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プロフィール
- 松井稼頭央とは
- プロ入り前
- 西武時代
- ロッキーズ時代
- アストロズ時代
- 東北楽天時代
- 選手としての特徴
- 人物・エピソード
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 国際大会出場歴
- テレビCM等
- 関連項目
松井稼頭央(まついかずお、本名:松井和夫(読み同じ)、1975年10月23日-)は、大阪府東大阪市出身のプロ野球選手(内野手)。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。
プロ入り前
| PL学園中学校・高等学校時代は投手として活躍し、には第64回選抜高等学校野球大会にも出場した。 |
| しかしその陰では腕の疲労骨折など故障に悩まされ、エースナンバーを返上するなどの苦節も味わっている。 |
| 一方で試合で見せる抜群の身体能力と野球センスの高さは、プロのスカウトから高い評価を受けた。 |
| 1993年のドラフト3位で西武ライオンズに入団。 |
| 入団後には持ち前の強肩と俊足を評価され内野手に転向。 |
| なお、スイッチヒッターに転向したのもこの時期である。 |
西武時代
| 3年目のに遊撃手のレギュラーをつかみ、リーグ2位の50盗塁を記録。 |
| この年のオフ、欠番となっていた石毛宏典の背番号7を継承する。 |
| 1996年からの西武退団・渡米までの8年間で通算1143試合連続出場。 |
| また1997年から2003年の退団まで打率3割、170安打以上を7年連続で記録。 |
| には史上8人目、スイッチヒッターとしては史上初のトリプルスリーを成し遂げ、20世紀センチュリーベストナインにも選出される活躍を見せる。 |
| リーグ優勝を4度(、1997年、1998年、2002年)経験したが、西武はいずれの日本シリーズも敗れており、日本一経験は一度もない。 |
ロッキーズ時代
| シーズン終盤から二塁手として先発出場し、32試合の出場ながら打率.345、2本塁打、19打点、8盗塁と好調を維持した。 |
| オフにはFAとなったが、150万ドルの単年契約を結び残留。 |
| また、不動の1番打者であったウィリー・タベラスが怪我で離脱すると、終盤には「1番・二塁」に定着。 |
| チームの終盤14勝1敗という驚異的な快進撃にトップバッターとして貢献。 |
| チームはワイルドカードによるプレーオフ進出を果たし、リーグ優勝も達成した。 |
| 10月4日には逆転満塁本塁打も放った。 |
| この日の開催地はフィラデルフィアでニューヨークの(メッツ時代の松井を知っていた)記者もいたのだが、松井自身は「今はコロラドにいるので、ニューヨークのことは話す必要がない」と試合後コメントした。 |
| ポストシーズンでは打率.304、OPS.847の好成績を残し、ワールドシリーズでは元チームメートの松坂大輔や岡島秀樹が所属するボストン・レッドソックスとの対決となり、岡島登板時に打席が回り、日本人同士の直接対決が初めて実現した(結果は空振り三振)。 |
アストロズ時代
| right|thumb|200px|アストロズ時代(2010年4月11日)。 |
| 12月2日、ヒューストン・アストロズと3年・1,650万ドル契約金150万ドル含む。 |
| 年俸は2010年まで毎年500万ドルで契約。 |
| 同年3000本安打を達成して引退したクレイグ・ビジオの後釜として期待されたが、シーズンは開幕前に故障者リスト入りしたのを始め、三度の戦線離脱を経験し、出場試合数は96試合にとどまった。 |
| 盗塁数は前年の32から20と大きく減ったのに対し、打率、出塁率は上昇しており、評価の分かれるシーズンとなった。 |
東北楽天時代
| 11月25日に東北楽天ゴールデンイーグルスと総額3億円の2年契約を結ぶ |
| 背番号は、「初心に返る」という意味で西武入団時と同じ背番号32を希望した。 |
選手としての特徴
| 西武時代は俊足、巧打、長打、強肩、守備を持つ、いわゆる5ツールプレイヤーとして評価されていた。 |
| 打撃では広角に打球を打ち分けることができ、スイングはやや大きいもののバットコントロールが良く、2007年にはバットスピードを向上させたことでコンタクト能力が向上した現役スカウト部長による“本物”のスカウティングレポート『月刊スラッガー』2008年1月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-1、34-37頁。 |
| 一塁到達まで全盛期で3.73秒徹底比較ショートストップ6人『月刊スラッガー』2003年12月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-12、13頁。 |
| 、メジャー移籍後も4.0秒を記録する俊足を誇り、盗塁成功率が極めて高く、NPB通算83.6%である。 |
| また、シーズン盗塁成功率100%記録(26個)を保持し、メジャー移籍後も2010年まで通算85%と高い数値を誇る。 |
| ただし、西武時代晩年からは打撃の向上や足腰への負担などもあり、盗塁試行数自体が控えめとなった。 |
| 守備範囲の広さ、肩の強さなど高い身体能力を活かした守備を見せる。 |
| 通常は二塁手が中継に入るライトからの返球を、西武に限っては松井が代わって行っていたこと(これは当時の二塁手でもあった辻発彦の肩の衰えもあった)や、三遊間の深いゴロを一塁にノーステップで送球してアウトにするプレーも多かった。 |
| ゴールデングラブ賞を通算4度受賞しているが、プロ野球ニュースに出演していた大石大二郎ら一部野球解説者などからは、同じリーグで同じポジションの小坂誠と比較すると失策が多いため、堅実で守備範囲が広い小坂こそが受賞すべきだという意見もあった。 |
