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プロフィール
- 松田聖子とは
- 概要
- 1980年代を代表するアイドル
- アイドル歌手としての松田聖子
- 音楽家としての松田聖子
- 松田聖子的生き方
- 1970年代まで
- 1980年代
- 1990年代
- 2000年代
- 2010年代
- 出自・姓
- デビュー前後
- 海外進出
- その他
- シングル
- 関連サイト
松田聖子(まつだせいこ、1962年3月10日-)は、日本の歌手、女優、実業家である。
概要
| 出生名、蒲池法子(かまちのりこ)。 |
| 1985年以降の本名は、神田法子(かんだのりこ)。 |
| 1997年に俳優の神田正輝との離婚後は生家の蒲池姓に戻るはずだったが、神田姓にしたことについてはエピソードの婚氏続称を参照のこと。 |
| 福岡県久留米市荒木町出身。 |
| 血液型A型(身長・体重は公式サイト08.12.25のデータより)。 |
1980年代を代表するアイドル
| 松田聖子は1980年代を代表するアイドル歌手である。 |
| 1980年に、「裸足の季節」でレコードデビュー(同時期「サンデーズ」としても活躍)。 |
| デビュー曲はCMタイアップで火が付き、すぐに続けざまにヒット曲を連発。 |
| トレードマークであったヘアスタイルの「聖子ちゃんカット」や、新しいアイドルとしての生き方に関しても多くの話題を集めた。 |
| 大宅壮一文庫創設以来の人名索引総合ランキングでは「松田聖子」が1位(2007年2月)となっており、「日本の雑誌にもっとも頻繁に登場した著名人」とされている。 |
アイドル歌手としての松田聖子
| 歌手としては1980年の「風は秋色」から1988年の「旅立ちはフリージア」まで24曲連続でオリコンシングルチャート(週間)1位を獲得。 |
| 楽曲の制作には2年目の6枚目シングル「白いパラソル」以降作詞に松本隆を起用し、この後作曲家の選択も含め彼のプロデュース色が濃くなる、呉田軽穂名義で曲提供をした松任谷由実はじめニューミュージック系の作家が多い。 |
| 声はデビュー当初は透明感のあるハイトーンボイスだったが、酷使のためか1年ほどで喉を壊し、ハスキーな声に変わった。 |
| しかしそれがために「キャンディ・ボイス」と言われる松田聖子ならではの独特の歌声と唱法につながったという面もある。 |
| アイドル時代の人気は圧倒的であり、様々な伝説を残した。 |
| 当時の人気の高さを端的に示す言葉としては「聖子ちゃんカット」と「ぶりっ子」が挙げられる。 |
| 聖子ちゃんカットとはその名の通り、彼女の髪型を真似た髪型であり、当時の若い女性の間で大流行した。 |
| 当時の女性アイドルの写真を見ると、どれも多かれ少なかれ松田聖子の影響を受けた髪型やファッションとなっているのがわかる。 |
| 「ぶりっ子」とは、当時の人気漫才コンビの春やすこ・けいこや山田邦子が、聖子が意識的に自分をかわいく見せようとしていることをからかった言葉であり、当時の流行語にまでなった(''詳細は本項の#ぶりっ子の節、及びぶりっ子の項目を参照'')。 |
| 1985年に俳優の神田正輝と結婚し、一時休業するが間もなく復帰。 |
| 現在も歌手としての活動を続けている。 |
| 神田正輝との間に生まれた長女はSAYAKAとして歌手デビューしており、現在はミュージカルや舞台女優として活動。 |
音楽家としての松田聖子
| 1990年代に入ると、作詞、作曲やアルバムのプロデュースにも自ら取り組むようになり、アイドル歌手ではなく、いわゆる「アーティスト」、あるいはシンガーソングライターとしての活動を展開していく。 |
| 作詞、作曲に関してはアイドル時代から手がけており、アルバム『ユートピア』では「小さなラブソング」を作詞、アルバム『Canary』で同名曲を作曲したのをはじめ、「とんがり屋根の花屋さん」(アルバム『SEIKO・TOWN』)、「時間旅行」(アルバム『SUPREME』)「シェルブールは霧雨」」(アルバム『StrawberryTime』)などの曲を作曲している。 |
| 1990年代のアルバム『1992NouvelleVague』から『FOREVER』までの6枚はセルフ・プロデュース、全曲作詞作曲(作曲の多くは小倉良の共作が基本となり、シングル曲でも「きっと、また逢える…」「大切なあなた」「輝いた季節へ旅立とう」「さよならの瞬間」などをヒットさせる。 |
