| グループサウンズ、村井邦彦作品。 |
| ザ・タイガース、ザ・ワイルド・ワンズ、アダムスなどのグループ・サウンズ作品を多数編曲。 |
| また、トワ・エ・モワのデビュー・アルバム『或る日突然』(1969年)などの作品への編曲により、村井邦彦の絶大な敬意と信頼を得る。 |
| 1969年、当時まだザ・タイガースのメンバーだった沢田研二のファーストアルバム『Julie』の制作に参加。 |
| 全曲安井かずみ作詞、村井邦彦作曲、東海林修編曲による書き下ろしのこのアルバムは、LPレコードといえばシングルレコード曲集などの形が主流の当時としては珍しいものであった。 |
| 『みんなのうた』「バケツの穴」。 |
| 1968年、NHK『みんなのうた』でアメリカ民謡「バケツの穴」を編曲を担当。 |
| 本格的なジャズスコアが当時の精鋭メンバー(飯吉馨、石川晶、江藤勲など)により演奏され、熊倉一雄と少女たちのユーモラスで個性的な歌唱を引き立てる。 |
| アニメーションは和田誠が担当した。 |
| 日本テレビ『笑点』テーマ曲の新アレンジを担当したのもこの頃である。 |
| 「パフ」は、東海林修指揮のもと録音中の、効果音係のハプニングであったがそのまま採用され、「笑点のテーマ」のシンボルとなった。 |
| 1969年には、伊東ゆかり主演の日活青春映画『愛するあした』のタイトル曲を作曲。 |
| 恵とも子(「なぜか教えて」)、久美かおり(「くちづけが怖い」)など、女性アイドルのデビュー曲を作・編曲。 |
| 久美かおり「くちづけが怖い」で1968年に第10回日本レコード大賞新人賞受賞。 |
| エキスポ・メイツ・ショー。 |
| 1970年、大阪万国博覧会水上ステージ「エキスポ・メイツ・ショー」(スクール・メイツ)の音楽を担当。 |
| 欧米のヒット曲や童謡メドレーの編曲、書き下ろし「愛・花・太陽」を作曲。 |
| 演奏は宮間利之とニュー・ハードが担当した。 |
| 帰国直後、NHK『ステージ101』の音楽監督に就任。 |
| (1972年4月-1973年9月放送)。 |
| 週5日を同番組のため費やすなど再び多忙な生活をおくる。 |
| なお、長髪はご法度という不文律により、それまでNHK出演が叶わなかった沢田研二を、監督就任後第1回目の放送から1ヵ月間出演させる。 |
| 上層部にはぎりぎりまで伏せるという作戦が功を奏し、既成事実となったことがきっかけで、この年に沢田研二は『第23回NHK紅白歌合戦』で紅白初出場を果たした(「許されない愛」安井かずみ作詞/加瀬邦彦作曲/東海林修編曲)。 |
| 『ステージ101』のオリジナルソング(「ヤング101のうた」)である「怪獣のバラード」(岡田冨美子作詞/東海林修作・編曲)はその後に合唱曲として親しまれ、現在も主に中学1年生のコンクール定番曲等として熱烈に支持されている。 |
| 番組で施された、当時最新の洋楽ポップスへの編曲は「10年早いアレンジ」と高く評価された。 |
| 番組専属バンド「リズム101」の当時のメンバーは、ドラム:田中清(現・田中清司)、ギター:松木恒秀、ギター:矢島賢、ベース:式部秀明、ピアノ:栗林稔。 |
| また、東海林修プロデュースのアルバム『ぼくら青春の日々』(1973年、CBSソニー)では林立夫、鈴木茂、細野晴臣=キャラメル・ママがバックで共演している。 |
| 財団法人ヤマハ音楽振興会主催で1972年10月22日に行われた、第9回エレクトーンコンクール全日本大会で審査員を務める。 |
| この大会にはエレクトーンプレイヤーとして有名な、松田昌・柏木玲子・三原善隆等が出場、松田・柏木が入賞する。 |
| 続いて10月30日に行われた、インターナショナルエレクトーングランプリコンクールでも引き続き審査員を務める。 |
| 沢田研二「危険なふたり」。 |
| 沢田研二「危険なふたり」(1973年)が大ヒット、沢田研二ソロデビュー以来初のオリコンチャート第1位(3週)を記録した。 |
| サビの終わりで沢田が大きく手足を振り上げる箇所の、いわゆる「決め」の部分は「ジュリー」の代名詞のようになり、後に石野真子「ジュリーがライバル」の曲中で、そのまま使われた。 |
| 野口五郎への作品提供。 |
| 1974年-1980年、野口五郎のリサイタル・コンサート・ディナーショーでは、全国ツアーや広島平和音楽祭等も含め音楽監督、指揮者のみならずピアニストしても、多数のステージで功績を残した。 |
| 1974年11月、野口五郎の中野サンプラザでのコンサートに向けて「愛の肖像」(山上路夫作詞/東海林修作・編曲)を書き下ろす。 |
| ストーリー性のある全編20分を越す大作、アイドル野口五郎の泣きながらの熱唱はテレビでも放映され、高い評価を得た。 |
| 1976年にリリースされた『北回帰線』(ロサンゼルスのララビー・サウンド・スタジオで録音)は、プロデュース、全曲作・編曲を手がけたコンセプトアルバムである。 |
| プロデュサーとしてジム・ゴードン(ドラムス)、ラリー・カルトン(ギター)ら総勢36名なるトップクラスのスタジオミュージシャンの起用に成功した。 |
| 収録作品の「少女よ」(麻生香太郎作詞/東海林修作・編曲)は倍賞千恵子がカバーし(1990年)、アニメ『5等になりたい。 |
| 野口五郎のアルバムやステージに向けて書き下ろした作曲・編曲作品は、のべ300曲にものぼるとみられている。 |
| シングル作品は『美しい愛のかけら/旧い喫茶店』(編曲/1975年)、『コーラス・ライン』(作・編曲/1980年)、『「Charge&GetIn』(編曲/同)の4作品のみであるが、1975年には『ひとりぼっちの栄光(NHKホール実況録音盤)』が、1976年には『北回帰線』がアルバム週間ランキングで2位まで上昇する(オリコンデータ)など絶頂期の追い風となった。 |
| ガロ「地球はメリーゴーランド」(1972年)。 |
| アグネス・チャン「ポケットいっぱいの秘密」(1974年)※キャラメル・ママとの共作。 |
| フォーリーブス「急げ!若者」(1974年)。 |
| 布施明「愛の詩を今あなたに」(1974年)。 |
| 菅原洋一「愛の嵐」(1974年)。 |
| かまやつひろし「ありの大統領」(1977年)※『まんが偉人物語』主題歌。 |
| 菅原洋一(1977年/第32回芸術祭大衆芸能部門優秀賞受賞) 。 |