| 1993年、「ソルジェニーツィン試論」『批評空間』で評論家としてデビュー。 |
| なお、この原稿は柄谷が当時教えていた法政大学での講義に潜り込んで参加した東が、直接手渡したものである。 |
| デビュー以後多数の人文科学系誌に評論を掲載、柄谷行人・浅田彰が編集委員を務めた「批評空間」で連載した『存在論的、郵便的ジャック・デリダについて』浅田彰は、「東浩紀は『存在論的、郵便的』というシャープなデリダ論において、この時期(『グラ』1974・『葉書』など)を中期と呼び、その中期のテクストにデリダの可能性の中心を見ていますが、それには僕もおおむね賛成」と述べている。 |
| (「Re-memberingJacquesDerrida」『新潮』2005年2月号「小特集=ジャック・デリダ」参照)東は、「意図しない妊娠・その結果生まれた子・誤配」をデリダの言う「散種」である、として見出し、ラカンの「ファルス」と対置する。 |
| ラカン「ファルス」とデリダ「散種」の「対決」、及び浅田と東の「郵便」「散種」の捉え方の差異については、浅田彰 |
| また浅田は「誤解や誤配は「情報一般に伴う条件」だから不可避だし、それでいいのだ、と言い切ってしまうとすれば、それは安易な居直りでしかないでしょう。 |
| デリダに即して言えば、徹底的に正確に読もうとするにもかかわらず、いやむしろそれゆえにこそ、どうしてもズレが生じてしまう、簡単に言えばそういった問題を考えているのであって、安易なコピーが氾濫しオリジナルが雲散霧消していくのが「情報一般に伴う条件」としての「散種」だ、というようなことを言っているのではありません。 |
| 」とも述べている |
| (1999)を最初の著書として新潮社から上梓。 |
| 発売から3週間で1万3千部「哲学研究者東浩紀さん(表紙の人坂田栄一郎のオフカメラ)」AERA1999.10.4参照。 |
| 1年後には2万部に達した。 |
| 「[21世紀クリエーター](5)哲学研究家・東浩紀さん」読売新聞夕刊2000.09.29参照。 |
| またそこでは「学問の輸入業者になる気はない」「勝負はこの十年」とも述べている。 |
| と人文書としては異例の売れ行きを見せ、1999年10月4日号の『AERA』では表紙を飾った。 |
| また同書によりサントリー学芸賞を受賞。 |
| 三島由紀夫賞でもノミネート。 |
| 帯に浅田彰による帯の文の元の文を脚注にいれて見ました。 |
| 浅田の文は無論東氏を評価しているのですが、アンビギュイテな文章ですので、読者が正確な意味を自分なりに理解したほうがいいと判断しました-->自著『構造と力』が過去のものとなったことを自認した言葉が載るこの帯の元の文章の全文は以下の通り。 |
| 「東浩紀との出会いは新鮮な驚きだった。 |
| もちろん私の世代の「ポストモダン知識人」もサブカルチャーに興味をみせはしたが、それはまだハイカルチャーとサブカルチャーの垣根を崩すためのジェスチャーである場合が多く、サブカルチャーに本気で情熱を傾けるようなことはなかったと思う。 |
| 20歳代半ばも超えて、自室にアニメのポスターを張り、アニメ監督(註:庵野秀明である)に同一化して髭までのばしたりするような人間-ハイカルチャーが崩壊し尽した後の徹底した文化的貧困の中に生まれた正真正銘の「おたく」が、それにもかかわらず、自分では話せないフランス語のテクストと執拗に格闘し、しかも読者に本気でものを考えさせるような論文を書く。 |
| それはやはり驚きであり、その驚きとともに私は「構造と力」がとうとう完全に過去のものとなったことを認めたのである。 |
| この「おたく哲学」が「哲学おたく」とはまったく非なるものであることは、東浩紀の今後の活躍が証明していくことになるだろう。 |
| 」(『批評空間』II-18編集後記1998)。 |
| 1999年に、複数の雑誌に掲載された論考等を集めた評論集『郵便的不安たち』を朝日新聞社から刊行。 |
| ポストモダン論からオタク文化などについて現代社会・。 |
| 『存在論的、郵便的』で主題としたジャック・デリダ「僕にとってはデリダもアニメも同じサブカルチャーなんです。 |
| 普通の人の意識のなかで、その二つの世界が分断されているから、意外な感じがするんでしょう。 |
| 「哲学研究者東浩紀さん(表紙の人坂田栄一郎のオフカメラ)」『AERA』1999.10.4参照。 |
| また、「僕の評論は一種のエミュレーション」「デリダ論もそうだったんだけど、背景となる知識や大前提がなくても、ある題材が与えられれば、その内部で整合的に話が繋がるように読み方を捏造するというか、そういう感覚がある」と述べる。 |
| のほかに、精神分析のジャック・ラカンを援用しつつ東の、ラカンのターム「象徴界」の用い方ー例えば現在の文化状況をさして「象徴界が機能していない」としたりするーについては、精神科医斎藤環などからの、トポロジカルな関係であり、実体化できない三界(象徴界・想像界・現実界)の区分に関する、「ラカンの誤読」であり「誤り」である、という指摘がある。 |
| 『戦闘美少女の精神分析』pp40-41参照。 |