| 特に、1996年発表の「あなたに逢いたくて〜MissingYou〜」は、彼女自身シングルで初めてミリオンセラー(100万枚突破)を記録し、現時点で最大のヒット曲となった。 |
| また、この時期には「私だけの天使〜Angel〜/あなたのその胸に」(1997年)など、長女への母性愛をテーマとした楽曲もいくつか発表している。 |
| 作詞家としては極めて個人的な感情を赤裸々にさらけ出す歌詞、あるいは非常に前向きな歌詞を書くことが多い。 |
| 作曲家としては長調の曲を好む傾向がある。 |
| また、最大のヒット曲「あなたに逢いたくて〜MissingYou〜」が典型であるが、同主調や平行調、あるいは属調や下属調などの近親調に転調することをアクセントに使うことが多い。 |
| これは共作者である小倉良の特徴でもある。 |
| 松田聖子は『ディナーショーの女王』として知られ、そのチケットは全歌手の中で最も値段が高い部類に入る。 |
| 東京のグランドプリンスホテル新高輪やホテルニューオータニ大阪の48,000円のチケットは即日完売で、ヒルトン名古屋では4人セットで220,000円という価格のものも存在するほどである。 |
松田聖子的生き方
| デビューから四半世紀を過ぎ、結婚、出産、二度に亘る離婚、数度の不倫スキャンダルを経てもなお、「アイドル」と呼ばれる稀有な存在である。 |
| 2007年4月9日、「松田聖子的生き方」とそれに共感する同世代の女性たちに焦点を当てたドキュメンタリー番組、NHKスペシャル『松田聖子女性の時代の物語』が放送され、放送後も『朝日新聞』の天声人語(4月15日付)にも取り上げられるなど話題を呼んだ。 |
| 同番組によれば、現在ファンの中心となっているのは「雇用機会均等法」世代の30代〜40代の女性であり、女性ファンの多さは「松田聖子的生き方」に共感する者が増えたためであるとしている。 |
| ただし、女性からの人気は結婚前の1980年代前半にすでにその兆候が見られ、1982年1月の「赤いスイートピー」によって女性ファンが増えたとされている。 |
| NHK総合テレビ「SONGS松田聖子part1」(2010年5月19日放送)。 |
| その後90年代、2000年代に渉って『女性自身』や『婦人公論』その他の雑誌、TVなどのメディアにおいて「生き方に憧れる女性有名人」「輝いてる女性有名人」「スターだと思う有名人」「永遠のアイドルだと思う有名人」などの好感度アンケートでは常に上位にランクインされ続けている。 |
| その一方では、過剰な不倫スキャンダル報道などの影響から、嫌いな女性著名人のアンケートで上位になることも多かった。 |
| 週刊誌『SPA!』では「1998年度の男が許せない女」1位、『週刊女性』では「2000年度の読者が選ぶ嫌いな女」5位、『週刊文春』では「2005年度の女が選ぶ嫌いな女」5位になった。 |
1970年代まで
| 3月10日、福岡県久留米市荒木町(当時の三潴郡筑邦町)に、同県柳川市出身で国家公務員(厚生省事務官)の父親と、同県八女市の庄屋出身の母親の長女として、母親の姉が院長夫人だった高良台病院で生まれる。 |
| 8歳年上の兄がいる。 |
| 実兄はかつてラリードライバーとして有名であった。 |
| 4月8日、カトリック系の久留米信愛女学院高等学校に入学する。 |
| 高校1年の時、「CBSソニー」主催の『ミス・セブンティーンコンテスト』九州地区大会に桜田淳子の「気まぐれヴィーナス」を録音したテープを送り合格し、九州地区大会で優勝。 |
| 全国大会は両親に反対され辞退するが、九州地区で優勝した聖子の歌声を聴いて「この子は絶対に売れる」と確信したCBSソニー制作部・若松宗雄にスカウトされる。 |
| 高校3年の時に「サンミュージックプロダクション」に所属。 |
| 歌手デビューのため上京し、堀越高等学校に転校。 |
| 日本テレビ系ドラマ『おだいじに』に「松田聖子」役で出演。 |
| この時の役名が親しみやすいとしてその後の芸名となる相澤秀禎『人気づくりの法則』(東洋経済新報社1988年4月23日)ISBN978-4492553091。 |
| (名付け親・沖紘子)。 |
1980年代
| 1月からニッポン放送『ザ・パンチ・パンチ・パンチ』にDJとしてレギュラー出演。 |
| 3月、堀越高等学校卒業。 |
| NHK「レッツゴーヤング」にサンデーズのメンバーとしてレギュラー出演。 |
| 4月1日、「裸足の季節」で歌手デビュー。 |
| デビュー当時のキャッチフレーズ(※1980年代の女性アイドルには、必ずといっていいほどキャッチフレーズが付いていた)は、「抱きしめたい!ミス・ソニー」。 |
