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プロフィール
- 松岡利勝とは
- 生い立ち
- 学生時代
- 農林水産省時代
- 政治家として
- 日本食の認証制度
- 攻めの農政
- 日豪FTA
- 対中コメ輸出
- 主な所属議員連盟
- 内閣府へのNPO申請照会、口利き疑惑
- 事務所費の不透明な支出
- 光熱水費問題
- 100万円献金使途不明問題
- その他
- 自殺
- 人物像
- 関連サイト
松岡利勝(まつおかとしかつ、昭和20年(1945年)2月25日-平成19年(2007年)5月28日)は日本の農水官僚、政治家。自由民主党所属の衆議院議員。安倍内閣の 農林水産大臣を務めたが、在任中に自殺した。典型的な族議員(建設族・農林族)として知られ、汚職などの疑惑は後を絶たず、 鈴木宗男になぞらえて西のムネオなどと呼ばれた。
生い立ち
| 熊本県阿蘇町(現阿蘇市)に貧(まず)しい農家の長男として生まれた『週刊文春8月16日・23日夏の特大号(2007年)』178頁。 |
| 父は第2次大戦中、満州で旧日本軍の憲兵をしていた。 |
| 日本に戻ってからは定職を持たず林業ブローカーのような仕事で糊口(ここう)を凌(しの)いだ父は、時には酔って松岡の母親に手を上げることもあったという。 |
| 父は非常に厳格な人物だったが、気に入らないことがあると怒鳴り散らすなど気性の荒いところもあり、周囲に怖れられた。 |
学生時代
| 中学卒業後熊本県立済々黌高等学校に進学し、空手部に入部。 |
| 親元を離れて下宿生活を送る。 |
| 2年生の時の修学旅行で東京を訪れた際に、単身で赤尾敏(大日本愛国党元総裁)を訪ね、活動への参加を志願している。 |
| 結果は断られたものの、右翼思想への傾倒は松岡にとって大きな転機になった。 |
| 防衛大学校を目指すが失敗し、2浪ののち鳥取大学農学部林学科に進学する。 |
農林水産省時代
| 国家公務員のキャリア試験に合格、林学技官として官僚人生のスタートを切り、政治の世界への足掛かりを摑んでいく『週刊文春8月16日・23日夏の特大号(2007年)』178-179頁。 |
| 大臣官房企画課、天塩営林署長、国土庁(当時)地方振興局山村豪雪地帯振興課長補佐などを務める。 |
| 1988年、林野庁林政部林政課広報官を最後に退官し、地元熊本に戻った。 |
政治家として
| 1990年の第39回衆議院議員総選挙に旧熊本1区から無所属で立候補。 |
| 当初は泡沫候補と見られていたが、北口博、松野頼三らを下し最下位ながらも初当選、以降連続6回当選している。 |
| 議員一期目に、小泉純一郎や石原慎太郎に同調して小選挙区導入に猛反対し、同じ三塚派所属の一年生議員らと共に党中枢と敵対した。 |
| 他にもコメの自由化に反対して国会前で座り込みをしたり、1994年11月の熊本市長選挙で魚住汎英と乱闘を起こすなど、武闘派として知られるようになる。 |
| 国とのパイプ役として地元での評判は良かった一方、選挙で対立候補を支援した建設会社に対して、その後公共事業の発注を行わせないようにするなどの一面もあったようである。 |
| 1995年8月8日、村山改造内閣で農林水産政務次官(翌年1月11日まで)、1999年10月29日、衆議院農林水産委員長(翌年6月2日まで)、2000年12月6日、第2次森改造内閣で農林水産総括政務次官となる。 |
| 2001年1月6日、初代農林水産副大臣となり、WTO交渉等に精力的に取り組む(同年4月26日まで)。 |
| 党内では、亀井グループを経て1998年に江藤・亀井派結成に参加。 |
| 当初は小泉改革に反対する立場だったが、衆議院予算委員会理事、衆議院郵政民営化に関する特別委員会理事を経て、小泉を積極的に支持する姿勢に転換、郵政国会を機に長年仕えてきた亀井静香・小林興起・荒井広幸・平沼赳夫ら旧亀井グループと事実上訣別した。 |
| 同年の通常国会では、2003年に解党された自由党の政党交付金を同党の党首を務めていた小沢一郎が着服したとされる疑惑を追及した。 |
| また、同年8月に郵政関連法案が参議院で否決されたことにより当時の小泉首相は衆議院の解散を決断するが、同日に小泉と改革への決意を首相官邸で語っていた人物は松岡である。 |
| 他方、これまでの主張であったコメの輸入自由化・FTAへの頑強なまでの反対姿勢を一転させたことは、従来の支持基盤だった農家からの激しい反発を招いた。 |
