| 実はギターを弾くことができず、調律は楽屋に居合わせた芸人に頼んでいる。 |
| 弾くときもコードは3つしか使っていない。 |
| 吉本時代、後輩芸人が「ギャラが安い」とぼやいたので、吉本興業に掛け合いギャラのつり上げ交渉を行った。 |
| 曰く「ワイは日本の月亭可朝や。 |
| 」これに対して吉本側は「日本の月亭可朝ならば、他所でも通用するでしょう。 |
| どうぞ他所へ移って貰って結構です。 |
| これには可朝も完敗し、「このまま吉本に居させて貰った方が。 |
| 結局交渉前よりギャラが下げられたという逸話がある。 |
| 吉本興業の書籍『吉本興業商品カタログ』より。 |
| なお同本では「T」とイニシャルとなっているが、描かれたイラストは『カンカン帽・メガネ・片手にギター』と可朝そのものであった。 |
| 借金とワンセットで語られることの多い「スッポンメガネ」であるが、発売当初は黒字の収益を上げていた。 |
| 赤字→借金になったのは、国鉄のキヨスクでの発売が内定していたが、売価に関して国鉄(鉄道弘済会)側が難色を示し話がご破算になり、全国のキオスクに出すためにあらかじめ大量に生産(契約してから生産すると間に合わないので、事前に生産しておいた)したメガネがダブついたのが原因である。 |
| この商品を思いついたのは、「欧米には鼻メガネがあるが、日本にはそれがない」という理由から。 |
| しかし、1987年に松原市にある「サンクストーン」と言う眼鏡製造会社が発売していた「ローガングラス」のCMに出演し、関西を中心に発売された。 |
| 京都花月の楽屋で中田ボタンらとトランプ賭博に興じていたところを警察に踏み込まれたが、咄嗟にトランプを裏返して「神経衰弱」に偽装し、事なきを得た。 |
| が、警察はそのまま隣の部屋に踏み込み、池乃めだか、日佐丸(平和ラッパ・日佐丸、4代目)、Wヤングの平川幸雄が一時拘引された。 |
| うどんの代金を賭け金と間違えられたためである。 |
| エイプリルフールで「家が焼けてるねん」と言い続けていたら、自宅の仏壇の蝋燭が原因で本当に焼けてしまったことがある。 |
| しかもその仏壇は、ギャンブルで勝ったお金で買ったものだったという話をテレビで暴露されていた。 |
| 可朝曰く、その昔、春木競馬場でバカ勝ちして、すでに仏壇が家にあるのに構わず、シャレで購入したという。 |
| またそれを、魂も何も入れていないのに、蝋燭をあげたりなど供養じみたことをしていた。 |
| そうしたら、ある日、その供養していた蝋燭が倒れ、火事になった。 |
| その日彼は外で呑んでいたのだが、夫人から連絡があったとき運悪くエイプリルフールで、彼(および、一緒にいた取り巻き)はまるっきり信じなかったのだが、電話の応対に出た花紀京がしつこく言い、さらに花紀が知るはずもない可朝宅の隣人の名前を出したことから仰天し家に帰ったら、家が丸焼けであったと言っている。 |
| 浮気相手のための荷物置き用に貸していたアパートが家賃滞納で大家が訴えるという記事がスポーツ新聞に掲載されて妻に浮気がばれたことがある。 |
| その後家賃は支払った。 |
| 空港で預け荷物受け取りのベルトコンベアの上に乗っかり、荷物(自分のギター)と一緒に出てきたことがある。 |
| 知人に「あれに乗って出てきたら1万円やる」と言ったところ「そんなん出来るか!あんたこそ乗って出てきたら1万円やるわ」と言い返され、「そうか!」と乗って出てきて約束通り1万円貰ったとのこと。 |
| 「シャレやがな」で済まされないエピソードには、枚挙にいとまがない。 |
| 無類の賭け事好きから、友人の立川談志をして「あいつの人生そのものが博奕だ。 |
| 1971年、第9回参院選に全国区から無所属で出馬(同じく出馬した談志の応援演説が予定されていた日に、気が変わって立候補届を出した)。 |
| “一夫多妻制の確立と、風呂屋の男湯と女湯の仕切を外すこと”を公約とするが、落選。 |
| 当時の選挙戦で選挙カーを高速道路で走らせ、そのまま演説していたというエピソードもある(のちの参院選で落選した島田洋七にも同様の話がある)。 |
| 2001年には第19回参院選に自由連合公認で比例代表区から出馬したが、再度落選。 |
| 2008年8月12日、元交際相手の50代の女性へのストーカー行為(可朝の元愛人が(可朝との関係中から)職場の同僚と関係を持っていたことに立腹した可朝が、二日間に10数回の電話、及びその職場に同僚との関係を暴露した手紙を送付)により、ストーカー規制法違反の容疑で逮捕された。 |
| 当初「ストーカー行為には当たらないのでは」と逮捕当初容疑を否認。 |
| (その後、検事側の説得に「公(職場)と私の区別をすべきだった」と応じ)大阪簡易裁判所から罰金30万円の略式命令を受け納付。 |
| 同月28日釈放されマスコミ囲み取材を受けた際、記者から求められたため「可朝は7年間不倫してきてその結果~警察に御用やで~」と自らの持ち歌「嘆きのボイン」の節に乗せ歌ったが「不謹慎」「反省の色が無い」とマスコミからバッシングされた。 |
| なお、略式起訴後の報道での呼び名は「可朝落語家」であった。 |
| それから約半年後の2009年1月9日に桂福団治との二人会宣伝の記者会見で可朝は、釈放後に被害者と再会し「(ここまで大きい)警察沙汰にするつもりは無かった」と謝罪されたことや「(被害者とは)今も毎晩のように電話がかかってきます。 |
| 寝てませんけどね」と可朝一流の笑いを交えながら和解・復縁したことを明かし、さらには「ストーカー見たさ、怖いもん見たさで、地方から余興(漫談等)の仕事がたくさん入った。 |
| 報道してくださった記者さんたちには感謝」と事件を完全にネタにし、芸人としての健在ぶりを発揮している。 |