| しかし上記のように日本人選手ではトップクラスと言われていた肩の強さがメジャーでは平均以下だったこと西武時代からメジャーのスカウトより肩の強さはメジャーの遊撃手としては平均的と評されていたMLB某球団スカウト部長による松井稼頭央スカウティングレポート『月刊スラッガー』2001年12月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-12、58-61頁。 |
| スカウティング・レポート『月刊スラッガー』2003年12月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-12、8-11頁。 |
| 、加えて人工芝でプレーした時期が長かったためか人工芝特有の「打球を待って捕る癖」などが足かせとなり天然芝での守備に適応できず、メジャー移籍後は二塁手にコンバートされるも、ロッキーズ移籍後の2007年にはゴールドグラブレベルと評価されるまでとなった。 |
| 特に一二塁間の打球に強く、2007年にはシーズン4失策で守備率.992は二塁手リーグトップ、守備防御点は同3位、UZRは二塁手メジャー2位を記録するなど数々の守備指標でも高い数値を残した。 |
| 2008年も高い評価をする向きがあったものの奥田秀樹「すべては基本が大事になります松井稼頭央の二塁守備」『週刊ベースボール』2009年8月31日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20445-8/31、28-29頁。 |
| 、プラス・マイナス・システムでは-8(メジャーワースト5位)、守備防御点では-8(メジャーワースト7位)、UZRでは-4.7(メジャーワースト8位)と悪い数値が残った。 |
| 2009年には「ファンが選ぶ最優秀守備選手」の候補に名を連ね、ダブルプレー達成数リーグ2位を記録するなど高い評価を得ていたものの、プラス・マイナス・システムでは-4、守備防御点では-5、UZRでは0.1と、数値では平均かそれ以下の数字が残ったhttp://www.fangraphs.com/statss.aspx?playerid=1854&position=2B#fielding。 |
| メジャー通算では二塁手としてUZR1.8、プラスマイナスシステム-9、守備防御点-3、遊撃手としてUZR-16.3、プラスマイナスシステム-6、守備防御点-6の数値が残っている |
人物・エピソード
| 1995年に本名から変更した登録名の『稼頭央』には「中央で先頭に立ち、活躍する」という意味が込められている稼頭央と二遊間を組む新鋭ホセ・レイエス松井稼頭央との比較『月刊スラッガー』2004年3月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-3、49頁。 |
| 松井秀喜(2011年は松井宏次)と区別するため、日本のマスコミでの表記(2011年は球場のアナウンスも含める)は「松井稼」となっているが、リトル松井(あるときでは、リトルゴジラ)と呼ばれることもある。 |
| メッツ時代には、テレビ中継でKazMatsuiと表記されたことがあり、アメリカ製のスポーツカードにはCazzoMatsuiと表記されるものもある。 |
| 夫人は元タレントの菊池美緒で、2000年1月12日に結婚。 |
| 2人の子供をもうけている。 |
| 夫人は俳優の五十嵐隼士のはとこに当たる。 |
| 1997年、第3回プロスポーツマンNo.1決定戦の総合No.1。 |
| 自慢の走力を活かし50mDASH、ショットガンタッチといったスピード系の種目でNo.1を獲得。 |
| 特にショットガンタッチでは、当時の世界記録であった12m70cmを成功させ、その後12m80cm、12m90cm、13m00cmも成功させた。 |
| ちなみにその大会の総合2位は秋山幸二。 |
| 1998年にも出場し、再び50mDASHでNo.1となるが、総合3位に終わる。 |
| 2000年にも出場し、今度はパワー系のTHEGALLONTHROWで6m00cmを見事成功させ、この種目のNo.1に輝いた。 |
| ロッキーズでチームメイトだったトッド・ヘルトンとは1995年のシーズンオフに開かれたハワイ・ウィンタートレーニングのマウイ・スティングレイズでも共にプレーしたチームメイト。 |
| ヘルトンは、会話こそしなかったが松井の守備(ピッチングも含める)に強い印象を受けたと語っている。 |
| なお、ヘルトン自身は前記の通り、会話はなかったと言っており既に忘れている事のようだが、松井本人はアクシデントで急遽マウンドに上がり相手チームから三者三振を奪い、興奮して挑発的な仕草をした直後にヘルトンから「デッドボールの報復があるから、やめておけ」とたしなめられた事を覚えていた『サンケイスポーツ』紙2007年10月17日付。 |
タイトル
| 盗塁王:3回(1997年-1999年)。 |
| 最多安打:2回(1999年、2002年)。 |
表彰
| MVP:1回(1998年)。 |
| ベストナイン:7回(1997年-2003年)。 |
| ゴールデングラブ賞:4回(1997年、1998年、2002年、2003年)。 |
| オールスターゲームMVP:2回(1997年第1戦、2001年第1戦)。 |
| 日本シリーズ敢闘賞:1回(1997年)。 |
| 月間MVP:5回(1996年9月、1999年9月、2002年6月、2002年9月、2011年8月)。 |
記録
| 初出場:1995年4月5日、対近鉄バファローズ2回戦(藤井寺球場)、8回裏に田辺徳雄に代わり遊撃手として出場。 |
| 初打席・初安打・初打点:1995年4月9日、対日本ハムファイターズ3回戦(西武ライオンズ球場)、8回裏に芝草宇宙から。 |