| 2006年9月26日、安倍内閣で農林水産大臣に就任する。 |
| 松岡は早い段階で安倍支持を表明し、松岡が地盤とする熊本県での安倍の党員得票率は75%を記録した。 |
| しかしその後、松岡の事務所費問題、光熱水費問題、献金問題等数々の疑惑が浮上し、大きな批判を受ける事となる。 |
| 安倍晋三は自身の内閣の威信を貫くため松岡を庇い続けたが、マスコミは連日のように彼の不祥事を報道した。 |
| 2007年5月28日、衆議院議員宿舎(新赤坂宿舎)で首を吊っている所を警護官らに発見され、救急車で病院に運ばれたが、既に心肺停止状態だった。 |
| 午後2時死去(62歳)。 |
日本食の認証制度
| 海外の日本食レストランに対する認証制度の導入を発案。 |
| 2006年11月に「海外日本食レストランへの信頼度を高め、農林水産物の輸出促進を図るとともに、日本の正しい食文化の普及や我が国食品産業の海外進出を後押しすること等を目的」「 |
| として、農林水産省「海外における日本食レストランの認証制度を創設するための有識者会議」を立ち上げた農林水産大臣就任後、外遊時に現地の日本食レストランで出された料理が日本食とは名ばかりの料理だったため、衝撃を受けた松岡が認証制度を発案し、松岡の肝煎りで上記会議が設置された。 |
| 松岡自身は、この認証制度を通じ、日本食用の食材として国内農産物の輸出増加を狙う戦略を描いていたとされる。 |
| 松岡は同会議の設置に際し、この制度の導入について「海外在留邦人の日本食への理解の向上」、「日本文化への関心の向上」、「農林水産物や加工食品の輸出促進」、「食品産業の国外進出推進」、「日本への外国人観光客の増加」といったメリットを指摘している松岡利勝「日本食のファンを世界に拡めたい〜海外における日本食レストランの認証〜」『 |
| 他方、海外のメディアを中心にこの制度を「スシポリス」と揶揄する報道や、日本食への認証は政府の専管事項なのか、国外独自の日本食を否定することに繋がらないか、といった報道もなされた。 |
攻めの農政
| 安倍内閣発足時の記者会見で、松岡は「私は日本の農業には未来があると考えている。 |
| その為には、日本の農産物の輸出を促進するべきだ。 |
| これまでは工業が攻め、農業は守りだったが、これからはそれではいけない」と強調し、従来の政策からの転換を表明。 |
| 日本の農林水産物の輸出促進、バイオマス利用の加速、担い手主体の経営構造の実現などを謳った「攻めの農政」を政策として掲げ松岡利勝「大臣就任挨拶」『 |
| 、農林水産大臣として精力的に活動した。 |
| 2007年1月に訪米し、アメリカ合衆国農務長官マイク・ジョハンズと会談、世界貿易機関交渉などに関する意見交換を行った。 |
日豪FTA
| 「日本の農業に打撃を与えかねない」として、日豪FTAに慎重だったが、小泉純一郎支持に回る際に賛成側に転換。 |
| 農水相としてオーストラリア側との交渉にあたった。 |
対中コメ輸出
| 「攻めの農政」の一環として、2003年以来途絶えていた中華人民共和国へのコメ輸出の再開に尽力。 |
| 2007年4月、中国の国家品質監督検査検疫総局長李長江と、日本からのコメ輸出に関する協定に調印した。 |
内閣府へのNPO申請照会、口利き疑惑
| 「WBEF」WBEFは、出資法違反容疑で福岡県警察の家宅捜索を受けた「エフ・エー・シー」の関連団体。 |
| から内閣府に提出された特定非営利活動法人申請にに関して、松岡の秘書が内閣府に対し審査状況について照会していた問題が発覚している。 |
| 照会の事実は内閣府の内部文書にも記録されているが、松岡は衆議院での答弁で照会の事実自体を否定しており、食い違いを見せている。 |
| 松岡は、内閣府で内部文書が作成されていた事実が報道されると一転して前言を翻し、衆議院での答弁が誤りであったことを事実上認めた。 |
| 認証前にもかかわらず、WBEFが自らを「特定非営利活動法人」と記載した冊子を配ったり、宣伝活動が出資法違反であるなどの理由で内閣府は2006年6月に不認証の決定を下した。 |
| 2006年3月28日付の内閣府作成文書には、2006年3月13日に松岡の秘書から審査状況を照会され、担当官が「審査中」と回答したところ、秘書から「よろしくお願いしたい」と依頼された旨が記されている。 |
| 内閣府市民活動促進課は、当該文書について「課内で内部用に作成した可能性が高いが、今は確認できない」とコメントした。 |
