| (※活動上の方針・関連エピソード・出演作品などについては、対応する各章を参照)。 |
| 小学生の時に、映画『さらば宇宙戦艦ヤマト愛の戦士たち』を観たことがきっかけで「声優」の存在を初めて意識する書籍『MEGUMINDEX―林原めぐみINTERVIEWBOOK』(音楽専科社:2007年)あとがきより。 |
| また、同じくデビュー前である小学生の時には、『銀河鉄道999』関連のイベントに参加して、会場に不在だった池田昌子に代わってメーテル役を演じた事がある。 |
| 高校時代に卒業後の進路を決定にするにあたり、過去に父親が病気で倒れたことや手に職をつけたいという考えから、当初は国家資格を取得して看護婦になることを目指した著書『明日があるさ〜SWEETTIMEEXPRESS〜』(角川書店・2002年)第1章その4ヒストリー編④―受験その1―より。 |
| しかしながら、願書を提出に行った看護学校の受付の憮然とした態度に怒り、受験のために自ら戒めていたマンガを本屋で立ち読みしていたところ、アーツビジョンの無料新人オーディションの広告を発見し怒りに任せて応募著書『明日があるさ〜SWEETTIMEEXPRESS〜』(角川書店・2002年)第1章その1AR編①―声優になりたかったわけ―より。 |
| オーディションにおいては成績もさることながら、たまたま持っていたミカンを審査員に配ったことで「ミカンの子」として強烈なインパクトも残し、アーツビジョン付属日本ナレーション演技研究所第1期生特待生として合格(ただし、林原本人はミカンの件を覚えていない)著書『明日があるさ〜SWEETTIMEEXPRESS〜』(角川書店・2002年)第1章その1AR編②―養成所オーディション―より。 |
| こうしたことから、「声優を目指すのであれば、看護学校を卒業して看護婦免許を取得しろ」という両親の条件に従い、看護学校と声優養成所を3年間両立させて通うこととなった著書『明日があるさ〜SWEETTIMEEXPRESS〜』(角川書店・2002年)第1章その4ヒストリー編(注意書き)より。 |
| 1986年、『めぞん一刻』の幼稚園児B・近所の女役でアニメデビュー(アフレコ作業およびアニメ登場では「近所の女」役の方が早いが、多くのプロフィールや本人の発言では幼稚園児B役がデビューとされている)。 |
| 同期は荒木香恵荒木も1986年にめぞん一刻で声優デビューしており、役も似通った保育園児である。 |
| 音響監督の斯波重治、声優の先輩である千葉繁や神谷明などの指導を受けながら、多くのモブキャラクターに声を充て実力をつけていく。 |
| 特に千葉繁においては自身の師匠であると公言している『林原めぐみのTokyoBoogieNight』、第1010回(2011年9月3日・4日)放送分より。 |
| 1988年、『魔神英雄伝ワタル』の忍部ヒミコで自身初のメインキャラクター役を獲得。 |
| 第1話のアフレコ作業が看護学校の卒業式と重なってしまったために新人ながらにして抜き録りを行うという出来事もあった。 |
| また、この時期は他に3本のレギュラーの仕事(『おそ松くん』『燃える!お兄さん』『いきなりダゴン』)が決まっており、それらをこなした空き時間に看護師として個人病院でアルバイトをこなす生活を送っている個人病院で働いた理由は、大学病院や国立病院では夜勤シフトなどによって時間が自由にならず、声優業に支障をきたすためである。 |
| 書籍『山寺宏一のだから声優やめられない』第15回ゲスト林原めぐみp154-155より。 |
| 1989年、『らんま1/2』の女らんまを担当。 |
| 上記の忍部ヒミコも含め、80年代の終わりには既に主役級のキャラクターを数多く演じるようになっており、以降の人気の足掛かりとなった。 |
| また、最終的な進路には悩んでいたものの、監督や先輩の助言もあり、それまで並行させてきた看護師のアルバイトを辞めて声優業に専念した。 |
| 1990年、サンリオピューロランドが開園し、以降、同園その他ほとんどの作品でハローキティの声を4代目声優として担当。 |
| 1995年、社会現象にもなった『新世紀エヴァンゲリオン』で綾波レイ、新世紀エヴァンゲリオンとともにメディアミックス作品として重要な位置づけを持つ『スレイヤーズ』でリナ=インバースを演じる。 |
| 特に綾波レイは、それまで活発な役を演じることの多かった林原にとっては異色のキャラクターでもあり、大きな話題となった。 |
| 1997年、『ポケットモンスター』が放送を開始し、以降同シリーズでムサシや数多くのポケモンの声を演じている。 |
| 1998年3月、自身の誕生日に合わせて入籍。 |
| 2日後に行われた自身のラジオ番組の公開録音において、突如ウエディングドレス姿で登場。 |
| 結婚したことを発表し、ファンを驚かせた著書『明日があるさ〜SWEETTIMEEXPRESS〜』(角川書店・2002年)巻末に写真、アルバム『VINTAGEA』特典ビデオ内にも一瞬だが映像がある。 |
| 1999年、『名探偵コナン』で灰原哀を担当。 |
| 1999年6月、それまで所属していたアーツビジョンを退社し、個人事務所であるウッドパークオフィスへ移籍。 |
| ただし、ウッドパークオフィスでは自身のスケジュール管理のみを行っており、事実上、林原はフリーランス扱いになっている。 |
| 2002年10月、フジテレビ系列の世にも奇妙な物語2002年秋の特別編の一話、「声を聞かせて」では篠原みゆき役で声だけであるが初のドラマ出演となった。 |
| 2004年1月、自身のラジオ番組で妊娠を発表。 |
| 6月に女児を出産。 |
| これらは当時Yahoo!JAPANのニューストピックスや各スポーツ新聞などでも報道された。 |
| 出産以降は家庭に重点を置くために半休業状態をとっており、産休前からの継続出演作品(『ポケットモンスター』シリーズ、『名探偵コナン』、『それいけ!アンパンマン』、『新世紀エヴァンゲリオン』、サンリオ関連、自身のラジオ番組、過去の出演作が関わるゲーム(スーパーロボット大戦シリーズ、ガンダムシリーズ)など)を中心に活動している。 |
| その他の仕事は家庭の事情や拘束時間等に都合がついた場合に新規(例:映画『パプリカ』・『マルドゥック・スクランブル』、朗読劇HYPNAGOGIA、TVやCMのナレーションなど)のオファーを受けたり楽曲制作を行うというスタイルが基本である。 |
| 本来、声優は仕事をとるために積極的にオーディションを受けるが、オファーを待つ形で仕事を受ける声優は稀である。 |
| 声優としてのキャリアは豊富であり、女性ではローティーンからハイティーンの可愛らしく活発な役、まったく対称的に寡黙で神秘的な役、さらにクールな大人の役まで幅広く演じているほか、少年役や動物役なども器用にこなす。 |
| 作品を深く読み込んで、「キャラクターの設定や人物像を自分に呼び込む」という役作りから、自身を「イタコ声優」と呼んでいる。 |
| 朗読劇は何度か出演したことがあるが、偶然にもオファーがないので舞台演劇はいまだ未経験。 |