| アイドルとして、多数の新人賞を獲得。 |
| また「聖子ちゃんカット」と呼ばれる独特のヘアスタイルが全国の女の子の間で大流行した。 |
| 「ブロマイド」の年間売り上げでトップに輝く。 |
| 4月28日、「裸足の季節」で、フジテレビ「夜のヒットスタジオ」に初登場。 |
| 7月3日、「裸足の季節」で、TBS『ザ・ベストテン』の「スポットライト」コーナーに初登場(11位)。 |
| 8月14日、「青い珊瑚礁」で、TBS『ザ・ベストテン』に初ランクイン(8位)。 |
| 9月18日、「青い珊瑚礁」で、TBS『ザ・ベストテン』の第1位を初めて獲得。 |
| 2月11日、「徹子の部屋」にゲスト初登場。 |
| 8月13日、「白いパラソル」が、TBS『ザ・ベストテン』で番組史上初となる「初登場第1位」を獲得(9072点)。 |
| 3月28日、沖縄のコンサートにて、「渚のバルコニー」の歌唱中に突然少年が工事用のプラスチックパイプを持ち、聖子の頭部を目掛けて数回殴打するという事件が発生。 |
| 少年は即逮捕されたが、聖子は右頭部と右手に全治約1週間の軽傷を負った(その後、4月5日の熊本のコンサートから復帰を果たした)。 |
| この様子は日本テレビがザ・トップテンでの放送の為に録画しており、ワイドショーで頻繁に放送された。 |
| 11月17日、「SWEETMEMORIES」(9位、6796点)と「瞳はダイアモンド」(2位、8199点)が、TBS『ザ・ベストテン』で番組史上初となる「二曲同時初登場」を記録。 |
| 父親の定年退職を機に両親を九州から呼び、以降、両親と共に暮らす。 |
| 神田正輝と結婚するまでは東京都目黒区東が丘の一軒家で、この家の門は、代表作のひとつ青い珊瑚礁」の出だし『あ〜私の恋は〜』の五線譜で飾られていた。 |
| 『ドレミファドン』のアンケートで、若い男性にとっては「結婚したい女性」のNo.1となる。 |
| 1月23日、交際を公にしていた歌手・郷ひろみと破局。 |
| 郷ひろみが破局直前、聖子に言った「生まれ変わったら一緒になろう」という台詞が話題になるが、郷側は後に否定。 |
| 5カ月後の6月24日、映画『カリブ・愛のシンフォニー』(メキシコロケ)で共演した神田正輝と東京都目黒区サレジオ教会で結婚。 |
| 結婚式・披露宴の独占放送権を獲得したテレビ朝日は、約10時間に亘りこの模様を放送。 |
| 司会を務めたのは徳光和夫。 |
| 10月1日、後にSAYAKAとして歌手デビューする長女・沙也加を東京・飯田橋の東京逓信病院で出産。 |
| 4月23日、「StrawberryTime」でTBS『ザ・ベストテン』最後のスポットライトを獲得。 |
| 2月14日、東京都目黒区の自由が丘に現在も営業中のブティック「フローレス・セイコ」をオープン。 |
| 4月28日、「Marrakech〜マラケッシュ〜」でTBS『ザ・ベストテン』最後の出演。 |
| 10月27日、「旅立ちはフリージア」でTBS『ザ・ベストテン』最後のランクイン(10位)。 |
1990年代
| 日本での移籍第1弾シングル「あなたに逢いたくて〜MissingYou〜」が8年ぶりのオリコンシングルチャート1位、売り上げ110万枚とミリオンセラーを突破し、自身最大のヒットとなり、この頃が結婚後のピークであった。 |
| 12月、父親が死去(葬儀は、菩提寺である地元福岡県柳川市の良清寺で行われた)。 |
2000年代
| 9月、かつて交際していた郷ひろみとのデュエット曲「TrueLoveStory」発表の話があり受諾・発表し世間を驚かせる。 |
| 10年ぶりに出演(障害児童の母親役)したテレビ・ドラマ『たったひとつのたからもの』(日本テレビ)が関東地区で平均30.1%、関西地区で平均23.6%(ビデオリサーチ調べ)の高視聴率となる。 |
2010年代
| 5月19日、26日の2週に渡ってNHKの『SONGS』で松田聖子スペシャルが放送され、1週目が7.5%(同番組の平均視聴率は3-4%前後とされる:ビデオリサーチ調べ)で番組史上歴代2位の視聴率となり、翌2週目には更に視聴率を伸ばし、8.3%と歴代1位となる視聴率を獲得した。 |
| 1983年に放映を開始したサントリーのTV-CMで、聖子自身が名前を伏せてSWEETMEMORIESをアニメのペンギンにあてて歌い話題となったアニメキャラクターのペンギンと27年ぶりに再びサントリーの缶コーヒー『ボス シルキーブラック』のCMで競演を果たし話題となる。 |
出自・姓
