58114
58484
725187
%E6%9C%AB%E5%BC%98%E5%8E%B3%E5%A4%AA%E9%83%8E
%E6%9C%AB%E5%BC%98%E5%8E%B3%E5%A4%AA%E9%83%8E
%E6%9C%AB%E5%BC%98%E5%8E%B3%E5%A4%AA%E9%83%8E
%E6%9C%AB%E5%BC%98%E5%8E%B3%E5%A4%AA%E9%83%8E
%E6%9C%AB%E5%BC%98%E5%8E%B3%E5%A4%AA%E9%83%8E
0
|
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
プロフィール
- 末弘厳太郎とは
- 経歴
- 社会的活動
- 人物
- 学説
- 親族
- 著書
- 関連項目
- 参考文献
- 関連サイト
末弘 厳太郎(すえひろいずたろう、1888年(明治21年)11月30日-1951年(昭和26年)9月11日)は、大正・昭和期の日本の法学者。東京大学名誉教授。正三位勲一等瑞宝章。研究対象は、民法、労働法、法社会学。 川名兼四郎門下。愛称は ガンちゃん。
経歴
| 1888年(明治21年)、大審院判事であった末弘厳石(すえひろいずし(げんせき))の長男として山口県に生まれる。 |
| 東京開成中学、正則英語学校、第一高等学校を経て、1912年(明治45年)7月に東京帝国大学法科大学独法科を優等で卒業し銀時計を授与される。 |
| 同大大学院に進み、1914年(大正3年)7月、東京帝大法科大学助教授となる。 |
| 1917年(大正6年)11月、民法研究のためシカゴなどへ留学。 |
| 1920年(大正9年)4月、法学博士号を取得し、同年9月に帰国。 |
| 1921年(大正10年)4月に東京帝国大学法学部教授に就任。 |
| 1942年(昭和17年)3月から1945年(昭和20年)3月まで東京帝大法学部長を務めた。 |
| 1946年(昭和21年)9月、同学退官。 |
社会的活動
| 石黒忠篤農相のもとで小作立法のための調査を行い、戦時下には中国農村慣行調査の中心となった。 |
| 第二次世界大戦後、東大を退職してGHQのもとで労働三法の制定に関与し、1947年(昭和22年)には三宅正太郎のあとを継ぎ中央労働委員会二代目会長となった。 |
| 1951年(昭和26年)、『日本労働組合運動史』で毎日出版文化賞受賞。 |
| また、日本水泳連盟(当時は大日本水上競技連盟)の発足に尽力し、1927年(昭和2年)には会長にも就任している。 |
| ベルリンオリンピックには水泳競技の役員として参加した。 |
| 水泳選手のために「練習10則」を1939年(昭和14年)に制定したことでも知られる。 |
人物
| 民法研究に多くの業績を残しただけでなく、労働法学の創始者にして法社会学の先駆とされる。 |
| 軽妙な語り口で書かれた『民法雑記帳』、『嘘の効用』等は法律専門家ではない一般人にもよく読まれた。 |
学説
| 末弘は、ドイツ民法学全盛の時代の日本の民法学説を概念法学であるとして徹底的に批判し、民法学の転回をもたらした革命児である。 |
| 末弘は、もともとドイツ法流概念法学の代表とされた川名門下であり、留学前に上梓した債権法各論の体系書も概念の精確を重んじたものであったが、第一次世界大戦により予定されていたドイツ留学を断念せざるを得なくなり、当初アメリカに留学することになる。 |
| 末弘は、帰国後教授に昇任すると、留学時代に研究した社会学の成果を法解釈学に持ち込み、実生活に内在する「生きた法」と国家の制定した「法律」を区別し、判例こそ具体的法律であり、判例研究をしないで、「生きた法」を知ることはできないとして、穂積重遠と共に民法判例研究会を設立した後に鳩山も参加している。 |
| 我妻栄『民法研究X』338頁。 |
| そして、当時ドイツ法学の極端な影響下にあった法律学に対し、概念と論理を弄んで「法律」を理解したかのように振る舞っているだけで「不可」と断じて徹底的に批判した上掲『物権法上巻』の序。 |
| 当時行われていた判例研究は判決に対し賛否を論じるというようなものであり、末弘が提唱した、判決の前提となった事実を詳細に調査し、従前あった判決との関係を調べて法の具体的変遷を明らかにするという手法は現在では当たり前のものとなっているが、当時は画期的なものであった。 |
| その反響は大きく、当時ドイツ流の民法解釈学を完成させていた鳩山秀夫に衝撃を与え末弘は義兄の鳩山に対しても容赦がなく、鳩山の法律学なんか話にならぬ、あんなことをやっていたんでは日本の法律学は滅びる、と云う調子であったと回想されている。 |
| 我妻・民法研究X337頁、学会を去る遠因となるにまで至る鳩山秀夫『債権法における信義誠実の原則』附録二「鳩山先生の思い出」463-465頁(有斐閣、1955年)、ただし、穂積重遠は我妻という後進に道を譲るため、我妻は石坂音四郎という論敵がいなくなったので張り合いがなくなったというのが、鳩山が学会を去った直接の原因であるとしている。 |
| 鳩山・前掲463、464頁。 |
| 鳩山の弟子である我妻栄も末弘に大学院で指導を受けており、末弘の学風を受け継いでいる。 |
