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プロフィール
- 星野伸之とは
- 現役時代
- 引退後
- プレースタイル
- 人物
- 家族
- 年度別投手成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 著書
- 関連項目
星野伸之(ほしののぶゆき、1966年1月31日-)は、北海道旭川市出身の元プロ野球選手(投手)。野球解説者、野球評論家、指導者。はオリックス・バファローズ二軍投手コーチを務める。タイトル獲得は多くないものの、11年連続二桁勝利を記録するなど、パ・リーグを代表する投手として活躍した。その実績と端正な顔立ち、およそ野球選手らしくない細身な体型から同リーグの 西崎幸広・ 阿波野秀幸・ 渡辺久信らと共にトレンディ・エースと呼ばれ、 星の王子さまの愛称で親しまれた。
現役時代
| 土地柄、阪急との接点はほとんどなかったが、なぜか家に山田久志、福本豊、山口高志のポスターが貼ってあり、兄と一緒に日本シリーズで見た山田や山口のフォームを真似していたという「阪急ブレーブス 黄金の歴史~よみがえる勇者の記憶」における山沖之彦との対談より。 |
| 旭川工業高校からのドラフト5位で阪急ブレーブスに入団。 |
| 後述するように細身で球も速くない星野はプロでやっていく自信は全くなかったが「大学に入るつもりで4年間は頑張ってみよう」と思い入団を決意した。 |
| ルーキーイヤーのに阪急は優勝しているが、星野の一軍登板はなかった。 |
| 2年目のに一軍初登板、今井雄太郎をリリーフした試合でプロ初勝利を挙げた。 |
| のリーグ連覇にエースとして大きく貢献した。 |
| と1996年には最高勝率のタイトルも獲得。 |
引退後
| 引退後は関西テレビ・フジテレビで野球解説者、サンケイスポーツで野球評論家を務め、プロ野球マスターズリーグの札幌アンビシャスに参加。 |
| からはオリックスの一軍投手コーチとなる。 |
| 6月8日より自律神経失調症の治療のために休養に入った |
| 体調面などを考慮し、残りシーズンは二軍コーチを担当した。 |
| 2011年からは育成コーチを務める。 |
プレースタイル
| プロ野球選手としては非常に細身な体型で、最速130km/hそこそこの速球に90km/h台のスローカーブ、フォークボールという先発投手としては非常に少ない球種で勝負する異色の投手だった。 |
| 球速の遅さにまつわる逸話として、9月20日の対日本ハム戦(東京ドーム)で星野のすっぽ抜けたカーブを捕手の中嶋聡が右手で直接捕球し、星野を超える球速で返球したことで失笑が起こった。 |
| ベンチに帰り星野は「素手で取るなよ。 |
| ミットが動いてなかったぞ」と機嫌を悪くしていたが、中嶋は「ミットが届かなかったんです」と誤魔化し事態は収まった別冊宝島プロ野球「絶対エース」の豪腕伝説より。 |
| このエピソードは中嶋が1995年のオールスターで行われたスピードガン競争で146km/hを記録するなどした球界屈指の強肩捕手だったこともあり、やくみつるがたびたび漫画のネタにしていた。 |
| 他にも夫人に「あんな遅い球、アタシでも打てる」と言われたり、打者に死球を与えてもまるで痛がる素振りをされなかったり、完封勝利をした試合で対戦した西武の選手が「今日の星野は一段と遅い」「ボールが止まって見える」というコメントを残した等、枚挙にいとまがない。 |
| しかし、しなやかに腕を振る投球フォームから投げる速球は伸びが有り、1989年頃からはテイクバックを小さくして投げる直前まで左手を体の横に隠すフォームにした。 |
| これにより打者からは投げる瞬間まで握りが見えず球種が読みにくく、ボールの出所も見えにくくなった。 |
| これらに加え40km/h以上のスローカーブとの緩急差により打者には速球が数字以上に速く見えたと言われる。 |
| その緩急さに、梨田昌孝は「ストレートが一番速かった投手は?」という雑誌の取材に対し星野の名を挙げて「あまりにも速く感じて金縛りのようになった」と語り、初芝清は「(当時日本最速の158km/hを記録した)伊良部より星野さんのほうが速いと思う」と発言、清原和博は「星野さんのストレートが一番打ちにくい」と評し、他にも中村紀洋、タフィ・ローズなど複数の打者が星野のボールは速かったと証言している。 |
| また、トニー・バナザードは星野のストレートの遅さと、それにもかかわらず打てないことからかなり苛立ち、よく星野に向かって怒っていたという。 |