| もっとも斎藤は、この本の出版以降、東が主催したメールマガジン『波状言論』に、当時、東の招待で友好的に参加していた。 |
| 『波状言論』でも二人は,「戦闘美少女」や「おたく」についてML上で交わした議論を公開していた |
| また、斎藤は『メディアは存在しない』(NTT出版2007)1章においても、同様の指摘をし、東の情報技術メディア論を「内破主義」であるとして、かなりの疑問を呈している(本書の一貫したモチーフである)。 |
| 1996年の『エヴァンゲリオン論』(『郵便的不安たち』所収)以来、一般にはオタク系サブカルチャーとの関わりの面からの注目度が高い東は「2000年代の日本の最大の文化的発明はWiiでもケータイでもなくて2ちゃんねる」と発言している。 |
| また「小松左京先生は戦争がなければSFにいかなかったと発言されましたが、東さんは「これ」がなければ現代思想にいかなかったものはありますか?」という質問に対し、「作家名なら、小松左京、新井素子、押井守。 |
| 最近の「オタク」的嗜好は、以下の動画 |
| そこでは高橋留美子展にあわせ、過去在籍した「うる星やつら」ファンクラブ会員証を披露した。 |
| もっとも「僕は基本的にオタクは好きじゃない、オタクという集団は好きじゃないが、やはり秋葉原へ行くとこの人たちが僕を支えているという実感がある。 |
| 僕は柄谷行人と浅田彰の弟子であって、僕がやるしかない。 |
| それは純文学でもライトノベルでもケータイ小説でもない。 |
| 2000年5月には、村上隆が企画して渋谷パルコで開催された「SUPERFLAT展」のコンセプトブック『スーパーフラット』に村上隆論を寄稿「スーパーフラットで思弁する」『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)収録。 |
| 村上の作品をデリダを援用しつつラカンの「想像界」から「象徴界」への移行を軸として理論化し、「スーパーフラット」をポストモダンの最もラディカルな表現形態であると評価したこれには、浅田彰 |
| 点から1995年(オウム真理教事件・阪神大震災)以降の社会の決定的変化を無視していると判断し、デビューした雑誌でもある「批評空間」が「近くにいる他者の遠さに気がつく柔軟さ」を失っているとみなして距離をおいた『文学環境論集東浩紀コレクションL』pp508-521参照。 |
| 2001年には、『動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会』「それはそれで面白い物語ではあるものの、それが極めて強くバイアスのかかったヘーゲル的な物語だということは、言っておかなければならない」という浅田彰の指摘がある。 |
| これは『ユリイカ』誌上で2001年に連載された「過視的なものたち」をまとめたものであり東浩紀『動物化するポストモダンオタクから見た日本社会』講談社、2001年、192頁。 |
| 、「データベース消費」「動物化「動物」とはアレクサンドル・コジェーヴの『ヘーゲル読解入門』の用語からとられている。 |
| 浅田彰は、東が依拠するコジェーブの「闘争が終わる、歴史が終わる」という「予言が全く間違っていたことは、旧ユーゴスラビア紛争から二度の湾岸戦争にいたる現代史の激動、冷戦と言う歴史の中吊りが解けたような歴史の激動を見れば、誰の目にも明らか」と指摘する。 |
| 2002年には、「情報自由論」 |
| 同年には『新現実』(大塚英志編集2002-)、2003年には『ファウスト』(太田克史編集2003-)、といったサブカルチャー系、あるいはライトノベル系文芸誌の創設に関わり創設の経緯は『文学環境論集東浩紀コレクションLjournals』pp800-804参照。 |
| なお東は「いまのこの浮き足立った萌えブームやライトノベルブームのなかで、作家も編集者も、そして読者も、おおむね思考が麻痺しているように見える(・・・)。 |
| 萌えやライトノベルがもてはやされているいまだからこそ、萌えやライトノベルとはなんなのか、時代に背を向けてじっくりと考えなくてはならない」「これからは、アニメがオタク的想像力の中心を占める時代は終わり、ライトノベルとゲームの交差点にある新しいタイプの小説がその位置を占めることになる」と述べた『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)p677また実際Key作品の美少女ゲームである、『』や『』について論じている『文学環境論集東浩紀コレクションL』(講談社[講談社BOX]、2007年)pp666-670。 |
| 2003年には、RIETI(独立行政法人経済産業研究所)において、「デジタル情報と財産権」に関する研究会に加わった |
| 2006年に、ライトノベル作家の桜坂洋、GLOCOM研究員の鈴木健との共同プロジェクトとして「GEETSTATE」を開始した |
| 2ちゃんねるに東本人が、「ギートステイト」に関するスレッドを立てる |
| 2008年、『東浩紀のゼロアカ道場』を「講談社BOX」にて開催。 |
| 2009年に新潮社から小説『クォンタム・ファミリーズ』を刊行し、2010年に同作で第23回三島由紀夫賞を受賞した。 |