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プロフィール
- 樋口恵子とは
- 経歴
- 人物
- 出演番組
- 著書
- 編著・共著
- 翻訳
- 補注
樋口恵子(ひぐちけいこ、1932年5月4日-)は、日本の評論家。東京家政大学名誉教授。父は考古学者の 柴田常恵。広く首都圏各自治体主催の講演会などで活動。男女共同参画審議会のメンバーの一人。元共同通信記者で創価大学・東京女子大学教授、日本ジャーナリスト会議副議長を務めた 新井直之とは事実婚の関係にあった。
経歴
| 1956年、東京大学文学部美学美術史学科卒業。 |
| 在学中、同大新聞研究所で特別研究生としてジャーナリズムを研究。 |
| 時事通信社、学習研究社、キヤノン勤務ののち、1971年、フリーの評論家となり、女性問題、福祉、教育の分野で評論活動を行う。 |
| 1986年から2003年まで、東京家政大学教授を務めた。 |
| 2003年4月13日、民主党副代表の円より子から要請を受け、2003年東京都知事選挙に出馬。 |
| 選挙戦で自身と同い年の現職石原慎太郎を「軍国おじさん」、自らを「平和ボケばあさん」と称し、生活者ネットや社民党、みどりの会議からも支援を受け、反石原色を鮮明にして戦ったが、石原に二百万票以上の大差をつけられ敗れる大惨敗を喫した。 |
人物
| 2005年に業界の風雲児と持て囃されていた当時のライブドア社長・堀江貴文がニッポン放送の株式を時間外取引で取得した際には、それを強く支持していた。 |
| 「定年夫は産業廃棄物(粗大ゴミ、濡れ落葉とも)」と表現して批判される。 |
| 2009年に逮捕された村木厚子・厚生労働省雇用均等・児童家庭局長について、「無実の村木厚子さんの解放を求めます」との声明を発表した。 |
| 2010年8月14日放送の「愛川欽也のパックインジャーナル」にて、同年8月10日に発表された菅直人内閣総理大臣談話について、「(日本が韓国を植民地支配していた)事実に関して、節目ごとに36回でも、100回でも謝り続けて100年友好状態を続けていくと日韓の歴史も変わって行くだろうと思う。 |
| 」と語り、世代間で歴史認識に対する考え方が違うことを危惧している。 |
| この意見に対して一緒に出演していた横尾和博は「(50歳代、40歳代の人は)歴史の勉強を全然してないのだろう」、立教大学教授の山口義行は「松下政経塾の固まった教育のせい」と分析した。 |
| ホスト役である愛川欽也は特に山口の意見に同調している。 |
| 同じ2010年8月14日放送の「愛川欽也のパックインジャーナル」にて、自民党の55年体制での教育行政を批判し、「自民党の教育行政の一番悪かったことは若い人に現代史を教えてこなかったこと。 |
| 高校の歴史教育で明治維新以降の歴史を教えず素通りするからオウム真理教のような人が出てくる」と語り「せっかく民主党政権になったのだから」と教育改革への期待を述べた。 |
出演番組
| 愛川欽也パックイン・ジャーナル(朝日ニュースター)。 |
| 一枚の写真(1992年1月27日、フジテレビ)。 |
著書
| 姑とつきあう本お嫁に行って困らない主婦の友社,1973。 |
| 私の青春ノート愛のメッセージポプラ社,1974。 |
| 親の出る幕自信のある親になるために文化出版局,1977 のち光文社文庫。 |
| 親と子の距離を考える明治図書出版,1978。 |
| 女の子の育て方愛と自立への出発文化出版局,1978 のち光文社文庫、学陽書房女性文庫。 |
| 女の生き方人生80年時代を考える文化出版局,1979。 |
| たった一度の女の人生待つ女から行動する女へ海竜社,1979 のち光文社文庫。 |
| 愛しきは老い文学の中の老人たちPHP研究所,1979。 |
| 悪態のすすめ日本書籍,1980。 |
| 女の人生七転び八起き海竜社,1980。 |
| 育児は育自・教育は共育明治図書出版,1981。 |
| ママ堂々としているよ母と娘のふ・れ・あ・い学自由現代社,1982 のち光文社文庫。 |
| 女の人間関係学人生八十年時代を豊かに生きる海竜社,1982。 |
| 共働きの子育て共働きは非行の温床かフレーベル館,1984。 |
| 老い方の上手な人下手な人海竜社,1986。 |
| 私の老い構え元気に老いる女の十六章文化出版局,1987。 |
| 女の人生いつでもスタートライン有斐閣,1987。 |
| 他人が見える教育明治図書出版,1987。 |
| 主婦が変わる時海竜社,1987。 |
| 私のはいりたい老人ホームゆとりと安心の場全国社会福祉協議会・老人福祉施設協議会,1988。 |
| ローバは一日にして成らず。 |
| 人生八十年いろはがるた文化出版局,1989。 |
