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プロフィール
- 木村剛とは
- 生い立ち
- 日本銀行を経てコンサルタントへ
- 日本振興銀行設立
- 日本振興銀行刑事事件
- 日本振興銀行役員責任追及訴訟
- 役職
- 竹中平蔵との関係
- 単著
- 共著
- “織坂濠”名義
- ラジオ
- 外部リンク
- 関連サイト
木村剛(きむらたけし、1962年5月2日-)は、日本の刑事事件被疑者、実業家、金融コンサルタント。音読み通称で「ごう」とも呼ばれる。元 金融庁顧問。KPMGフィナンシャルサービスコンサルティング(現・株式会社フィナンシャル)株式会社社長、KFi株式会社代表取締役社長、ナレッジフォア株式会社代表取締役社長、日本振興銀行社長・会長を歴任した。
生い立ち
| 富山県立富山中部高等学校卒業。 |
| 高校時代には、サッカーでインターハイに出場した経験がある。 |
| 東京大学経済学部に進学し卒業。 |
日本銀行を経てコンサルタントへ
| 大学卒業後の、日本銀行に入行。 |
| 営業局、企画局、ニューヨーク事務所、国際局など主要部局を歴任した。 |
| 日銀時代には「織坂濠」のペンネームで文筆活動を行っており、本も出している。 |
日本振興銀行設立
| また、2003年度東京JC理事長の平将明も銀行設立計画に賛同し、さらにJC会員約90人から1億円が集められた。 |
| 同年8月20日に予備免許申請が金融庁に受理され、同日夕刻、落合、木村、平の3人が「日本振興銀行設立」記者会見を行った。 |
| 以降、新聞や雑誌など多くのメディアで「東京JCが新銀行をつくる」と事実に反する報道がされることとなり、東京JC事務局にはOBからの苦情や一般からの問合せが殺到した。 |
| 2日後の8月22日、平は「公益法人は営利企業の設立はできない。 |
| 個人の立場で記者会見に臨んだ」と東京JCメルマガを通じて見解を明らかにした「日本振興銀行に関して(経緯及び東京JCとの関わり)」『東京JCメールマガジン』(8月臨時号、2003年8月22日) |
| その後、設立資金20億円出資者の設立発起人で社長に就任していた落合は、木村や平を含む役員らに銀行役員を解任され、木村を告発するなどゴタゴタが続いた「専務も常務も「辞表」を出した「木村剛」日本振興銀行」『週刊新潮』(2004年11月11日号) |
日本振興銀行刑事事件
| なお、木村は日本振興銀行株式11,000株を保有していたが、金融庁からの検査期間中に少なくとも3,000株以上を売却していたことが明らかとなった |
日本振興銀行役員責任追及訴訟
| 2011年8月23日、整理回収機構は木村と社外取締役であった江上剛(本名:小畠晴喜)、平将明衆院議員を含む旧経営陣7人に対して50億円の損害賠償を求め東京地裁に提訴した。 |
役職
| 誠実な企業賞審議委員会メンバー(木村のKFiが関わっていた)2007年で授賞終了。 |
| 経済同友会起業フォーラム副委員長。 |
| 日本IFA認証機構副委員長。 |
| 金融イノベーション会議事務局長。 |
| 会計制度監視機構委員長代理。 |
| 金融庁金融分野緊急対応戦略プロジェクトチームメンバー。 |
竹中平蔵との関係
| には金融庁金融分野緊急対応戦略プロジェクトチームに参加し、竹中平蔵が金融担当大臣時代に金融庁顧問を務めるなど深い連携関係にあり、互いを擁護する発言を続けている。 |
| 更に日本振興銀行には異例の速さで銀行業免許が降りた(検証委員会が2011年8月、「不適切な対応」と報告書で批判している)。 |
| 木村をTBSのテレビ番組で批判した佐高信は、その後番組を降ろされた。 |
| 後にラジオで木村がレギュラー番組を持ち、竹中平蔵をゲスト出演させるなどした。 |
| 竹中がの第20回参議院議員通常選挙に立候補した際は新橋で応援演説を行った |
| 木村が理事長を務める『フィナンシャルクラブ』の最高顧問を竹中が務めていた |
| かんぽの宿のオリックスへの売却問題に関しても、郵政民営化を直接指揮し、オリックスの宮内義彦とも親しい竹中の、鳩山邦夫総務大臣批判 |
単著
| 『新しい金融検査の影響と対策―変貌する銀行経営と企業財務の革新』(TKC出版、1999年)。 |
| 『リスクヘッジ経営―財務危機を回避する10の知恵』(徳間書店、1999年)。 |
| 『「破綻する円」勝者のキーワード』(小学館、2000年)。 |
| 『通貨が堕落するとき』(講談社、2000年)。 |
