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プロフィール
- 東中野修道とは
- 略歴
- 活動
- 南京大虐殺に対するスタンス
- 名誉毀損裁判
- 単著
- 共著
- 編著
- 訳書
- 学術論文
- 関連項目
- 関連サイト
東中野修道(ひがしなかのしゅうどう、本名:修―おさむ、1947年10月19日-)は、日本の歴史研究者・著述家。亜細亜大学教授。博士(文学)(立正大学、1995年)(学位論文「東ドイツ国家保安省に関する研究」)。 吉田松陰をはじめとする幕末政治思想の研究など、専門は日本思想史・東ドイツ史だが、日本「南京」学会会長であり、「南京大虐殺」問題の研究者でもある。鹿児島県出身。
略歴
| 1971年鹿児島大学法文学部人文学科卒業(史学専攻)。 |
| 1977年大阪大学大学院文学研究科西洋史学専攻博士課程単位取得退学。 |
| 1985年西ワシントン大学客員教授(日本思想史)。 |
| 1988年ハンブルク大学客員研究員。 |
| 亜細亜大学法学部教授(政治思想史、日本思想史、政治思想史)。 |
活動
| 1998年、著書『「南京虐殺」の徹底検証』を出版し、今まで「南京大虐殺」の証拠として考えられていた資料は全て四等史料と五等史料で成り立っており、それを検証した結果、南京で「何人虐殺」と認定できる記録は一つも見つからず、「南京虐殺」と言われるものはなかった主張した『「南京虐殺」の徹底検証』p362。 |
| この著書は「南京大虐殺」の全争点となっている公文書や外国文献、外国報道などを徹底検証したものと紹介されるものであり |
| (しかし、それは私としてはできないから、何とか戦場から追放する処置にしたい)」の後ろの部分が省略されているとしている。 |
| 、漫画家小林よしのりからは「最新の研究として一番信用できる」と評され1998年12月23日号SAPIO、その一方で、歴史学者笠原十九司、秦郁彦や板倉由明からは主張に根拠が無いとの批判がなされた笠原十九司「南京事件論争史」、秦郁彦「南京事件」、「正論」平成10年6月号。 |
| この著書の記述をめぐり、新路口事件1937年12月13日、南京南東部の新路口で、2家族11人(13人とも)が日本軍将兵に襲われ、夏他一人を残して皆殺されたとされる事件。 |
| の生存者である夏淑琴から、「ニセ被害者呼ばわりされて、名誉を傷つけられた」として、名誉毀損で提訴された。 |
| 審理は南京市の地裁で行なわれたが、出版元の展転社と東中野は共に出廷しなかった。 |
| この提訴について東中野は「『南京虐殺』の真相を示したいのであれば、(名誉毀損などで)訴えるのではなく、(私の)色々な疑問に答えるのが先決ではないか」と述べている『諸君!』2001年2月号。 |
| 2006年7月には、夏は著書による名誉毀損で東京地裁に提訴。 |
| 同年8月、中国・南京市の玄武区人民法院により、東中野の賠償金支払・謝罪広告掲載・出版差し止めを内容とする判決が出された。 |
| 日本では2009年4月に版元の展転社共々賠償命令が最高裁で確定している(後述)。 |
| 2003年、論文「南京『虐殺』―第二次国共合作下のプロパガンダ」において、日本軍が南京を占領した1937年12月以後約3年間の中国国民党の宣伝工作を記録した『中央宣伝部国際宣伝処工作概要』(1941年)が台湾で発見されたと発表。 |
| 同文書では南京の虐殺の有様を著述したイギリス紙記者ハロルド・J・ティンパーリの著作内容が紹介されており、このことからティンパーリの著作は中国国民党の宣伝書籍であり、また「南京大虐殺」の根拠は崩れたという主張を展開している東中野編『南京「虐殺」研究の最前―平成15年版日本「南京」学会年報』(展転社,2003年)に収録。 |
| この主張に関するその後の議論の展開についてはティンパーリの項を参照。 |
| 2005年には著書『南京事件「証拠写真」を検証する』において、「本多勝一の『中国の旅』やアイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』などで使用されている「南京大虐殺」の証拠とされている140枚の写真を検証し、全てがトリックや捏造、関係のない写真であった」と主張したただし、東京裁判等では「南京大虐殺」の証拠として写真が採用されたことはない。 |
| また写真を自身の著書に使用した研究者はいるが、写真を根拠に南京事件の全容を推し量っている歴史学者も存在しないが、東中野は「南京虐殺があったか、なかったか、という論点ではなく、南京虐殺のものとして使われてきた写真を一つずつ検証した結果、南京虐殺の写真と言えるものは一つもなかった」と研究の目的と結果を述べているテレビ朝日『ビートたけしのTVタックル』2007年4月16日等にて発言。 |
| 笠原十九司はこの著書について、はじめから南京事件の証拠ではない写真を検証して「証拠とならない」と言ってみせることで南京事件に証拠はないと思わせるトリックを使っているものだと主張している笠原十九司『南京事件論争史』。 |
| 東中野はこの著書に関して複数のテレビ番組から意見を求められるようになって話題となったこともあり、この著書は発売年の2005年ではビーケーワンの「歴史・地理・民俗」分野の年間売上ランキングで4位 |