| 有料老人ホームを買う新芸術社,1989。 |
| 四十代からの老い支度海竜社,1989。 |
| シングル家庭の子育て論明治図書出版,1989。 |
| 女と男の老友学労働旬報社,1990。 |
| こんなふうに老いたい共遊び共学び共老い人生のすすめ海竜社,1992。 |
| 外に出ながら老人介護。 |
| 人生八十年いろはがるた文化出版局,1992。 |
| 高齢化社会へのパスポート30代から読むあなたもいっしょにイメージしてみませんか?草土文化,1992。 |
| サザエさんからいじわるばあさんへ女・子どもの生活史ドメス出版,1993。 |
| 老いて甲斐あり生きて甲斐あり女の老いは自分次第海竜社,1994。 |
| 人間関係の上手な人下手な人人生八十年時代の血縁、地縁、職縁、結縁海竜社,1994。 |
| 過ぎてしまえば短い一生。 |
| 人生八十年いろはがるた文化出版局,1994。 |
| わたしたちにできるボランティア岩崎書店,1996。 |
| 私は13歳だった一少女の戦後史筑摩書房・ちくまプリマーブックス,1996。 |
| 生き上手は老い上手チェンジ、チャンス、チャレンジでチャーミングに生きる海竜社,1996。 |
| 50代・女ざかりと男の自立文化出版局,1997。 |
| みんなで創る一人ひとりが支える高齢社会ミネルヴァ書房,1998。 |
| 樋口恵子の元気が出る老い方海竜社,1999。 |
| 対談・家族探求樋口恵子と考える日本の幸福中央法規出版,1999。 |
| 幸年期人生後半勝負どき実業之日本社,1999。 |
| ワガママなバアサンになって楽しく生きる大和書房,1999。 |
| 午後咲く花すてきに、不敵に文化出版局,2001。 |
| 盛年老いてますます…学陽書房,2001。 |
| チャレンジ「平和ボケおばさん」七十歳の熱き挑戦グラフ社,2003。 |
編著・共著
| こうすれば女子社員を戦力化できる管理者と男子社員のために吉武輝子,貴島操子共著実務教育出版,1970。 |
| 女性の適職仕事とわたし(編)啓隆閣,1973。 |
| あしたの女たちへ女の生きがい働きがい論(編著)学陽書房,1977。 |
| 各国「女性」事情愛と性と自由と(編著)学陽書房,1981。 |
| 女が生きる職業1-3 共編筑摩書房,1982。 |
| 高齢化社会と女性島田とみ子共編中央法規出版,1983。 |
| さあこい!老後知恵と常識(編)亜紀書房,1985。 |
| 日本男性論(共著)三省堂,1986。 |
| 有料老人ホームどこが居よいか住みよいか袖井孝子共著岩波ブックレット,1986。 |
| 爆談トーク「女たちの最前線」上野千鶴子ウイメンズブックストア松香堂,1990。 |
| われら有料老人ホーム探険隊高齢化社会をよくする女性の会有料老人ホーム研究会(編)亜紀書房,1991。 |
| がんばれ女性の業おこし女性起業の完全ガイドあだちゆきこ共編著農山漁村文化協会,1995。 |
| 地域で看るみんなで看とる女性が進める介護の社会化(編)ミネルヴァ書房,1996。 |
| 介護が変われば老後も変わる(編)ミネルヴァ書房,1997。 |
| わたしの更年期事情女50代からの生き方革命(編)旬報社,1998。 |
| 介護が変わるみんなで変える(編)ミネルヴァ書房,1999。 |
| 介護保険で拓く高齢社会(編)ミネルヴァ書房,2000。 |
| 地域でとりくむみんなで育てる介護保険(編)ミネルヴァ書房,2001。 |
| 私のまちの介護保険地方での取り組み実践例(編著)ミネルヴァ書房,2001。 |
翻訳
| 女と男はどうつくられる?能力と意欲を育てるものエスター・グリーングラス三笠書房,1985。 |
| 沈黙の季節更年期をどう生きるかゲイル・シーヒー飛鳥新社,1993。 |
補注
| 2001年7月、第19回参議院議員通常選挙の比例代表区に民主党から立候補し落選した樋口恵子(1951年生まれ、障害者団体役員・元町田市議会議員)は別人。 |
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1932年
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樋口 恵子(ひぐち けいこ、- )は、日本の評... |
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1956年
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東京大学文学部美学美術史学科卒業 |
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