| 無類の焼きそば好きで、いつか焼きそば屋を開きたいとたびたび語っている。 |
| 漁港の町として知られる静岡県清水市で育ったこともあり、魚・刺身が大好物。 |
| 肉は苦手だったが健康を考えて食べるようになった。 |
| 俊足で、小中学校学時代には体操部や野球部に所属していたが、高校時代にはなぜか模型部に所属しリヤカーを作っていたと言う。 |
| 運動全般が得意で、ユースサッカーのクラブからスカウトされた経験がある。 |
| 静岡県のサッカー選抜に選ばれた際、練習中にとんでもないドリブルテクニックを持つ少年がいた。 |
| そのことがきっかけで自信を喪失し、自分のサッカー人生にピリオドを打ったのだが、その少年は後の日本代表田中誠(アビスパ福岡)であった。 |
| 地元のサッカークラブである清水エスパルスのファンである。 |
| 昔いじめられっ子だったときにボクシングを始め、以降も体を鍛えている。 |
| 「東京フレンドパークII」のウォールクラッシュに挑戦した際、一度の跳躍でCLEARゾーンまで達成した。 |
| 「Qさま!!」では、8段の跳び箱でハンドスプリングを披露し、15段の跳び箱を1回で飛び、鬼ごっこでは松野明美と戦って2勝1敗で勝ち越した。 |
| ただしジョセフ・オツオリ、ベン・ジョンソンなどが鬼だったときは、柴田だけが他の参加メンバーよりも本気で追いかけられたため、競技開始後早々に捕まえられた。 |
| 同番組の「10m高飛び込み」では公式記録として最速の2秒(詳しくは原西孝幸の項も参照)でプールに飛び込んだ。 |
| ほかにも「シーソービビリ橋」(全長15m・高さ10m・幅45cm)ではスタートと同時に全力疾走し、途中に配置されたバナナの皮やシーソーを飛び越えてゴールに駆け込み3秒(ほかの挑戦者は10分程度)でのゴール記録を残した。 |
| 同番組の2008年のプレッシャースタディ企画では「漢字検定試験」を受験し、漢検2級に合格した。 |
| 」の「海女さん生活2泊3日」では、プロでも難しいとされるクロアワビを獲りプロの海女さんに賞賛された。 |
| くりぃむしちゅーとの付き合いが長く、特に上田晋也とプライベートで親しい付き合いがある。 |
| 若手の頃は上田の家によく遊びに行っていたらしく、上田にさまざまないたずらを仕掛けてはわざと怒らせようと企んだが、上田はまるで怒らなかったらしい。 |
| 上田の好きなミュージシャンのライブに一緒に行ったときのエピソードなどをラジオ番組シカゴマンゴで語ったことがある。 |
| 伊集院光との交流が深い。 |
| ラジオ番組月曜JUNK「伊集院光深夜の馬鹿力」(TBSラジオ)では、柴田が包茎であることをバラされたり、伊集院の原付バイクを長い間借りていたなどのエピソードがある。 |
| 2002年の「伊集院光深夜の馬鹿力」(TBSラジオ)のスペシャルウイークで、「伊集院がラジオ局内の廊下で原付きバイクに甘く轢かれた!?」というネタ企画が行われ、柴田は原付バイクに乗ってラジオ局の廊下でスタンバイした。 |
| あわや伊集院は轢かれそこない、伊集院の動揺と柴田のキレっぷりのやり取りが繰り広げられ「伊集院光深夜の馬鹿力」のスペシャルウィークならではの迫力と笑いが生放送された。 |
| なお、廊下のじゅうたんにはタイヤの痕が黒々と残ってしまい、スタッフは必死でじゅうたんの掃除と後片付けに追われたらしい。 |
| 伊集院はTBSラジオ『JUNK座談会』にて「もしもコンビを組むなら、JUNKのパーソナリティ達の中で誰を選ぶか?」という質問に「柴田」と答えている。 |
| また、2007年の夏のオフには、伊集院光、柴田、他若手芸人2人と共に北海道の旭山動物園に一泊旅行をした。 |
| 雨上がり決死隊の宮迫博之は、柴田と一緒に中華料理店へ食事に行った際に、初対面の店員に気さくに話しかける柴田を見て、プライベートでもネアカな柴田の様子に驚いたと語った。 |
| 若手の頃は、相方やバナナマンの日村勇紀、ビビる大木と同居をしていた時期があった。 |
| 当時はビビる大木と同居しており、大木のコンビ仲のほうもうまくいっていなかったことから、いっそ大木を新しい相方に迎えて新コンビを結成しようかと真剣に考えた、と昔の思い出をラジオ番組シカゴマンゴで語ったことがある。 |
| コーヒーが全く飲めないが、「内村プロデュース」の心理学の企画では、内村光良の差し入れたコーヒーを飲んだことがある。 |
| 2006年夏のとんねるずのみなさんのおかげでした「モジモジくんHYPER」出演時にメガネを壊し、それをきっかけに番組中にメガネを踏んづけたり壊したりする事が定番ネタとなった。 |
| 2011年「からだの不思議ミラクルTV」の企画では、視力9.0という東南アジアの海洋民族と共に、ふんだんな自然環境の中で約1ヶ月間の生活をした。 |
| 柴田がかつて住んでいた自宅マンションの下の階に、アカペラグループ「RAG FAIR」「ズボンドズボン」のメンバーである土屋礼央が住んでいた。 |
| そのことを知らなかった柴田は、土屋のギター音に対し「うるさい!」と抗議していたのだが、後にテレビ番組を見ていて同じマンションに住んでいることを知り、「虎の門」で告白、謝罪した。 |
| 歌・音楽が得意で「爆笑オンエアバトル」特別番組ではリードボーカルを担当し、「カントリーロード」の演奏に参加したことがある。 |
| 「歌スタ!!」のオーディションでTHE BLUE HEARTSの青空を歌い、ミュージシャンの堂島孝平に歌声を認められ「相当かっこつけていいと思いますよ」と評価された。 |
| 2006年2月1日、堂島孝平が手がけた曲『だまって俺についてこい/シバタのSoShe,SoI』(徳間ジャパンコミュニケーションズ)をCDリリースした。 |
| 音楽グループのケツメイシとの交流があり、ライブツアーにスタッフとして参加したことがある。 |
| 2010年11月23日、所属事務所の代表取締役である玉川大によって、関係者に挨拶を済ませ復帰への準備を進めていることが明かされ、2011年1月から芸能活動 |
| 柴田は復帰後に東京スポーツの紙面で、休業中に入院したことやコンビで食事に行ったことなどを語った。 |