| 2007年には映画南京の真実製作記者会見に出席し、南京大虐殺虚構論証明への意気込みを語った。 |
| 同年3月、民主党「南京事件の真実を検証する会」の会合に参加し、「国際委員会、英米の領事、国民党中央宣伝部などの文書を検証した結果、日本兵個人の不祥事はあったが、蒋介石政府ですら非戦闘員の虐殺があったとは言っていない」と発表した2007年3月6日産経新聞(もっとも産経新聞蔣介石秘録取材班・編『蔣介石秘録』第12巻「日中全面戦争」では蔣自身が“あった”と述べたと記されている)。 |
| 慰安婦問題に対しても日本軍の責任を認めておらず、2007年6月14日にワシントン・ポストに掲載されたアメリカ合衆国下院121号決議の完全撤回を求める歴史事実委員会の全面広告「THEFACTS」にも賛同者として名を連ねた |
南京大虐殺に対するスタンス
| 不法な虐殺は見当たらないとするスタンスである。 |
| 東中野は自身の研究スタンスについて、「宇宙人がいないことを証明することと同じで、南京大虐殺を“なかった”と証明することは大変に難しく、“あった”とする証拠や証言に一定の不明瞭さも不合理さもないと確認されない限り、宇宙人も南京大虐殺も“ある”と言うことはできず、自身の研究スタイルはまさにそれ(世に出ている証拠や証言に不明瞭さや不合理さがないかの確認)だ」と述べている『「ザ・レイプ・オブ・南京」の研究』p.272。 |
| 1998年の時点では、日本軍の日記中にある「捕虜の処理」の意味について「『殺害した』という意味ではなく、捕虜の武装解除と釈放であった」と殺害そのものを否定していたが、2001年では「捕虜は戦闘の負担になるのなら自由に殺していいことは国際法で認められている」と捕虜の殺害があったことを事実上認め、その上で「捕虜の殺害は合法」と主張している『諸君!』2001年2月号。 |
| 十数万人が虐殺されたとする笠原十九司などからは激しい批判や反論がなされているが、その一方で産経新聞論説委員の石川水穂などからは「南京虐殺における優れた研究者の1人」と評されている。 |
| また、河村たかしは東中野の研究結果を元に、政府が東中野の研究を把握して歴史の再検証作業を行っているか否か、南京大虐殺紀念館に東中野が疑問視する写真が展示されているが中国へどのように対応するのか等の質問主意書を内閣に提出したことがある |
名誉毀損裁判
| 東中野は、著書「南京虐殺の徹底検証」で、新路口事件に対して次のような論理を展開した。 |
| 虐殺の様子を記したマギーの記録を引用する。 |
| :十月十三日、約三十人の兵士が南京の東南部の新路口語のシナ人の家にきて、中に入れるよう要求した。 |
| :玄関を夏という名のイスラム教徒の家主が開けた。 |
| すると、ただちに彼は夏を拳銃で殺した上、もう誰もころさないでと、夏の死体に跪いて頼むシアさんをも殺した。 |
| なぜ夫を殺したのかと夏の妻が尋ねると、彼らは夏の妻をも殺した。 |
| :それから、兵士たちは(レイプされて殺された夏の娘の)もう一人の七、八歳になる妹も銃剣で突き刺した(bayoneted)。 |
| :その八歳になる少女(the8-yearoldgirl)は傷を負った後、母の死体のある隣の部屋に這って行った。 |
| 東中野は「bayoneted」を「突き殺した」と訳し、「七、八歳になる妹」と「その八歳になる少女」は別人と解釈した上で、「別の報告による殺害人数と食い違う(殺された人間が一人多い)」「生き残った『八歳の少女』(夏淑琴)が夏夫婦の子であったとすると、『七、八歳になる妹』と姉妹になるはずである。 |
| とすると、二人は双子か、年子である。 |
| だったら「七、八歳になる妹」の年齢がはっきりしないはずはない。 |
| なので『八歳の少女』の苗字が夏なのはおかしい」などの根拠によって、夏淑琴は偽証をしており、このマギーの記録自体がデタラメであると主張した。 |
| それに対し、夏淑琴は「ニセ被害者、詐欺師呼ばわりされて、名誉を傷つけられた。 |
| 東中野氏は同じ本の後の記述では問題をboyonetを突き刺したと訳している。 |
| 故意に私をニセモノに仕立て上げて誹謗中傷するために,意図的にフィルム解説文を誤訳したのだ」として東中野を告訴。 |
| 中国では南京市の人民法院は2006年8月23日に、夏の訴えを認め東中野に損害賠償を命じる判決を出している。 |
| 東中野はこれに対する損害賠償債務が存在しないことを確認する訴えを東京地裁に出していたが、夏淑琴が反訴を行い、2006年5月15日に東京地裁で東中野を被告として名誉毀損で提訴した。 |
| 東京地裁の裁判は2007年11月2日判決が出て、東中野の全面敗訴となった。 |
| 1.東中野の解釈によれば、それまで全く出てこなかった少女がいきなり「その(the)八歳になる少女」という表現のもといきなり「傷を負った」状態で登場し,この「8歳の少女」がどこの誰であるか,どのようにして傷を負らたのかについては,その後の記述にも一切現れていない。 |
| これは極めて不自然である。 |