| 2007年1月5日、内閣府特命担当大臣高市早苗は、「昨年3月に松岡事務所の秘書と名乗る者から審査状況の照会を受けて『審査中』と回答した」、「『よろしく』という表現は憶測を招きかねない。 |
| 松岡は、2006年9月29日の記者会見において、WBEFとの繋がりについて「自分にも自分の事務所にもまったくない」、「依頼、働きかけ、関係者との接触もまったくない」と述べた。 |
| 2006年10月10日、衆議院予算委員会にて、松岡は「この組織とはまったく面識もなく、一切の関係もございません」と答弁している。 |
| 2007年1月5日、農林水産省で記者会見した松岡は、「秘書の記憶では内閣府に照会したかどうかは確認できないが、(政治資金収支報告書未記載のパーティー券の購入を仲介した)後援者は(松岡)事務所で確認してもらったといっている」と発表し、松岡の事務所が内閣府に照会したことを一転して認めた。 |
| 朝日新聞社が当事者である秘書に取材したところ、「あとで電話する」との返答があったものの、その後一切回答がなかったとされる。 |
| 2007年1月5日、内閣総理大臣安倍晋三は、「働きかけはなかったという報告を松岡大臣からも内閣府からも受けている」と発言し、「NPO自体が認可されていない。 |
| 2007年1月5日、内閣官房長官塩崎恭久は総理大臣官邸での記者会見で「働きかけや要請はなかったと聞いている」、「松岡氏自身が説明されるので、そちらの方で聞いていただきたい」と発言している。 |
事務所費の不透明な支出
| 松岡の資金管理団体「松岡利勝新世紀政経懇話会」が、賃料が発生しない議員会館に主たる事務所を置きながら、事務所費として2003年に2,600万円超、2004年に3,100万円超、2005年は3,300万円超と極めて高額な支出を計上している。 |
| また、松岡の政治団体「松岡利勝後援会」は菊陽町をはじめ4ヶ所に事務所を置いているが、事務所費として2005年に4,000万円を超える支出を計上している。 |
| 地元関係者からは、「後援会の事務所費に4,000万もの費用が発生するはずがなく『不自然』である」と指摘されている山田宏太郎・青島顕「松岡農相事務所費『4000万円は法外』05年収支元地元関係者、証言」『毎日新聞』47071号、毎日新聞社東京本社、2007年1月28日、31面。 |
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林野庁林政部林政課広報官を最後に退官し、地... |
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鈴木宗男
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日本の政治家。前衆議院議員(8期懲役刑確定に伴い2010年〈平成22年〉9月15日に失職)、新党大地代表(初代、収監中は浅野貴博が代行)。かつては国務大臣北... |
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日本の政治家、元衆議院議員(8期)。沖縄政策や科学技術政策に詳しく、経済企画庁長官、沖縄及び北方対策担当大臣、科学技術政策担当大臣、財務大臣等を歴任... |
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中川一郎(なかがわいちろう、3月9日-1月9日)は日本の政治家。元衆議院議員。自由民主党の派閥・中川派の領袖。正三位勲一等。農林大臣(第49代)、農林水産... |
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日本の国語学者。国立国語研究所所長、国語学会代表理事などを務めた。1950年代から1980年代までの日本の国語政策に関与した。 |
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日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)。社団法人日米平和・文化交流協会理事。農林水産大臣(第33代)、自由民主党幹事長(第39代)、衆議院議院... |
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