| また、末弘は、「法律」と「生きた法」に乖離があるとし、国家の制定した法律に対立せざるを得ない現実の労働問題を直視して従来商法の一分野とされていた労働法の研究を進めて日本で最初の労働法の講義を行っただけでなく、欧米と異なる日本独自の「法」の現実を知るためには、日本古来の農村を調査してその慣習を知る必要があるとして法社会学の基礎を築いた上掲『農村法律問題』。 |
| 以上のように、末弘は余人の追随を許さない変幻自在の思考の持ち主であったが、後進の研究者からは末弘理論を純化承継できる人物は遂に現われなかった。 |
| 遺稿は、孤独が自分の性分であるであった和仁陽「末弘厳太郎」(法学教室178号72頁)。 |
親族
| 妻末弘冬子数学者・政治家として活動した菊池大麓の三女。 |
| 菊池家を通じ、末弘家は箕作家と姻戚関係にある。 |
| 妹池田那賀(池田克・最高裁判所裁判官の妻)。 |
| なお、鳩山秀夫の妻・千代子は菊池大麓の次女であり、末弘と鳩山が義兄弟の関係にある。 |
著書
| 『債権各論』(有斐閣、1918年)。 |
| 『嘘の効用』(改造社、1922年)(川島武宜編で冨山房百科文庫上下。 |
| のち抄版が岩波現代文庫より『役人学三則』として再編集され刊行。 |
| 2008年、慧文社より新訂版として刊行ISBN9784863300026。 |
| 『農村法律問題』(改造祉、1924年)。 |
| 『法窓閑話』改造社、1925年。 |
| のち、2008年に慧文社より新訂版刊行ISBN9784863300033。 |
| 『債権総論』(日本評論社、1938年)。 |
| 『民法雑記帳上下巻』(日本評論社、1940年、1949年)。 |
| 『法学入門』(日本評論社、1970年)。 |
関連項目
| 法律時報-毎号の表紙に「末弘厳太郎創刊」の旨記されている。 |
参考文献
| 六本佳平・吉田勇(編)『末弘厳太郎と日本の法社会学』東京大学出版会、2007年。 |
| 秦郁彦編『日本近現代人物履歴事典』東京大学出版会、2002年。 |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
川島武宜
日本の法学者、弁護士。専門は民法、法社会学。1979年学士院会員、1991年文化功労者。 |
|
|
佐高信
佐高信(さたかまこと、1945年1月19日-)は日本の評論家、東北公益文科大学客員教授。週刊金曜日編集委員・株式会社金曜日前代表取締役社長。 |
|
|
六本佳平
日本の法学者(法学博士)。専門は法社会学。東京大学名誉教授。神戸市出身。いわゆる学士助手の経歴を経ずに大学院博士課程修了により東京大学法学部助教授... |
|
|
我妻栄
山形県米沢市出身の民法学者。位階・勲等・学位・称号は、従二位・勲一等旭日大綬章・法学博士(東京大学)・東京大学名誉教授・米沢市名誉市民。文化勲章受... |
|
|
吉田勇
対話促進型調停の可能性を考える ために当事者間の対話可能性がどのようにして成り立つのかを基礎的に考える。Ⅲでは、 対話促進型調停 ... 日本社会に対話...... |
|
|
鳩山秀夫
日本の法学者、元衆議院議員。専門は民法。東京都出身。 |
|
|
川名兼四郎
川名兼四郎 【かわな-かねしろう】 1件の用語解説(川名兼四郎で検索) Tweet デジタル版 日本人名大辞典+Plus の解説 川名兼四郎 かわな-か... |
|
|
美濃部達吉
戦前の日本の憲法学者、政治家。天皇機関説を主張し、大正デモクラシーにおける代表的理論家として知られる。昭和時代には天皇機関説事件により、貴族院議員... |
|
|
菊池大麓
親
明治・大正期の数学者、政治家である。 |
|
|
美濃部亮吉
日本の経済学者、政治家である。元東京都知事(第6・7・8代)。元参議院議員(全国区)。 |
|
|
来栖三郎
日本の外交官。駐ドイツ特命全権大使としてベルリンで日独伊三国軍事同盟に調印。その後駐アメリカ合衆国特命全権大使として太平洋戦争直前の日米交渉にあた... |
|
|
穂積重遠
東京府出身の法学者。専門は民法。東京帝国大学教授・法学部長、最高裁判所判事。 |
|
|
寺田寅彦
戦前の日本の物理学者、随筆家、俳人であり吉村冬彦の筆名もある。高知県出身(出生地は東京市)。 |
|
|
大島麻衣
日本のタレント、グラビアアイドル、歌手である。愛称は、まいまい。東京都足立区生まれ、千葉県野田市出身。ホリプロ所属。野田親善大使。女性アイドルグル... |
|
|
石田眞
日本の法学者。早稲田大学教授。専門は労働法。佐藤昭夫門下。博士(法学)(早稲田大学、1996年)。東京都出身。酔っ払うとスゴいんです。 |
|
|
瀬川信久
日本の法学者。専門は民法。法学博士(東京大学)。早稲田大学大学院法務研究科教授。 |
|
|
薄田泣菫
日本の詩人。本名、淳介(じゅんすけ)。『暮笛集』『白羊宮』などで島崎藤村、土井晩翠の後を継ぐ浪漫派詩人として登場。また、象徴派詩人として蒲原有明と... |
|
|
田中耕太郎
日本の法学者、法哲学者。東京帝国大学大学法学部長、第1次吉田内閣文部大臣、第2代最高裁判所長官、国際司法裁判所判事、文化勲章受章者。日本国憲法施行後... |
|
|
末弘厳太郎さんについてのひとこと紹介
|
|
|
|