| 通常の研究者であれぱ「突き殺した」と解釈したことから生じる上記不自然・不都合さを認識し、その不自然さの原因を探求すべくそれまでの解釈過程を再検討して、当然に「7、8歳になる妹」と「8歳の少女」が同一人である可能性に思い至るはずである。 |
| 2.東中野は「八歳になる少女はシア夫婦の子でも夏夫婦でもない」と主張している。 |
| とすると「母の死体のある隣の部屋に這って行った」とある「母」はシアの妻でも夏の妻でもないことになるが東中野はこの「母(hermother)」に人数を示す固有の番号を付しておらず,この「母」はシアの妻か夏の妻のいずれかと理解している。 |
| これは明らかに矛盾であり、論理に破綻を来しているというほかはない。 |
| の2点を挙げ、「以上述べた2点だけからしても被告東中野の原資料の解釈はおよそ妥当なものとは言い難く、学問研究の成果というに値しないと言って過言ではない」とし、「別人と立証できていない」として |
| この判決に対して東中野側は控訴したが、控訴審で東中野は「マギーフィルムと解説文は創作物」という新たな主張をした。 |
| 東京高裁はこれに対し「一審ではマギーフィルムと解説文を本物と前提として認めていたのに二審で主張を翻すのは合理性を欠く」として2008年5月21日に東京地裁と同様に東中野と展転社に対し400万円の慰謝料支払いを命じた。 |
| 東中野側は上告したが、2009年2月5日、最高裁は東中野と展転社からの上告棄却を決定、一審判決通り、両者に対し、合計400万円の賠償を命令する裁判が確定した。 |
単著
| 社会思想の歴史十八講(アジア書房出版部,1989年)。 |
| 国家破産――東ドイツ社会主義の45年(展転社,1992年)ISBN978-4-88656-083-4。 |
| 東ドイツ社会主義体制の研究(南窓社,1996年)。 |
| 「南京虐殺」の徹底検証(展転社,1998年)(英訳TheNankingMassacre:FactversusFiction,AHistorian'sQuestfortheTruth,Tokyo:SekaiShuppan,2005)ISBN978-4-88656-153-4。 |
| 1937南京攻略戦の真実――新資料発掘(小学館文庫,2003年)ISBN978-4-09-405771-3。 |
| 南京事件――国民党極秘文書から読み解く(草思社,2006年)ISBN978-4-7942-1488-1。 |
| 南京「百人斬り競争」の真実(ワック,2007年)ISBN978-4-89831-101-1。 |
| 再現南京戦(草思社,2007年)ISBN978-4-7942-1616-8。 |
共著
| (藤岡信勝)「ザ・レイプ・オブ・南京」の研究――中国における「情報戦」の手口と戦略(祥伝社,1999年)ISBN978-4-396-61090-6。 |
| (小林進・福永慎次郎)南京事件「証拠写真」を検証する(草思社,2005年)ISBN978-4-7942-1381-5。 |
| 西尾幹二編新・地球日本史(2)――明治中期から第二次世界大戦まで(扶桑社,2005年)。 |
編著
| 南京「事件」研究の最前線。 |
| 日本「南京」学会年報平成14年版(展転社,2002年)、平成15年版(展転社,2003年)、平成16年版(展転社,2004年)、平成17・18年合併版(展転社,2005年)、平成19年版(展転社,2007年)、平成20年版[最終完結版](展転社,2008年)ISBN978-4-88656-321-7。 |
訳書
| ハインリッヒ・デュモリン吉田松陰――明治維新の精神的起源(南窓社,1988年)。 |
学術論文
| 吉田松陰の忠の思想日本思想史学第23号、1991年。 |
| TheOverAllPicturesofNankingMassacreinFeifeiLiandRobertSabellaandPrrryLink,eds.,Nanking1937:MemoryandHealing,(NewYork:M.E.Sharpe,2001).。 |
| NankingMassacreasWarPropagandaKeepingStillAlive,MihailE.Ionescued.,War,MilitaryandMediafromGutenbergtoToday(Bucharest:MilitaryPublishingHouse,2004).。 |
関連項目
| 日本「南京」学会。 |
| アメリカ合衆国下院121号決議。 |
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1947年
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東中野 修道(ひがしなかの しゅうどう、本名... |
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1998年
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著書『「南京虐殺」の徹底検証』を出版し、今... |
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