| ドラフト1位入団ながら、近鉄時代は二軍での育成が中心で、3年間で5試合の登板にとどまった。 |
| 2004年オフ、選手分配ドラフトで東北楽天ゴールデンイーグルスに移籍。 |
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| 5月26日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)でプロ初先発・初勝利。 |
| 球団初の三連勝に貢献した。 |
| 8月31日の対北海道日本ハムファイターズ戦では155球を投げ、プロ初完投勝利を挙げた。 |
| この試合の勝利により、プロ野球史上ワーストのチーム月間借金20(2勝22敗)を逃れることができた。 |
| 白星はこの2試合だけとなったが、岩隈久志に次ぐ先発の柱として期待された。 |
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| エースの岩隈や、先発要員として期待されたセドリック・バワーズの両投手を欠く苦しいチーム状況においてかかる期待は大きく、開幕からローテーション入りを果たした。 |
| しかし四球から自滅することが多く開幕3連敗となり、5月末には二軍落ちし、そのまま昇格することなくシーズンを終えた。 |
| 昨年と同じ2勝止まりであったが、防御率は6点台から3点台へと改善した。 |
| ハワイ・ウィンターリーグにチームメイトの有銘兼久、河田寿司らと共に参加した。 |
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| 後述のように走り込みを入念に行った成果で制球力が向上し、四球が大幅に減った。 |
| シーズン初登板の4月19日対ソフトバンク戦は、先発の牧野塁に打球が当たったことによる緊急登板であったが、好投を見せてお立ち台に上がった。 |
| この試合の勝利によって球団初の本拠地同一カード三連勝となった。 |
| 春先はロングリリーフをこなしていたが、交流戦途中から先発ローテーション入りし、交流戦中に3勝を挙げた。 |
| 6月23日に日本記録タイとなる1イニング最多暴投タイ記録の3をマークした。 |
| 8月1日の対ロッテ戦では、3安打に抑え、1-0のスコアでプロ初完封を入団6年目で達成する。 |
| なお1-0での単独完封勝利は球団史上初であった。 |
| 援護に恵まれず勝ち星は伸び悩んだが、目立った大崩れをすることも無く、チーム随一の安定感で最終的に8勝を挙げた。 |
| シーズン終盤に規定投球回になんとか到達し、防御率リーグ10位の好成績を残した。 |
| 被本塁打4本は、この年の規定投球回到達者の中では最少の数字であった。 |
| 2008年シーズンは岩隈が201回2/3を投げ、被本塁打3本という驚異的な数字を残しており、楽天から2年連続で最少被本塁打先発投手が誕生した。 |
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| 岩隈・田中将大に次ぐ先発3番手の投手として期待されたが、前年のような安定感は見せられず、規定投球回には到達したものの防御率を1点以上悪化させてしまった。 |
| シーズン最後の登板でも負け投手になったことで、2桁勝利には届かなかったが、チームの投手陣の頭数が不足する中(特にこのシーズンはリリーフが手薄だった)、ロングリリーフなども精力的にこなし、勝ち星としては1つ増やし9勝とした。 |
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| 前年と同じく岩隈、田中に次ぐ3番手の投手として期待されていたが、シーズン初登板の試合で、小久保裕紀が打ち上げた打球を鉄平が見失ったことで適時打となった不運もあり、制球を乱して降板。 |
| 以降の試合でも制球が定まらず、先発からロングリリーフに降格されるが、制球は安定せず2軍落ち。 |
| 2軍では14試合に登板し6勝3敗。 |
| 防御率はイースタン・リーグ2位の2.26と悪くなかったものの、91回2/3を投げ44四球という四球の多さが目立ち、制球難は改善されなかった。 |
| このシーズンは一軍未勝利に終わった。 |
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| 7月8日に一軍登録され、田中の代役として先発したが、4回1/3を7安打4失点で勝敗は付かなかった |
| その後すぐに登録を抹消され、7月26日に栂野雅史とのトレードで読売ジャイアンツへ移籍。 |