| 翼・日向らが不在時の全日本チームを率いる事が多く、翼自身にも「おれはきみこそがキャプテンに相応しいと思ってるんだ」と信頼されている。 |
| 抜群のキープ力を持ち、一度ボールを持ったら相手に渡さない。 |
| 「おれは翼や日向のような天性のサッカーの才能はない!だから練習するんだ!才能のないやつは努力するしかないんだ!!」と、常に努力し続けるのが彼の信条である。 |
| ポジションはふらの時代はMFながら、全日本ではスイーパー、ボランチなどディフェンシブな役割を担う事が多い。 |
| ふらの小を牽引し、全国ベスト4にまで導いた。 |
| 決勝トーナメント前夜、食堂で余所見をしていたところ日向小次郎にぶつかり、殴り倒される。 |
| この時の「食堂での借り」は中学時代も言及していた。 |
| 下記に挙げるワールドユース編でも言及されることとなる。 |
| 準決勝でその日向を擁する明和FCと対決。 |
| 試合終了間際、決まれば勝ち越しが決まるPKを獲得するも、突如現れたキーパー・若島津健に阻まれ、そのまま日向に勝ち越しゴールを許し敗北する。 |
| ふらの中を率いて全国大会に出場。 |
| それまでのFWの得点力不足を補うべく、努力の末に独自の「地を這うロングシュート」を編み出す。 |
| のちに自ら「日向がタイガーショットなら俺のはイーグルショットだな」と発言したことから「イーグルショット」と名付けられるが、それまでは「荒鷲シュート」「北国シュート」とも呼ばれていた。 |
| 準決勝で大空翼率いる南葛中学と対決。 |
| 空中でもつれ地面に激突しそうになる翼を助けるなど、フェアプレーと不屈の精神で善戦するも、試合終了間際に放たれた翼のドライブシュートの前に敗北を喫する。 |
| 敗れた直後マネージャー藤沢美子の気持ちを知り、空港まで追いかけ、ついに想いを受け取ることができた。 |
| 数か月後に帰国した美子と共にふらの高校に進学。 |
| DFにコンバートし、スイーパーとして守備に貢献。 |
| オーバーラップからのロングシュート、粘り強いボールキープなど攻守両面で活躍した。 |
| 大会前の遠征試合の当初は翼の代表参加に反対していたが代表選考合宿に参加していない翼が代表入りするのは合宿で代表落ちした石田らが浮かばれないという理由、後に考えを改め翼の代表入りを認めた。 |
| しばらく日向の代わりにキャプテンを務めていたが、チームの雰囲気を作っているのは自分ではなく翼だと感じ、大会初日、その座を自ら翼に譲る。 |
| リアル・ジャパン・7に敗北したことで主力選手が一時離脱を命じられた中、一人残っていた日向に対し、「お前のいないチームは俺が守る」と言って鉄拳制裁を加え説得した。 |
| 偶然にも、【小学生編】とは逆の立場になったかつての出来事は日向に「食堂での借りを返されたな」と言われるまですっかり忘れていた。 |
| 賀茂監督が課した地獄の猛特訓に耐え抜いていくにつれ、賀茂からもチームの要として認識されるようになった。 |
| R・J・7の立場にいち早く疑問を感じ、賀茂に「正体を教えてください」と申し入れ、彼らの目的がコーチであることを知った上でチームメンバーを叱咤激励した。 |
| 大会では守備的MFであるボランチのポジションに付き守りの要となったが、ここぞという時には果敢に攻め込みイーグルショットでゴールを決める活躍も見せた。 |
| ワールドユース本戦では美子が交通事故に逢い、看病のためスウェーデンユース戦のスタメンを自ら外れるアクシデントもあったが、美子が奇跡的に回復したこと、代わりに出場した赤井止也が奮闘しながらも負傷したこと等を受け、会場に駆けつけ途中出場。 |
| チームへの詫びの気持ちをこめて全力でゲームメイクをし、勝利に貢献した。 |
| コンサドーレ札幌に入団。 |
| シュート力やディフェンス力にさらなる磨きをかけ、FC東京の三杉淳と激闘を繰り広げ、結果引き分けた。 |
| 翼や日向に続き海外に挑戦したいという野心を抱き、そのためにオリンピックで自分をアピールしたいと考えている様子。 |
| 翼のいないチームの代表キャプテン。 |
| テクモによるゲーム版では全ての能力値に秀でたオールラウンドプレイヤーとなっている。 |
| さらに「III」から必殺タックル「イーグルタックル」を覚えた。 |
| また、「雪崩攻撃」という松山のみが使える特殊チームコマンドも存在し、実行すると味方全員がゴール前までオーバーラップしてなだれ込み、敵陣への数的優位をつくりあげることができる。 |
| ただしテクモ版にはオフサイドが無いため、なだれ攻撃をオフサイドトラップとして使う事は出来ない。 |
| 「III」以降はイングランドのプレミアリーグで活躍し「IV」では翼の所属するサンパウロと、「V」では岬が所属するパリと対決した。 |
| 「Ⅴ」では大会後にイタリアリーグへの移籍が決まっている。 |
| 主な背番号は12。 |
| ふらの時代は10。 |
| 名前の由来は、作者がファンで北海道出身である松山千春から。 |