| 初先発出場:1995年4月23日、対日本ハムファイターズ6回戦(東京ドーム)、9番・遊撃手として先発出場。 |
| 初盗塁:1995年5月7日、対福岡ダイエーホークス7回戦(西武ライオンズ球場)、7回裏に二盗(投手:斉藤学、捕手:安田秀之)。 |
| 初本塁打:1995年8月20日、対近鉄バファローズ20回戦(西武ライオンズ球場)、4回裏に酒井弘樹から。 |
| 1000本安打:2001年7月8日、対オリックス・ブルーウェーブ18回戦(グリーンスタジアム神戸)、6回表に田村勤から2点適時打 ※史上205人目。 |
| 100本塁打:2002年7月21日、対大阪近鉄バファローズ15回戦(大阪ドーム)、1回表に高村祐から左中間へ先頭打者本塁打 ※史上222人目。 |
| 1000試合出場:2002年9月15日、対大阪近鉄バファローズ27回戦(大阪ドーム)、1番・遊撃手として先発出場 ※史上381人目。 |
| 300盗塁:2003年8月3日、対北海道日本ハムファイターズ21回戦(西武ドーム)、1回裏に二盗(投手:関根裕之、捕手:高橋信二) ※史上24人目。 |
| 150本塁打:2003年10月4日、対千葉ロッテマリーンズ27回戦(千葉マリンスタジアム)、2回表に小林宏之から2ラン ※史上132人目。 |
| 1500本安打:2011年7月26日、対福岡ソフトバンクホークス13回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)、6回表にD.J.ホールトンから中前安打 ※史上109人目(1233試合目での到達はNPB史上最速)。 |
| オールスターゲーム出場:7回(1997年-2003年)。 |
| トリプルスリー:1回(2002年)※史上8人目、スイッチヒッターは史上初。 |
| サイクルヒット:1回(2000年6月7日、対大阪近鉄バファローズ戦、西武ドーム) ※史上51人目。 |
| 7年連続シーズン150安打以上(1997年-2003年)※歴代1位。 |
| 左右両打席本塁打:3回(2000年9月12日、2001年8月20日、2003年8月1日)。 |
| シーズン三塁打:13(1997年)※歴代5位タイ。 |
| 日米通算2000本安打(2009年8月15日、対MIL戦第1打席で達成)(NPB:9年で1433本、MLB:6年目途中で567本)。 |
国際大会出場歴
| 2004年のアテネオリンピックアジア予選日本代表。 |
テレビCM等
| 大塚製薬アミノバリュー(共演:仲間由紀恵)。 |
| サントリーデカビタC(共演:深田恭子)。 |
| マスミューチュアル生命(都営バスのラッピングバスにも登場した)。 |
| 文化放送ライオンズナイター(共演:松坂大輔、西武バスのラッピングバスにも登場した)。 |
関連項目
| 埼玉西武ライオンズの選手一覧。 |
| 中村順司-PL学園高校野球部の恩師。 |
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1975年
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松井 稼頭央(まつい かずお、本名:松井 和... |
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1995年
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本名から変更した登録名の『稼頭央』には「中... |
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松井秀喜
石川県能美郡根上町(現:能美市)出身のプロ野球選手(外野手、指名打者)。現在は、オークランド・アスレチックスに所属。愛称はゴジラ。代理人は。 |
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松坂大輔
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ボストン・レッドソックスに所属するプロ野球選手(投手)。背番号は18。 |
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千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(内野手)。 |
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千葉県千葉市出身のプロ野球選手(投手)。 |
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石井一久
埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(投手)。千葉県千葉市若葉区出身。マネージメントは吉本興業スポーツ部。妻はフリーアナウンサーの木佐彩子。 |
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ハム
ハムはよしもとクリエイティブ・エージェンシー所属の漫才コンビ。2004年8月結成。NSC27期生。2011年2月28日解散。 |
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大家友和
横浜ベイスターズ所属のプロ野球選手(投手)。京都府京都市出身。 |
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松井稼頭央さんについてのひとこと紹介
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