
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高橋秀聡
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。 |
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寺原隼人
オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手(投手)。宮崎県宮崎市出身。の登録名は寺原早人(読み同じ)。 |
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森福允彦
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。愛称は「ちょめ」 |
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岩隈久志
東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(投手)。愛称はクマ。チームメイトやコーチ以外にも多くの球界の人物がこう呼ぶ。近鉄時代はなにわの... |
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山崎勝己
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(捕手)。 |
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本多雄一
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(内野手)。愛称はポン、ポンちゃんなど。チームメイトの大隣憲司と生年月日が同じ。 |
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神内靖
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。 |
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西岡剛
西岡剛のブログやプロフィールなど、西岡剛のいろいろな情報を掲載しています。 また、西岡剛のみんなの評価や関連記事もあり、西岡剛についてのみんなからの... |
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篠原貴行
横浜ベイスターズに所属するプロ野球選手(投手)。 |
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小椋真介
福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(投手)。 |
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新垣渚さんについてのひとこと紹介
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