| 『スモール・エクセレント・バンク―こうすれば地域中小金融機関は生き残れる』(近代セールス社、2000年)。 |
| 『投資戦略の発想法―ゆっくり確実に金持ちになろう』(講談社、2001年)。 |
| 『新しい金融検査と内部監査―改訂金融検査マニュアルの読み方』(経済法令研究会、2001年)。 |
| 『キャピタル・フライト 円が日本を見棄てる』(実業之日本社、2001年)。 |
| 『粉飾答弁』(アスキー、2002年)。 |
| 『日本資本主義の哲学―ニッポン・スタンダード』(PHP研究所、2002年)。 |
| 『小説ペイオフ―通貨が堕落するとき』(講談社、2002年)。 |
| 『竹中プランのすべて―金融再生プログラムの真実』(アスコム、2003年)。 |
| 『「会計戦略」の発想法日本型ガバナンスのスタンダ-ドを探る』(日本実業出版社、2003年)。 |
| 『マニフェスト論争 最終審判―日本の行方を見極めるカギは、マニフェストmanifesto分析にある。 |
| 』(光文社、2003年)。 |
| 『金融維新―日本振興銀行の挑戦』(アスコム、2003年)。 |
| 『戦略経営の発想法―ビジネスモデルは信用するな』(ダイヤモンド社、2004年)。 |
| 『日本再生会議―経済と社会を変える65のQ&A』(講談社、2004年)。 |
| 『借り手のための金融戦略―メガバンクに頼る時代は終わった』(光文社、2004年)。 |
| 『おカネの発想法―財産と生活を護りながら本物のおカネ持ちになろう』(日本実業出版社、2004年)。 |
| 『和魂米才の発想法―日本流でも米国流でもない企業経営』(ナレッジフォア、2006年)。 |
| 『頭が良い人は親指が太い―デキるビジネスマンなら知っている10の法則』(ナレッジフォア、2007年)。 |
| 『投資戦略の発想法〈2008〉』(ナレッジフォア、2007年)。 |
| 『投資戦略の発想法〈2010〉』(ナレッジフォア、2009年)。 |
共著
| 〈糸瀬茂〉『「日本」が破綻するとき―先送り国家の行く末を問う』(実業之日本社、2000年)。 |
| 〈金子勝・宮崎哲弥〉『日本経済「出口」あり』(春秋社、2001年)。 |
| 〈田原総一朗〉『退場宣告―居直り続ける経営者たちへ』(光文社、2002年)。 |
| 〈高橋乗宣〉『日本国の経営学―それでも日本経済は復活する!』(アスコム、2002年)。 |
| 〈三原淳雄〉『個人投資家のすすめおカネの神様に学ぶ』(アスコム、2003年)。 |
| 〈二宮清純〉『野球と銀行―なぜ日本は失敗したか』(東洋経済新報社、2003年)。 |
| 〈三原淳雄〉『騙されない社会人のための株入門―チャート分析に頼らない投資の常識』(DMDJAPAN、2006年)。 |
| 〈二宮清純〉『フォワードなき日本格差社会』(DMDJAPAN、2006年)。 |
“織坂濠”名義
| (財部誠一)『不良債権危機バブルの毒いまだ消えず』(PHP研究所、1994年)。 |
| (財部誠一)『銀行が消え行く日』(実業之日本社、1994年)。 |
| (財部誠一)『金融のゆくえデリバティブを制するのは誰か』(総合法令出版、1995年)。 |
| (財部誠一)『完全図解ひと目で金融ビッグバンがわかる本』(徳間書店、1997年)。 |
| (財部誠一)『郵貯が危ないビッグバン・民営化で郵便局は消滅する』(徳間書店、1997年)。 |
| (財部誠一)『要説改正外為法入門』(フォレスト出版、1998年)。 |
| (財部誠一)『郵貯が危ない』(徳間書店、2001年)。 |
| 『時価革命かくて日本的経営は消滅する』(徳間書店、1998年)。 |
ラジオ
| 木村剛のGOGOトーク!TBSラジオ、2010年4月3日-5月30日。 |
| 日曜日18:00-18:30。 |
外部リンク
| 週刊!木村剛poweredbyココログ-公式ブログ(2010年5月末から更新休止、のち閉鎖)。 |
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1962年
|
木村 剛(きむら たけし)は、日本の刑事事件... |
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2010年
|
木村剛のGOGOトーク!(TBSラジオ、-5月30日。... |
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