| そもそも芸能界入りへの意志が強く、各種オーディションに積極的に応募するが軒並み不合格であった。 |
| オーディションのひとつに「西城秀樹の妹コンテスト」があり、松尾は「弟」も募集していると勘違いして応募している。 |
| 漫才ブームで人気芸人となったビートたけしに着目し、弟子入りするためにニッポン放送の通用口付近でいわゆる“出待ち”をした。 |
| しかし、人見知りである松尾は声を掛けるきっかけが掴めず、『ビートたけしのオールナイトニッポン』収録後のたけしをただ見送ることが続いた。 |
| 松尾の存在に気付いた高田文夫は、たけしに「タケちゃん、あいつヤバイよ」と警告していたという。 |
| また、松尾が切迫した表情でたけしに近づき(たけし曰く「刺されると思った『オールナイトニッポン』放送開始20周年記念特別番組『ALLDOGETHERNOW(オール・ドゲザー・ナウ)』(1986年10月1日)」)、弟子入りを志願し3番弟子となる。 |
| 初期はその異常性を前面に出して注目されており、1983年には景山民夫に(たけしに続く有望株として)「鶴ちゃん(片岡鶴太郎)、文珍、松尾ぐらいかね」と挙げられたりしている(「極楽TV」)。 |
| 1982年、たけしの内弟子時代に「オレたちひょうきん族」でデビュー。 |
| 初出演回のコントで粉まみれになり、いきなり洗礼を受ける。 |
| 近年は、ビートたけしよりも明石家さんまや小堺一機との仕事が多い。 |
| 一時期、外部修行としてさんまの付き人を務めていたこともあり、さんまとはプライベートでも非常に親しい間柄である。 |
| 40代のベテランであるにも関わらず、「まだ若手ですから」と言う。 |
| リアクション芸は芸能界でも1、2を争う。 |
| 現在、明石家さんまと出演する事が多くなったが、ひょうきん族が放送されていた時期は、一番弟子のそのまんま東(東国原英夫前宮崎県県知事)を抑えて、軍団のエース格だったと東が証言している。 |
| ある日ひょうきん族の現場で出演者が足りなかった時に、たまたま見学に来ていた松尾伴内が目に留まり、出演させたところ、面白かった為にその後軍団初の準レギュラーになった(と言っても、脇役としてほぼ毎週出演していた)。 |
| しかし、明石家電視台に出演後、女っぽい服(曰く男女兼用)を着るようになったと分かった東は、「軍団のエースだったのに…」と落胆していた。 |
| 有名なのは新幹線の売り子さんの「○○円になります」の言葉に驚いたという話。 |
| さんま絡みの仕事では、「あいうえおの、お」→「おーっ!!」などの掛け合いがお馴染みであるが、これは『痛快!明石家電視台』(毎日放送)から生まれたものである。 |
| また、明石家電視台出演時には、さんまと同じ新幹線に隣同士で乗って移動しているが、延々互いに喋り続けるので他の客が迷惑していると宮迫博之らから突っ込まれている。 |
| また、他の番組では普通の服装をしているが、『痛快!明石家電視台』では乙女チックなシースルー系の衣装でよく登場する(さんまによると同番組に限ってはスタイリストがいない)。 |
| 肩幅などは合っていない女性物だが、明石家さんまが「女物でしょ?」と聞くと必ず「男女兼用でございます」との受け答えが番組内で定番となっている。 |
| この時にさんまに服の色を尋ねられた時の、「ピンピンピンク」「ブルースカイブルー!」という答えがお約束(さんまがスザンヌの実母、キャサリン(山本清美)が経営する立ち飲み屋「キャサリン'sBAR」のカクテルに「ブルースカイブルー危ない危ない」と命名している)。 |
| 以前は名古屋のとある店で購入する事が多かったが、ファッションハウスやマジシャンショップ、フラワーショップなどで購入しており、服の値段を聞かれると「お求め易いお値段で」と答える。 |
| また1回番組で着用された服はもう着ないことになっている。 |
| そのため自宅クローゼットには「兼用」の派手な衣装が数多く押し込められており、番組内でクローゼットの写真を公開した。 |
| オーサカキングでその衣装でファッションショーをしたことがある。 |
| その時に伴内の服を着ていたモデルを見てさんまが「モデルさんが着ると似合っているなぁ。 |
| 」と語っている。 |
| ちなみに、その時のモデルは男女は大体半々の人数だった。 |
| 当番組の「楽屋トーク」では「普通」の服装で参加している。 |
| ただ、この服装は大阪(明石家電視台)でしか披露しない。 |
| 妻の栗林とは、『明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー』での共演(栗林はイメージガールとして出演していた)で知り合い、伴内が散々栗林にアタックをし続けていた。 |
| 結婚は、伴内が栗林とデートの約束をしていたが栗林は忘れており、何と伴内が10時間近く同じ場所で待ち続け、それを知った栗林が結婚を申し入れたといわれている。 |
| たけし曰く、「よく松尾なんかと結婚する気になったなあ、あいつは家に最初に彼女を連れてきて都はるみのビデオをいっしょに見せられるんだぜ。 |
| 結婚なんて一生できないとおもってたよ」(週刊ポスト「21世紀毒談」より)。 |
| 現在は双子の育児疲れにより新潟県の実家に帰ってしまった栗林のために実家の近くに家を建て、そこから仕事に通っている(「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー2008」より)。 |
| 但し近年は、東京都内に月6万円ぐらいのアパート(ガスをつけるのもかなり特殊な方法)に住んでいる。 |
| ピーナッツアレルギーを持っており、ピーナッツの入った料理を食べただけでも失神する。 |
| くりぃむしちゅーの上田晋也に似ているのをネタにしており、逆に上田も伴内に似ていることをネタにしている(上田が自身の番組で伴内の真似をすることもある)。 |
| 『明石家電視台』のエンディングコーナーでは、上田が伴内になりきり、伴内本人とともに「ダブル伴内」として登場したことがある。 |
| そして二人同時に「どちらも男女兼用です。 |
| お求め易いお値段です」と言っていた。 |
| 松尾の先祖は元々金持ちの家柄のようだが、途中の代でその資産を食い潰した人がおり、松尾伴内の代になると、かなり貧乏な生活を強いられていたという。 |
| しかし、昔の名残からか、風呂を入る際は、「お先に失礼します」と家族に言ってから入る事になっている。 |
| しかも名前を呼ぶ時も「○○様」と呼んでいたという。 |
| そんな礼儀正しい性格だが、たまにタメ口を言ってしまい怒られた事があったという。 |
| 師匠のビートたけしに食事に誘われた際、「○○食べたいか?」と聞かれ、「ああ」と言い、相当怒られた経験を持つ。 |
| また、温厚な小堺一機にもタメ口を使った為、小堺から、「今後もそういう風な言い方で呼ばれるんだ」と落胆してしまったという(しかし、それからは敬語で接しているという)。 |
| 明石家さんま曰く、「わざとではない」と言う事。 |
| 食事方法も変わっており、普通の男性のようにがっつりと食事をとらず、チマチマと食べている。 |
| 例えばロケの際にメロンパンをもらっても、袋から5mm~1cm四方のサイズにちぎって食べる。 |
| かなり時間が掛かり、一緒に同行していた雨上がり決死隊の宮迫は驚いていたという。 |
| また、明石家電視台終わりの新幹線の中でも、弁当を食べる際はおかずを一口食べて、蓋を閉めてまた食べるという変わった食べ方をするという。 |