| 生家は柳川城の城主だった蒲池氏第16代目蒲池鑑盛(蒲池宗雪)の三男の蒲池統安の子孫であり、江戸時代は柳川藩家老格だった旧家福岡県立柳川古文書館、大下英治『魔性のシンデレラ。 |
デビュー前後
| デビューのきっかけとなった高校1年の時の、ミスセブンティーンコンテストの応募理由は、優勝特典が『アメリカ西海岸のディズニーランドにご招待』であり「大好きなミッキーマウスに会える」ということと、全国大会のゲスト審査員が憧れの郷ひろみであったことである。 |
| デビュー曲「裸足の季節」は資生堂の若年層向け洗顔料「エクボ」のCMソングとして起用されたが、聖子は頬にエクボができないため、CMの映像に出演したのは別のタレント(山田由紀子)だった(相澤社長は松田聖子にビジュアル的な面を期待しておらず、もっぱら歌だけでやっていこうと考えていたためCM出演させなかったと語っている)。 |
海外進出
| 1990年のアメリカでの歌手デビューのために徹底的に英語を学び、CNNのインタビューその他で堪能な英会話力を示し、また2005年の台湾におけるコンサートなどでは北京語も披露している。 |
その他
| 1983年から1984年にかけて、ソニーが発売した独自規格のパソコン「SMC-777」、「SMC-777C」及びMSXパソコン「HB-55」のイメージキャラクターとなり、CMにも登場。 |
| 2001年から2005年ごろは娘の神田沙也加と音楽番組やバラエティー番組で共演していたが、2005年以降は自身の旧来ファンである著名人と共演している『うたばん』で聖子の大ファンだという米良美一と共演。 |
シングル
| 首位獲得数25作まで記録を伸ばすが2000年10月にB'zに抜かれるまで(1983年2月~2000年10月)の約17年8ヶ月間首位獲得数1位を保持していた。 |
| 女性アーティト・ソロ部門では2006年3月に浜崎あゆみに抜かれるまで(1983年2月~2006年3月)の23年1ヶ月間首位獲得数1位を保持していた。 |
| 3作目の「風は秋色/Eighteen」~26作目の「旅立ちはフリージア」(1980年10月~1988年9月)まで首位1位獲得数を保持し、上記に続いて12枚目のシングル「秘密の花園」でピンク・レディーの首位連続数9作を抜いて首位連続最高数単独1位を記録保持する。 |
| 34作目の「大切なあなた」で沢田研二の総売上最多枚数を抜き総売上枚数単独1位になり、(1993年5月~1994年8月)まで総売上最多枚数記録を保持していた。 |
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1962年
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松田 聖子(まつだ せいこ)は、日本の歌手、... |
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1977年
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カトリック系の久留米信愛女学院高等学校に入... |
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投票数
8
| ふりがな |
まつだせいこ
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| 性別 |
女性
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| 出身地 |
福岡県
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| 生年月日 |
1962/3/10
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| 血液型 |
A型
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| 職業 |
アイドル
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| 所属 |
ファンティック
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| Twitter |
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つながりの強いひと
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