| 宇都宮隆とは小学生時代からの親友。 |
| 当時、同じクラスに転校してきたばかりでまだ友達がいなかった宇都宮隆が校庭のブランコに1人でいるのを、木根が見かけて、声を掛けた事がきっかけ。 |
| 実家は水道屋で、SPEEDWAY解散からTM NETWORKの活動が軌道に乗るまでは家業を手伝っていた。 |
| 当時よく実家の営業車を乗り回していた。 |
| ちなみに青いボティーに黄色の字で「水道110番」と書いてある車だったので、小室哲哉の実家に行くと、『近所からよく水道が壊れる家だと思われていたみたいでイヤだったんだよね』、よく助手席に乗せてもらっていた宇都宮隆は「乗せてもらうと恥ずかしいんだよ」と言われていた。 |
| (『電気じかけの予言者たち』より)。 |
| 12インチシングルをリリースしていたデビュー2,3年目頃、ダンスミュージックは自分たちのなじんだ音楽で無い為、内心戸惑っていたという。 |
| さらに1988年の小室のロンドン移住により噂になった海外進出計画が持ち上がった時、もしかしたら脱退しなきゃいけないかなと感じたこともあったという。 |
| 小室と違い車には無頓着で、「GetWild」のヒット以降も古く程度の悪い国産小型乗用車に乗っていたため、スタッフに注意されて仕方なく新車のアウディを購入。 |
| その後はシーマ等を乗り継いでいた。 |
| 現在の愛車は白のBMW・5シリーズ。 |
| デビューにあたり、当時のビジュアルコーディネーターが、小室は「三つ編みで」、宇都宮には「赤い髪でいこう。 |
| 」と決め、最後に木根のビジュアルをどうしようかと話になったところ「君は・・・・坊主頭だな。 |
| 」と発言し、危うく坊主頭でデビューさせられるところだった。 |
| しかし、本人が反発した為、「じゃあサングラスでもしようか」ということで、サングラスをかけるようになった。 |
| このあたりのコンセプトの揺れはデビューシングル「金曜日のライオン」における"正体不明の第三の男"扱いに垣間見える。 |
| 『電気じかけの予言者たち』にそんなやりとりがある)。 |
| なお、SPEEDWAY時代はサングラスをかけていない。 |
| サングラスをするようになった為、視力が0.01にまで落ちたが、2004年に視力回復手術を受け1.5にまで回復した。 |
| 唯一サングラスではなくメガネで出演していた番組はNHK教育「ソリトン・夢ときどき晴れ!」である。 |
| 彼曰く「NHKは司会者のサングラスは禁止ただし、過去に「ウォッチング」という番組ではタモリがサングラス着用のまま司会を務めていた。 |
| 」とのこと。 |
| 最終回でのライブの時は“アーティスト”として参加したためトレードマークのサングラス姿で演奏した。 |
| ラジオ番組「HITACHIFAN!FUN!TODAY」(ニッポン放送)にゲスト出演した際に、木根所有のピアノに小室哲哉が練習中盛り上ってよく鍵盤に乗られ折られて、それを瞬間接着剤で直していたと話していた。 |
| アマチュア時代に小室哲哉に貸していたハモンドオルガンが未だに貸しっぱなしになっている。 |
| 高校時代、宇都宮とTBS系テレビ公開バラエティ番組『ぎんざNOW!』に学校に内緒で出演し、学校にばれて怒られる。 |
| それで反省の意味をこめてスポーツ刈りにした。 |
| 1984年にTM NETWORKでメジャーデビューした当初、木根は「宇都宮・小室の二人をサポートする謎の第3の男」という設定とされていたためメディアにはほとんど登場せず、テレビ・ラジオへの出演や雑誌のインタビューなどのプロモーション活動は全て宇都宮・小室の二人がこなしていた。 |
| この設定は翌1985年前半まで続いた。 |
| 木根作曲の「PURESNOW」(佐々木ゆう子)について、小室が「こういう曲が作りたかった」と発言した。 |
| TMNCOLOSSEUMIおよびIIについて、ラジオで「僕が知らない間にTMのベスト盤が出た」と語った。 |
| 小室哲哉には常にいいようにあしらわれ、1999年に勝手に“マネージャー”に任命され、2004年の20周年の頃には“プロジェクトリーダー”に任命され、小室流のジョークを知らないマスコミ関係者がまに受けて、真面目に木根にインタビューした。 |
| TMは80年代は婚姻関係についての話は隠していた為、小室哲哉と木根は結婚して子供もいる事(小室は当時子供無)を隠していた。 |
| THE ALFEEの坂崎幸之助とは仲がよく、とある成人式の会場にて2人で公演をしたことがある。 |