| 1956年(昭和31年)東京都文京区小石川生まれ。 |
| 小学3年で日野市に移る。 |
| ベトナム戦争中に隣の立川基地から旋回してくる米軍輸送機の飛行に疑問を持って育つ。 |
| 日教組の教師と折り合いが悪く、ヤンチャな中学校時代を過ごす。 |
| 高校は国士舘高校に入学。 |
| 入学式で軍艦マーチにあわせて入場してくる学校長の演出に圧倒され共感する。 |
| 高校の友人達と軍歌研究を行う。 |
| 1972年(昭和47年)、群馬県前橋で開催された日本教職員組合定期大会抗議活動に高校の先輩と共に参加。 |
| 本格的に右翼活動に目覚める。 |
| 1978年(昭和53年)、当時所属していた「日本青年社」の「尖閣列島領有決死隊」の一員として、尖閣諸島に上陸。 |
| 以後、同島へは2回上陸し、領有権を主張する行動に務めた。 |
| 1981年(昭和56年)、「反米愛国・抗ソ救国・民族自決・反権力」を掲げた新右翼「統一戦線義勇軍」の結成に参画し、議長に。 |
| 日本のアメリカからの独立を求める「ヤルタ・ポツダム体制打破」へ向けた活動を展開。 |
| とくに、右翼民族派では画期的な池子米軍住宅建設反対などの闘いを実践。 |
| 1982年(昭和57年)、作家の見澤知廉が起こしたスパイ粛清事件で被害者の埋葬を助け、死体遺棄容疑で逮捕される。 |
| のち執行猶予付きの有罪判決を受ける。 |
| 1984年(昭和59年)7月、『新雑誌X』1984年8月号に同誌編集長丸山実と雑民党の東郷健が、昭和天皇がマッカーサーに犯されている不敬イラストを掲載したことが問題となる。 |
| これを掲載した東郷と野村秋介、鈴木邦男があるパーティーで肩を組んで撮られたスチールが『噂の真相』のグラビアを飾り、「新右翼は極めつけの不敬者と親しいのか」との批判が右翼内部から巻き起こった。 |
| これに対して何者かが『新雑誌X』の事務所と東郷健の自宅を襲撃。 |
| 一方、木村は公開討論会を東郷に要求していたが、東郷は逃げ回るのみ。 |
| 偶然にも、新宿区の路上で東郷と出くわし、「あなたは東郷健ではないか」と問うたところ、「私は違う」と“ウソ”をついたことに鉄鎚が下った。 |
| 東郷本人は「肋骨を折られた」と言うが真偽は不明。 |
| しかも、普段反権力を標榜していながら、警察に被害届を出すなどみっともなさを露呈させた。 |
| 当時、一水会は全斗煥来日反対を訴えていたが、東郷の被害届を警察が利用して後に傷害罪で逮捕される。 |
| 一種の予防拘禁であった。 |
| 1988年(昭和63年)、慶應義塾大学法学部政治学科通信教育課程に入学し、1996年(平成8年)卒業。 |
| 同年、慶應義塾大学大学院法学研究科に入学。 |
| 1992年(平成4年)、一水会書記長となる。 |
| 4月にバグダッドを訪問し、バース党との間に「反大国主義、民族自決」を原則とする議定書を交わし調印。 |
| 「対米自立」という観点を堅持しつつ、国際的な視点から湾岸戦争以降のイラク、NATO空爆後のユーゴスラヴィア(現セルビア・モンテネグロ)などを訪問。 |
| そのほか、フランス、ドイツ、ロシア、リビア、シリア、マレーシアなど各国の民族主義政党・団体と交流し、民族派同士の国際連帯を構築している。 |
| イラクには二十回以上足を運んでいる。 |
| 1998年(平成10年)、バグダッドに本部のある国際組織「NASYO」(非同盟諸国学生青年会議)常任理事に。 |
| 2000年(平成12年)2月、一水会代表に就任。 |
| 2002年(平成14年)、ロシア自由民主党のジリノフスキー党首が主催する「世界右翼政党会議」に参加。 |
| フランス国民戦線などと共に、「愛国者インターナショナル」会議に参加。 |
| 南北問題の是正と反グローバリゼーションの活動を展開する。 |
| 2003年(平成15年)3月、アメリカのイラク侵略攻撃に断固抗議。 |
| 侵略直前、バグダードでの国際会議でアメリカの侵略戦争に抗議する。 |
| イラク攻撃の理由とされた「大量破壊兵器」保有疑惑については、一貫して「イラクは大量破壊兵器を保有していない」と攻撃前から主張。 |
| 2007年(平成19年)1月、前年12月に処刑されたサダム・フセイン大統領の追悼会を日本で唯一行う。 |
| 一水会機関紙「月刊レコンキスタ」では、追悼文を掲載。 |
| 著名な講師陣を招いての一水会フォーラムの講演録をムック化した『せめぎあう言霊』を発刊。 |
| また、木村ゼミを主宰し、「右翼民族派の思想と行動」を毎月一回講義している。 |
| 2009年(平成21年)度は第六期生まで数えている。 |
| 2010年(平成22年)1月18日、フォーラム神保町と現代深層研究会主催の緊急シンポジウム「『新撰組』化する警察&検察&官僚がニッポンを滅ぼす!」に、青木理、魚住昭、大谷昭宏、岡田基志、郷原信郎、佐藤優、鈴木宗男、田原総一朗、平野貞夫、宮崎学らとともに参加した |
| 2010年5月、グルジアからの独立を果たした南オセチア共和国を一水会代表団として訪問し、ココイトイ大統領、外務大臣、国会議長らと会見した。 |
| その後、ロシアのモスクワにて北方領土問題の解決や日ロ関係の打開のため、ロシア外務省のガルージン局長と会談。 |
| 2010年8月12、13日、東京にて「世界平和をもたらす愛国者の集い」を開き、国民戦線のジャン=マリー・ル・ペン党首ら欧州の愛国政党党員を招いた。 |
| 翌日、彼らを率いて靖国神社を参拝する。 |
| 2011年1月、オーストリア自由党の招待により、オーストリアを訪問。 |
| 一水会・オーストリア自由党との連帯友好を強化することで合意した。 |
| 2011年3月、『朝日ジャーナル』の緊急増刊号が刊行され、日本再生のために「日本に存在する全ての米軍基地を撤去せよ」と対米従属からの脱却を訴える。 |
| 2011年5月、黒海に隣接するアブハジア共和国を一水会代表団として訪問し、セルゲイ・シャンバ首相、マクシム・グヴィンジア外務大臣、ヌグザル・アシュバ国会議長などと会見。 |
| 「日本政府には出来ない親日国家の芽を育てよう」との立場から民間交流を実施した。 |
| 去年の南オセチア共和国訪問と同様に、アブハジア共和国訪問も月刊レコンキスタで詳細に報告をされている。 |