| 対戦相手は後にタズとなる、ピート・タンジーロであった。 |
| この頃はまだ、岡村隆志・TARUとともに武輝道場の一員であった。 |
| その後もフリーランスとして格闘探偵団バトラーツ、みちのくプロレスなど10以上の団体で活動していた。 |
| メキシコへ渡航せずフリーの身分のまま闘龍門参戦。 |
| しばらくは正規軍の一員として空手着で戦っていた。 |
| 団体での本格的なブレイクは2期生望月享(現:横須賀享)、神田裕之(引退、レフェリー兼本部長、2006年復帰)と結成したヒールユニット、「不完全決着推進委員会」なる組織を掲げた(会長は望月)「初代M2K」時代。 |
| 後に河野圭一元武輝道場。 |
| 後チョコフレークK-ICHI)、ダークネス・ドラゴン(現K-ness.)、堀口元気が合流する。 |
| 入場曲の「G.W.D」(theemichellegunelephant)が会場に鳴り響く中、スカジャンを身にまとい、キックボードで入場、パウダー、ブルーボックスなどの凶器攻撃、乱入してバッドエンド、ノーコンテスト決着などその他反則行為などその後同団体のヒール行為を作り上げた。 |
| ELNUMEROUNO2001開催時には「両者リングアウト推進委員会」(略して両リン)なるものを掲げ、リーグ戦を全て黒星にするという行為にも出た(望月享だけうっかり勝ってしまいメンバー全員による両リンは失敗)。 |
| しかしELNUMEROUNO決勝トーナメントに敗者復活枠があり、それを勝ち抜いて決勝トーナメントに進出。 |
| 決勝でも「体力回復を図る為」(本人談)両リンをきめ、再試合になったところを優勝した。 |
| 表彰式では「今まで色んな団体を渡り歩いてきたけど、この団体が一番弱い」という発言を残し、CIMAとマグナムTOKYOを激昂させた。 |
| ちなみにELNUMEROUNO2002ではリーグ戦を普通に戦って全敗したが、やはり敗者復活枠から勝ち上がり、準優勝している。 |
| 2001年12月10日、CIMAとのカベジェラ・コントラ・カベジェラ・ランバージャックマッチにおいて、両リンを失敗し敗退。 |
| それを機に「完全決着推進」というスローガンを掲げるも、M2Kメンバーの反感を買い一匹狼になる。 |
| 「負けたけど、きもちいいなあ!」などと「いい人発言」をするようになり、やがて正規軍入り。 |
| 悪を蹴散らす正義のキャラクターとなるが、本人の中では常に外様意識からの疎外感があったようだ。 |
| 2002年12月25日後楽園ホールでの大鷲透戦後、「この団体に正規軍はいらない」という発言を残して正規軍を解散。 |
| 神田裕之の許可を取り、M2Kを再結成(通称新M2K、メンバーは新井健一郎、ドラゴン・キッド、セカンド土井、三島来夢)するも大きな成果はあげられなかった。 |
| 2003年、望月は不甲斐ない試合を続け、M2Kのメンバーに不信感を抱かせる。 |
| そしてリーダーを賭けた試合を新井健一郎と行い、敗退。 |
| 「原点回帰」というキーワードを残して、M2Kを去った。 |
| 原点回帰の内容は「初代M2Kの時にやり残したヒールの道を究める」というもので、「はぐれ軍団(仮)」と合流。 |
| 「不甲斐ない試合を続けていたのはわざと」と暴露。 |
| 「悪冠一色」というユニット名を付けヒールターンを図るが、「リーダーを作らない」というメンバーの方針に馴染めず、結局追放される。 |
| 追放直後にK-ness.、新井健一郎らに頭を下げてベビーターン。 |
| 「ファイナルM2K」のリーダーとして活動。 |
| OPENTHEDREAMGATE(ODG)二代目チャンピオンとなった。 |
| 2006年にバトラーツ参戦時にタッグを組んでいた稔のパートナーとして、武輝道場時代以来の新日本プロレス参戦が決定。 |
| それに先駆けて稔が新日本のリングで三角蹴り・ツイスターを、望月がDRAGONGATEのリングでミノルスペシャルを披露した。 |
| WARFINALではIJ王座の防衛戦でセミ・ファイナルに登場。 |
| 「これできっちり防衛してIJを封印する」と意気込み、かつての胴着で戦うもペンタゴンブラックに破れ王座陥落。 |
| 試合後は胴着を脱ぎ捨て「メキシコでもどこでも追いかけていって、絶対に取り返す」と決意を語った。 |
| 2006年11月23日に行われたタイトルマッチで勝利し王座を奪還、きっちりと有言を実行した。 |
| その後、WARFINALでのタイトルマッチ前のコメント通り、IJシングルのベルトを封印。 |
| その後、マグナムTOKYO、ドン・フジイ、神田裕之とともにルネッサンスを結成。 |
| ファイナルM2Kのリーダーを横須賀享に譲り、自らを「御大」と称してファイナルM2Kから一歩引いた形で活動した。 |
| 2006年12月31日に開催された「インディー・サミット」に参戦。 |
| みちのくプロレスのフジタ"Jr"ハヤトとバトラーツルールで対戦し勝利。 |
| 2007年4月13日IJタッグ(王者邪道・外道組)に神田裕之と組み挑戦、4月17日ODG王者獣神サンダー・ライガーに挑戦するが共に敗北。 |
| 2007年8月2日、ZERO1-MAXに初参戦し、「天下一Jr.」への参戦を表明。 |
| また、因縁深い元悪冠一色の菅原拓也とタッグながら2年振りに対戦。 |
| 9月からの「天下一Jr.」では決勝で田中将斗に敗北するも、ZERO1Jr.のトップ2である藤田ミノル、日高郁人を連破した。 |
| 2008年1月23日、ZERO1-MAX後楽園大会に参戦。 |
| インターナショナルジュニアヘビー級選手権試合で日高を破り、ベルトを奪取した。 |
| 大阪タッグフェスティバル(大阪プロレス)でドン・フジイと組み優勝、大阪タッグ王座を奪取した。 |