| 星野の特徴にいち早く気がついたのが入団時の捕手だった中沢伸二で、星野の新人時代、「球は遅いけど、なかなか打てない面白いピッチャーがいるぞ」と二軍に調整に来ていた山沖之彦に話していた。 |
| スローカーブはリリースされた後、打者の方向ではなく真上に向かってから曲がり落ちるため武田一浩は星野のスローカーブを初めて見たときに「どこに投げているんだ?」と思ったという。 |
| 球速からは想像しにくいが奪三振が多く、2009年シーズン終了時点で日本プロ野球歴代17位の通算2041奪三振を記録している。 |
| キャンプでは1日に300~500球という異例な数の投げ込みをすることがあった。 |
| 通常は肩や肘への負担や故障を考慮してこれほどの数は投げないが、本人によれば「これだけ多くの球数を投げると余分な力が入らなくなり、理想的なフォームで投球できる」とのこと。 |
| 元ヤクルトの古田敦也は星野と対戦した際、あまりの遅さに「何か変化するのではないか」とボールを見送ったが、何も変化せず見逃し三振に取られその遅さと緩急で抑え続ける星野に感嘆したという。 |
人物
| 少年時代からプロ入りを目指していたが、180cm台の身長に対して体重65kgが精一杯という華奢な体格にプロの水準には遠く及ばない球速からプロ入りは無理と酷評されていた。 |
| しかし、それをバネにして力任せや球威偏重ではない独自のスタイルを洗練することでプロ入りを果たし、球界を代表する投手の一人にまで上り詰めた。 |
| 星野と同学年で同じく「球の遅い一流投手」に山本昌・香田勲男・小宮山悟などがいる。 |
| 北海道出身だったことから、山田久志(秋田県出身)、今井雄太郎(新潟県出身)、佐藤義則(北海道出身)ら北国出身の先輩に可愛がられ、3人の「北の会」にも入れてもらった。 |
| 佐藤、今井は豪快だったが山田は自己節制も厳しく、星野は山田に「オーラを感じた。 |
| 一流ってこういうものかと思った」と語っている。 |
| テレビゲームではゲームの仕様やシステムの都合上、実際の球速を忠実に再現すると、現実通りに活躍させることが難しくなることから、ファミリースタジアムシリーズでは1990年版までは138km/h~140km/h、燃えろ!プロ野球シリーズでは140km/h~149km/h、実況パワフルプロ野球シリーズでは130km/h台後半と実際の球速よりもかなり速い設定となっていた。 |
| 漫画『ドカベンプロ野球編』の登場人物である山田太郎をカモにしていた。 |
| 水島漫画では『遅球王』とも。 |
| 阪急時代に親会社の阪急電鉄の1988年初詣CMにて、当時宝塚歌劇団生徒だった天海祐希と共演している。 |
家族
| 1989年(平成元年)、前年の『ミス・ユニバース・ジャパン』であり、同年のミス・ユニバース世界大会でも第4位ととなった坂口美津穂と結婚した。 |
| 結婚後、坂口は専業主婦となり、二人のあいだには娘2人と息子1人ができた。 |
| 二女の芽生(めばえ)は女優・タレントとして芸能界にデビューしている。 |
| 夫人が小川菜摘と親交があった縁でその夫であるダウンタウンの浜田雅功と親交が深く、毎年正月には浜田・小川夫妻、ハイヒールモモコ夫妻、遠藤章造・千秋夫妻(2007年に離婚)と共にグアムに家族旅行をしている。 |
年度別投手成績
| 阪急(阪急ブレーブス)は、1989年にオリックス(オリックス・ブレーブス)に球団名を変更。 |
記録
| オールスターゲーム出場:7回(1987年-1989年、1991年、1995年-1997年)。 |
背番号
| 53(1984年-1986年)。 |
| 28(1987年-1999年)。 |
| 34(2000年-2002年)。 |
| 70(2006年-2009年)。 |
| 71(2010年-)。 |
著書
| 真っ向勝負のスローカーブ新潮新書:ISBN4-106100-16-9。 |
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1966年
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星野 伸之(ほしの のぶゆき、 )は、北海道... |
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1989年
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月間MVP:1回 |
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