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プロフィール
桂菊團治(かつらきくだんじ)は、上方落語の名跡。現在は空き名跡となっている。
初代
| 初代桂菊團治(生没年不詳)は、本名、享年とも不詳。 |
| 『落語系圖』によれば、2代目桂文團治(後の7代目桂文治)の門下に初代菊團治の名が見られるが、詳細については全く不明である。 |
2代目
| 2代目桂菊團治(1878年-?)は、本名:菊堂聴圓。 |
| 京都市中京区醒ヶ井の安養院という浄土宗寺院の息子。 |
| 本山・知恩院の学寮へ通っているうちに寄席通いに明け暮れるようになり、ある晩、素人ながら穴の空いた席の高座を勤めたところ好評を得、以後、毎夜の高座を勤めるようになった。 |
| それが檀家に知られ、寺を追放されたが、1897年頃に京都に活動拠点をいていた初代笑福亭圓篤の門下になって笑福亭小圓、その後大阪に出て1907年に2代目桂文團治(後の7代目桂文治)の門下で2代目菊團治を襲名した。 |
| 僧侶出身という事で『鳥屋坊主』『宗論』などを得意とし、独特の妙味を出していた。 |
| 後に大阪に出て怪談噺を演じる。 |
| 法善寺紅梅亭のヘタリを勤めると共に、教員出身の3代目桂文昇と組んで「記録術」を売物にし、二人で新作落語や大津絵節の合作もした。 |
| 僧籍にあった人らしく、茶道や華道など多趣味であった。 |
| 特に茶道は藪内流の宗匠で、千家の家元とも交流があり、大実業家の野村家にも出入りしていた。 |
| 大正末年頃には落語界から遠ざかり始め、以降は茶道師範の肩書きで生活していたと思われる。 |
| 昭和10年代末に死去した模様である。 |
出典
| 『落語系圖』(月亭春松編)。 |
| 『古今東西落語家事典』(平凡社、1989年)。 |
| 『古今東西噺家紳士録』(CD-ROM、APP、2005年)。 |
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1907年
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2代目桂文團治(後の7代目桂文治)の門下で2... |
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つながりの強いひと
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桂文團治
上方落語の名跡。文団治とも表記する。初代が、師匠・桂文枝の「文」、歌舞伎の初代市川右團次の「團」、桂一門の宗家・桂文治の「治」から「文團治」とした... |
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日本の実業家。両替商の野村徳七(初代)の長男で野村財閥を築いた二代目(幼名は信之助)。 |
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桂文吾
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上方落語の名跡。現在は空き名跡となっている。 |
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桂文左衛門
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笑福亭吾竹
上方落語の名跡。笑福亭一門の由緒名である。現在は空き名跡となっている。 |
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桂文三
碁盤の上に山桐一本歯の下駄をはき、両手両足、果ては顔にまで、松模様の金泥の扇子を広げる技巧的な踊りである。人気者となった扇枝は、1894年7月(明治27年... |
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桂小文枝
上方落語の名跡。初代と3代目は桂文枝の前名として名乗った。3代目の5代目文枝襲名に伴い、現在は空き名跡となっている。 |
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桂家雁篤
落語家(上方噺家)、軽口師。享年65。初め4代目林家正三の門下で正助を名乗る。後に初代桂文團治の門下で桂篤團治を名乗る。師匠の死後、兄弟子である7代目... |
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千少庵
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桂文之助
落語家の名跡。上方と江戸の二流あるが、いずれも空き名跡となっている。また、上方の方は大名跡である。 |
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桂菊團治さんについてのひとこと紹介
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