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プロフィール
木村兼葭堂邸跡(きむらけんかどうていあと) 大阪市西区北堀江4-3-2 大阪中央図書館 南東角 兼葭堂は元文元年(1736)、この近くの北堀江通5丁目に生まれ、本草学をはじめ、博学多芸の町人学者であった。 市制施行70周年記念 昭和35年3月 大阪市建之 木村巽齋(そんさい・1736〜1802)は近世大阪が生んだもっとも著名なぶんじんであり町人学者である。北堀江の邸内の古井戸で芦の根が出たことから、浪速の萩と芦(兼葭)に因んで兼葭堂と名のった。 酒造業を営むかたわら、本草学を小野蘭山に師事し、『一角纂考』『本草綱目解』などを著した。 一方、漢詩、書画、篆刻などを片山北海、柳沢淇園、趙陶齋、池大雅ら当代一流の大家に師事し、優れた才能を発揮した。また古今の書籍・書画・博物学の標本等の収集家としてあまねくその名を知られていた。 巽齋のもとには、彼の博識と厖大な収集品にひかれる ... もっと見る
木村兼葭堂邸跡(きむらけんかどうていあと) 大阪市西区北堀江4-3-2 大阪中央図書館 南東角 兼葭堂は元文元年(1736)、この近くの北堀江通5丁目に生まれ、本草学をはじめ、博学多芸の町人学者であった。 市制施行70周年記念 昭和35年3月 大阪市建之 木村巽齋(そんさい・1736〜1802)は近世大阪が生んだもっとも著名なぶんじんであり町人学者である。北堀江の邸内の古井戸で芦の根が出たことから、浪速の萩と芦(兼葭)に因んで兼葭堂と名のった。 酒造業を営むかたわら、本草学を小野蘭山に師事し、『一角纂考』『本草綱目解』などを著した。 一方、漢詩、書画、篆刻などを片山北海、柳沢淇園、趙陶齋、池大雅ら当代一流の大家に師事し、優れた才能を発揮した。また古今の書籍・書画・博物学の標本等の収集家としてあまねくその名を知られていた。 巽齋のもとには、彼の博識と厖大な収集品にひかれる文人や画家、書家や学者たちの訪問が絶えず、その邸宅は知識人の交流サロンとなっていたことが『兼葭堂日記』には生き生きと描かれている。 木村兼葭堂 画像 (谷文晁 筆) 大阪府 蔵 中央図書館の西、高層マンションの辺りが邸跡。 関連記事 大阪俵物会所跡 (10/01) 木村兼葭堂邸跡 (09/23) 大正橋 (09/22) テーマ: 大阪 - ジャンル: 地域情報 2010/09/23(木) 07:05:27 | Historic sites | トラックバック:0 | コメント:0 戻る
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中村真一郎
中村真一郎(なかむらしんいちろう、1918年(大正7年)3月5日-1997年(平成9年)12月25日、なお旧字体の「眞一郎」名義での出版もある)は日本の小説家・評論... |
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知の巨人
思想の死相 知の巨人は死をどう見つめていたのか この本を 1 2 3 4 5 6 7 8 9 冊買う 10冊以上買う お困りの方 在庫切れ等により、手配できない場合... |
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木村蒹葭堂
江戸時代中期の日本の文人、文人画家、本草学者、蔵書家、コレクター。大坂北堀江瓶橋北詰の造り酒屋と仕舞多屋(しもたや、家賃と酒株の貸付)を兼ねる商家... |
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池大雅
日本の江戸時代の文人画家、書家。本来の苗字は池野(いけの)だが、中国風に池と名乗った。幼名は又次郎(またじろう)など。諱は勤(きん)、無名(ありな... |
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谷文晁
江戸時代後期の日本の画家。江戸南画の大成者であり、その画業は上方の円山応挙、狩野探幽とともに「徳川時代の三大家」に数えられる。名は正安。はじめ号は... |
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中井竹山
中井竹山(なかいちくざん、享保15年5月15日(1730年6月29日)-享和4年2月5日(1804年3月16日))は江戸時代中期の儒学者である。大坂の学問所懐徳堂の四代目... |
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柴野栗山
江戸時代の儒学者・文人である。名は邦彦であり、字は彦輔である。讃岐国(現:香川県)で生まれた。寛政の三博士の一人として知られる。 |
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小野蘭山
江戸時代の大本草学者。名は識博(もとひろ)、通称は喜内、字は以文、号は蘭山、朽匏子。しばしば「日本のリンネ」と称される。京都出身。門弟に杉田玄白、... |
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与謝蕪村
江戸時代中期の日本の俳人、画家。本姓は谷口、あるいは谷。「蕪村」は号で、名は信章通称寅。「蕪村」とは中国の詩人陶淵明の詩「帰去来辞」に由来すると考... |
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皆川淇園
江戸時代中期の儒学者。父は皆川成慶(春洞、白洲)で、実弟に国学者富士谷成章(層城、北辺)がいる。淇園は号で、名は愿(げん)。字は伯恭。通称は文蔵。... |
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柳沢淇園
江戸時代中期の文人画家、漢詩人。服部南郭、祇園南海、彭城百川らとともに日本文人画の先駆とされる。名ははじめ貞貴、元服後は里恭(さととも)、字は広美... |
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青木木米
青木木米(あおきもくべい、明和4年(1767年)-天保4年5月15日(1833年7月2日))は江戸時代の絵師、京焼の陶工である。京都生まれ。幼名八十八。字は佐平。... |
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田能村竹田
江戸時代後期の南画(文人画)家。旅を好み日本各地を遊歴。詩文を得意とし画論『山中人饒舌』などを著した。幼名は磯吉、後に玄乗、生蔵。名は孝憲。字は君... |
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上田秋成
江戸時代後期の読本作者、歌人、茶人、国学者、俳人。怪異小説「雨月物語」の作者として特に知られる。 |
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頼山陽
頼山陽(らいさんよう、安永9年12月27日(1781年1月21日)-天保3年9月23日(1832年10月16日))は江戸時代後期の歴史家、思想家、漢詩人、文人である。幼名は... |
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緒方洪庵
緒方洪庵(おがたこうあん、文化7年7月14日(1810年8月13日)-文久3年6月10日(1863年7月25日))は日本の武士・足守藩士、医師、蘭学者である。大坂に適塾を... |
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木村重成
安土桃山時代から江戸時代初期の武将。一説には木村重茲(しげこれ)の子とも言われている。母、宮内卿局(一説には右京大夫局とも)は豊臣秀頼の乳母となり... |
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琳派
桃山時代後期に興り近代まで活躍した、同傾向の表現手法を用いる造形芸術上の流派、または美術家・工芸家らやその作品を指す名称である。本阿弥光悦と俵屋宗... |
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円山応挙
江戸時代中期の絵師。近現代の京都画壇にまでその系統が続く「円山派」の祖であり、写生を重視した親しみやすい画風が特色である。諸説あるが「足のない幽霊... |
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売茶翁
江戸時代の黄檗宗の僧。煎茶の中興の祖。本名は柴山元昭、幼名は菊泉。法名は月海で、還俗後は高遊外(こうゆうがい)とも称した。肥前蓮池道畹(佐賀県佐賀... |
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木村兼葭堂さんについてのひとこと紹介
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