| 北海道夕張郡栗山町出身の父・松山明と地元出身の母・美代子の次男(第三子)として足寄に生まれる。 |
| 姉・弟の三人兄弟。 |
| 長兄は乳児期に肺炎で早世している。 |
| 生後間もなく股関節脱臼と診断され、札幌の北海道大学付属北大病院に半年間入院。 |
| この時に父・明は入院費捻出のため多額の借金を背負うことになり、その後の返済が家計を圧迫。 |
| このことが幼少期の人格形成に大きく影響を及ぼしている。 |
| その後、足寄西小学校を経て足寄中学校に入学。 |
| フォークソングとの出会いは小学校5年生。 |
| 幼なじみの紹介で知った岡林信康が、足寄で弾き語りのコンサートを開き、聴きに行った松山に強烈なメッセージを残したことに始まる自伝『足寄より』抜粋。 |
| 父・明は、1954年に足寄町でたった一人で旬刊紙『とかち新聞』を創刊し主筆を務めた人物(なお同紙は1984年に休刊した)。 |
| しかし経営(=家計)は苦しく、特に1965年には当時の足寄町長の不正を紙面で取り上げたことで裁判沙汰となり、町長からの圧力で購読者数が大きく減少し、松山も納豆売りをして生活費を稼がねばならないところまで追い込まれた(なおこの裁判は1969年にとかち新聞側の勝訴で終わっている)『松山千春-さすらいの青春』pp.28-30。 |
| 松山は足寄高校では卒業時に首席となるなど成績は優秀で、担任からは大学進学を勧められていたが、このような苦しい家計を踏まえ「早く働いて父を助けたい」との考えから大学進学を断念している『松山千春-さすらいの青春』p.79。 |
| 高校時代はバスケットボール部に所属しており、当時は十勝地区で「シュートの鬼」の異名を取ったという。 |
| 練習ではフリースローを75回連続で成功させたこともある。 |
| しかし当時の十勝地区では帯広柏葉高校が圧倒的な力を持つ強豪として立ちはだかっていたため、足寄高校はいつも地区2位で全道大会進出が叶わなかった『松山千春-さすらいの青春』pp.57-62。 |
| 高校卒業後は、北見市に出て、叔父が経営する小料理屋の手伝いとクラブ(ストリップショーも兼業)のバーテン兼照明係を行いながら、叔父から下宿提供等の援助を受け普通自動車免許を取得。 |
| さらに合間をみて作詞・作曲を行う。 |
| その後一時足寄に戻り、父親の仕事を手伝いながら「フォーク音楽祭」に応募。 |
| 生涯の“師”と仰ぐ竹田健二と出会うことになる。 |
| なお、1995年11月に父・明が他界、1998年4月には姉が癌で他界している。 |
| 高音でソウルフルな歌唱法と、コード進行の単純な楽曲は、素人でも真似が容易なため、コロッケやみのや雅彦を始めとして、多くの芸能人がモノマネのレパートリーにしている。 |
| 芸能人以外にも読売ジャイアンツの阿部慎之助など真似る者も多い。 |
| 元日本ハムファイターズの広瀬哲朗はスキンヘッドであることなど容姿が似ていることを現役時代からネタにしていた。 |
| 好きなテレビ番組はNHK総合テレビ『爆笑オンエアバトル』で、「NHKの深夜にやっている球を転がすお笑い番組が好き」とある番組でコメントしている。 |
| テレビ出演を「出るもんじゃなくって、見るものだから」という理由で拒否していたが、「あなたにはたくさん届いた番組出演のリクエストのハガキに何か答えなければならないはず」というプロデューサー・弟子丸千一郎の言葉に感銘を受け、TBS系『ザ・ベストテン』の出演を承諾。 |
| デビュー以来、テレビに初めて出演。 |
| その後、同番組には3回の出演を果たした。 |
| かつては滅多にテレビに出ない事を売りにしている側面もあったが、30歳になった1985年頃を境に、一転してバラエティや音楽番組、ニュース、ドラマ等にも頻繁に出演する様になった。 |
| また、関西テレビ・フジテレビ系列の『SMAP×SMAP』に出演した際、「松山が生きている限りは自分以上に歌が上手い歌手は出てこない」と、自分の歌唱力に相当な自信をみせるコメントをしたこともある。 |
| メディア出演を解禁した後もNHK『NHK紅白歌合戦』には「トリなら出る」として出場を辞退し続けている。 |
| 毒舌キャラで知られる。 |
| 自身より年上の小田和正、井上陽水、さだまさし、中島みゆき、和田アキ子らを呼び捨てにしタメ口をきいたりすることも多いが、時には相手を評価することもある。 |
| 小室哲哉に対しても『TKMUSICCLAMP』(フジテレビ)に出演した際に、「(小室の曲が)好きか嫌いかと言われれば嫌いだが、音楽性としては認める」として一定の評価をしている『Witht小室哲哉音楽対論』Vol.4(幻冬舎文庫、1997年)pp.372-374。 |
| サザンオールスターズの桑田佳祐についても、楽曲については「療養生活に合わない」と言っているが(この発言は松山が2007年に療養生活から復帰した際に発したものである)、2010年7月に食道癌の治療のため休養することを発表した際には、桑田を気遣う発言をしている。 |
| 逆に嫌いなのは武田鉄矢で、彼が敬愛する坂本龍馬も嫌いであると言う。 |
| 『HEY!HEY!HEY!MUSICCHAMP』番組本より。 |
| 地元愛が強く、「北海道を愛するフォーク・シンガーである」というポリシーを持つ。 |
| 牛肉偽装問題が発覚、大きな騒動を巻き起こした際には北海道「北の食大使・牛肉大使」に任命され、牛肉のPRで全国を飛び回っていた。 |
| スキージャンプの大ファンであり、かつて全日本ジャンプチームに大量の牛肉を差し入れているほか、ジャンプチームの応援歌として「空-翼をひろげて」を製作している。 |
| ボーカリストの素質を見抜くのが得意である。 |
| DREAMS COME TRUEの吉田美和は同じ十勝地方出身ということもあって「歌唱力がある」と何かとひいきにしているが、一方で「『LOVELOVELOVE』までは自信だが『7月7日、晴れ』は過信」「自分で自分に酔ってしまっている。 |
| ソロアルバムも聴いたが過信以外の何物でもない」として苦言を呈したこともある『Witht小室哲哉音楽対論』Vol.4pp.377-379。 |
| 他にもB'zの稲葉浩志を「自分とタイプは違うが素晴らしいボーカリスト」と手放しで認めている。 |
| 札幌に自宅があるため、コンサートで全国を回る際は、いつも新千歳空港から出発しており、北海道民は空港のロビーで度々目撃している。 |
| 特に変装することもなく、取り巻きが恐い人ということもなく(大抵はマネージャーと思われる人物が1名いる)、話しかけると、マスメディアで映っている様子と何ら変わらない気さくな人柄(例の独特のなれなれしさと北海道弁丸出し)で応えてくれる。 |
| 札幌市内でも、よく買い物をする姿は見られているが、店員に対してもいつもの調子で話しかけ、誰かれとなく人を引きつける魅力があるため、北海道民には概ね評判がよい。 |
| なお、お笑い芸人のタカアンドトシ(吉本興業東京本社所属)のトシの父親が、元マネージャーだということが、タカアンドトシが出演したバラエティ番組で明かされた。 |
| また、トシの姉がオフィス・ゲンキで働いていることも、関西テレビ・フジテレビ系列の『さんまのまんま』で明かした。 |